ドアを開けると赤司様がいました 22

 ジリリリリリリリリ!
「わぁっ!」
 オレはランニングシャツとパンツという姿で飛び起きる。同居人がいるが、そいつも男なんでこんな格好でも大丈夫だろう。
 その同居人はまだすうすうと眠っている。
 オレの同居人の名前は赤司征十郎。ついでに言うと、オレの名前は降旗光樹。赤司からは光樹と呼ばれている。
 赤司は、今は皆のことを名字で呼んでいる。けれど、オレのことだけは名前で呼ぶ。どうしてなんだろうなぁ。嫌な気持ちはしないからいいけど。
 さってと。料理作らなきゃ。ご飯に味噌汁でいいよな。あと簡単なおかず――生姜焼きでいいかな。
 実はちゃんと用意してあるんだ。豚肉。ご飯はもう炊かれている。
 豚肉と生姜の匂い。フライパンで豚肉が踊っている。ジューシィな匂いと音を立てながら。
「おはよう、光樹。美味しそうな匂いにつられて目が覚めたよ」
 そんな赤司はきっちり服を着こんでいる。うーん、やっぱり絵になるなぁ……。
「おはよう、赤司。もっとゆっくり寝てても良かったのに」
「……キミは相変わらずオレのことを赤司って言うんだね。――名前呼びでも構わないのに」
「だって、征十郎って、呼びにくいんだもん」
「だったら、征、でも……」
「恐れ多い! 皆アンタのこと赤司様って呼んでるのに……」
「そうか……ちょっと残念だな……まぁいい。オレは急がないよ」
「はぁ……」
 たかだか名前呼びの問題で揉めるつもりは赤司にはないらしい。オレにもないので、
「朝食一緒に食べようよ」
 と、誘った。
「そうだね。今日は何だい? 生姜と豚肉の焼く匂いがするが――」
「じゃーん。これぞ庶民の味覚の代表、豚肉の生姜焼きっス」
「ほう……これが庶民の料理か……」
 赤司が豚肉をぱくっ。
「うん、旨い。流石光樹だね」
「いやぁ、そう言われると……そうだ。今日海行こうよ」
「それは別段構わないが――その格好で行くつもりかい? いや、オレはいいんだけど――」
「食べたら着替えてきます」
 ところで、今日何かあったような気がする……何があるんだっけ……。
「あーっ!」
「どうした? 光樹」
 オレが大声を出したので、赤司が慌てて立ち上がる。
「今日、オレのお袋が来るんだった。やばいやばい」
「ああ、そんな話をしてたね。確か――」
 お袋は昨日電話で、「遊びに行ってもいいかい?」と訊いてきたんだっけ。それで、オレは、いつもと同じように、「いーよー」と言ってしまったのだ。赤司も了解してくれた。
 やっぱりこんなかっこじゃ駄目だよな。お袋の前で――。オレ、注意されてしまう。赤司家のぼっちゃまの前でその格好は何事よ、とか何とか――。
 やばい。想像すら脳裏に浮かんでしまった。
「オレ、着替えて来ます!」
「ああ。キミのお母さんが来たら、応対してあげるから――」
「うん。お願い!」
 オレはどたばたと上着やズボンを取り出して着る。ああ、夏は暑いけど便利だな。――上着とズボンだけはけばいいんだから。
 オレは部屋を出た。
「――どうだい? 赤司」
「いいんじゃないかな。くつろいでいる感じで」
「赤司ぃ、それ、だらしない、と遠回しに言ってない?」
「それはキミの深読みのし過ぎだ。――光樹は何でも似合うからな」
 そう言って、赤司は微笑んだ。赤司は何でも褒めてくれる。こっちが恐縮してしまう程に。
 あ、そうだ。布団も畳もう。――赤司の寝床は流石に綺麗だな。赤司は寝相もいいし。オレはあんまり寝相は良くない。でも、いいんだ。寝相が良くない方が健康にいいと、どこかで見たことがあるから。
 ピンポーン。
 お袋が来たのは、オレが朝食を食べ終え、テレビを観ている時だった。――あまりいいニュースがないなぁ……と、赤司と話していた時である。
「おはようございます」
 わっ、母ちゃん和服だ。わざわざ新調したんだろうか……。それに、声がほんの少し、低くね?
「おはよう、光樹。――赤司さん」
「おはよう……お袋」
 赤司もお袋に「おはようございます」と言った。お袋はにこっと笑った。
「赤司さん、ここの生活はどう?」
「とても良いですよ」
 ふーんだ。母ちゃんたら、赤司の前でいいかっこする為にわざわざ着物着ちゃって。でも、似合ってない訳ではないので、
「お袋。似合うぜ。それ」
 と言ったら、
「赤司さんの前でもそういう言葉遣いをしているの?」
 と、注意されてしまった。
「オレは別に平気ですが。光樹君が我が家にいるようにリラックスしているように見えて」
 赤司まで何だよ。――光樹君、なんて。普段は呼び捨てのくせに。赤司が照れながら、まぁ、いつもは光樹と呼んでるんですが――と、白状した。
「結構綺麗にしているじゃない。良かったわぁ」
「あ、それは赤司が……」
「光樹が片づけてくれたんですよ。結婚したらいい旦那さんになれそうですね」
「あら、そう……」
 お袋も満更でもない様子だった。オレが赤司に『ありがとう』と唇の動きだけで伝えたら、赤司はわかったらしく、パチンとウィンクした。
 けれど、オレだって最低限の掃除をやっているのは本当だ。赤司のように丁寧にはしないだけで。
 まぁ、今度はオレが赤司の代わりに掃除やっちゃるか。
「今日は光樹が生姜焼きを作ってくれたんですよ」
「あらあら。粗末なものを――いつも申し訳ないわねぇ。赤司さん」
「とても美味しかったですよ。お袋の味とでもいうんでしょうかねぇ」
「あら、嫌だ。赤司さんたら」
 オホホ……と、お袋が笑った。キンキン声が耳につく。今度は笑い声が1オクターブ高くなる。……いつものお袋の方がいい女だよなぁ……。
「赤司、ちょっと来てくれる? お袋はこれでも食べてて」
 オレは買ってきていたクッキーを机に出す。
「あら、別にいいのに――光樹ったら」
 良かった。……いつものお袋に戻った。

「どうした? 光樹」
「あ……あの、あれをいつものお袋だと思わないで……お袋はもっと……いい母なんだ。前に家で見て来た母が、いつものオレの母だよ。今日は赤司が住んでいる部屋に行くってんで、テンパってるんだ」
「ああ、とっくに気づいてたよ。お母さんなりに気を遣っていることもね。でも、普段のお母さんの方が光樹にとっていいのはわかる。オレも普段の光樹の母の方が好きだよ」
「あ、あ、そう……」
 オレはほっとした。赤司は、「オレの前に出ると、皆いい人ぶるんだよな……」と寂しそうに呟いた。赤司も結構苦労しているのかもしれない。愛想笑いの大人の間で――。でも、多分お袋は緊張してただけ……。
「光樹ー。昼ご飯は私が作るわねー」
 はっ、良かった。完全にいつものお袋だ。オレは急いで自分達の寝室を出た。
「オレが作るよ」
「あら、作らせてくれないの? ――私、赤司さんが食べると思うから張り切ってたのに……」
「だって、着物が汚れるだろ? な? 赤司からも何とか言ってくれよ――」
「奥様。見事な友禅で――