ドアを開けると赤司様がいました 23

「あら、美味しいじゃない。こんなに美味しいオムライスを作れるようになったのね。光樹は」
「うん。オレも上手く行ったと思う。――赤司がコツを教えてくれたんだ」
 卵とケチャップの匂い。オレの大好きな味。赤司のおかげで味にコクが出て来た。デミグラスソースっぽい風味。
「赤司さん、うちにお嫁さんに来ない?」
「え?」
 お袋の冗談にも顔色一つ変えない赤司はえらいと思う。
「冗談よ、冗談」
 オレの母親は手をひらひらと振る。
「ほんとにねぇ……うちの光樹は幸せ者だわ。こんなに美味しいお料理を毎日食べられて」
「毎日じゃないですよ。光樹も作っているんですから」
「あら、本当。うちの光樹もただ飯食いでないと知って嬉しいわ。あら、あそこには写真があるのね」
「食べたらじっくり見せてあげますよ。お母様」
 赤司がキラキラスマイル――人呼んで赤司スマイル――を浮かべた。

「あら、これ、二人が映ってるのねぇ――誰が写したの? もしかして自撮り?」
 母の疑問に赤司が、「いいえ。黒子です」と答えた。
「黒子って、黒子テツヤくん? 懐かしいわねぇ。今、どうしているのかしら……」
 オレは赤司と顔を見合わせた。
「オレ達は懐かしいという感じがしないな。つい最近会ったばかりだから」
「マジバ事件もあったしな」
「そう! マジバ事件! 景虎さんがバズーカだったか持ってきて大変だったよなぁ」
 ――でも、今ではいい思い出だ。例えカントクと日向サンが苦労しても……本当に苦労するだろうなぁ……あの二人の未来に幸あれ、と祈るしか出来ない。元誠凛のチワワ少年としては。
「あら、これは可愛いワンちゃん」
「ああ、2号です。テツヤ2号」
 テツヤ2号は今でも朝日奈クンや夜木クンを筆頭に、犬好きの部員に可愛がられていると聞く。本当に良かったなぁ、2号……。
「それにしても、この写真立て上手いわねぇ。誰が作ったの? 赤司さん?」
「いや、光樹が……」
「お粗末なものだけどね……こっちの兎は赤司が作ったよ」
「いいんだけれどねぇ、光樹。アンタ、赤司さんのことを『赤司』って呼んでるの?」
「いけない? 征十郎って呼びづらいから」
「それはアンタの我儘じゃないの?」
「本当に――困ったもんです」
 赤司が溜息を吐いた。何で溜息吐くんだろう……。
「征、でもいいって言ってるんですけどねぇ……高校の時のチームメイトにオレのことを『征ちゃん』と呼んでくれる先輩がいましたよ」
「あら。可愛いじゃない。征ちゃんていう呼び名。光樹。アンタもそう呼んであげたら?」
「――実渕さんはオネエだもん」
「あらそうなの……」
 お袋はしおしおとなった。大人しくなってちょうどいい――訳はなかった。
 お袋はあれは何? これは誰? ――と赤司を質問攻めにしている。赤司は嫌な顔ひとつせずに答えてくれた。
 ――お袋が帰ったらお礼に夕飯作ってあげよう。何がいいかな……。安くて早くて旨いヤツ。
「今日は私が夕飯作るわね。任せてよ」
「えー、まだ居座る気ー?」
「何かしら? 光樹。随分不満そうじゃない」
「だって、お袋、たすきなんて持ってきてないだろ?」
「――あら、そうだったわ」
 母が己のうっかりさ加減に失笑する。母が帰った後、いいお母さんだね、と赤司も言ってくれた。

 ――今度はオレが赤司の親御さんに会いに行きます。オレ、赤司のお父さんに会ったことなかったんだ。
 それにしても、いつ見ても立派な家だ。でっかい庭もあるし。
 木々の匂い、芝生の匂い。オレは青い匂いの芝生に寝転がりたかったが、赤司に子供だと思われたくなかったんで我慢してたんだ。
 ところが――
「行くよ。光樹」
「――あ、待って」
 その時、オレは頭から後ろ向きに転んでしまった。
「光樹!」
「――ん、大丈夫」
 すると、赤司もオレと同じように転がる。
「なるほど、結構気持ちいいものだな」
「…………」
 別段わざとやった訳じゃないけれど――。赤司が愉快そうに笑うんで「まぁ、いいか」と思ってしまう。
「こんな風に芝生に寝転がるのは母様が生きていた頃以来だな。すっかり忘れてたよ」
 ……オレは、どう答えていいかわからない。
「坊ちゃま」
 赤司のじいやが来た。この人は前にも会ったことがある。怒られるかな――とオレは思った。別に寝転がりたくて寝転がった訳ではないけれど――やっぱり寝転がると気持ち良かったから……。
「坊ちゃま。あまり子供じみたことは……」
「ああ、済まない。オレが気持ちいいよ、と言ったから、光樹も寝転がったんだ。そうだろ? 光樹」
「――え?」
 もしかして、赤司、オレのこと庇った?
「あまりそういうことはなさらないでください。もう坊ちゃまも大人なんですから」
「わかったよ、じい」
「赤司――」
 庇ってくれてありがとう。そう言いたかったんだけど、じいやさんも一緒にいるからなぁ……。赤司は構わないで、という風に手で制した。
 何だか、赤司には、いくら『ありがとう』を言っても足りない……。
 メイドさん達がずらりと並んで出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。坊ちゃま」
「やぁ、お出迎えご苦労」
 まるで、『自由人HERO』のバードみたいだ……。赤司の方が気位高そうだけど。
「父様はいるか?」
「ええ。お部屋に――あ、今いらしましたわ」
「征十郎」
「父様。ただいま帰りました」
 赤司が腰を低くする。オレは、ぽかんと見上げていた。
 着物の似合う男性的な顔の男の人。髪の色は赤くなく、白髪交じりの黒い髪だった。そして、人を圧する圧倒的なオーラ……。
 このオーラは赤司に遺伝したんだな……。その赤司が尊敬しているらしいこの父親は……。
「気楽にしていい。征十郎。そちらは降旗光樹君だな」
「はい」
「光樹君、ちょっと私と話をしないか?」
「え……いいんですか?」
「ああ、済まんな、征十郎。せっかくお前が来てくれたのに……私は降旗君に訊きたいことがあったのでな」
「いいえ。気にしていません。父様」
「では、降旗君を借りて行くぞ」
 ――オレは、メイドさんに連れられて、赤司の父親の部屋に通された。すると、メイドは帰って行ってしまった。
「降旗君、征十郎との生活はどうだい?」
「とても快適ですよ。あか……征十郎さんもオレのことをとても気遣ってくださるし――彼は、いつもオレには親切で……」
「良かったよ……征十郎もいい顔をしていた。幸せなのだな」
「――はい、とても」
「私のうちはね……自分で言うのも何だが、由緒ある旧家でね――けれど、征十郎には、自由な人生を送らせてやりたい。――あの子にもいずれ、結婚話も出るだろうが……」
 オレは、頷いた。――覚悟はしている。いつか、赤司があの部屋を出ることを――。
「あの子の母親も、あの子が幸せになってくれるのを望んでいると思う。私は、出来る限り征十郎を応援してやるつもりだ。征十郎も、君といて楽しいと言っていた。私が生きられなかった自由な時間をあの子には過ごして欲しい」
 いい両親を持ったね。赤司。お母さんはバスケを教えてくれ、お父さんは赤司の自由と幸せを望んでいる。でもオレは――赤司にとっていい友達でいられてるのかな。力不足だったりしなきゃいいけど――。

後書き
赤司様も愛されて生きて来たんだと思います。
降旗クンのオムライスは私も食べたいです(笑)。
2019.06.17

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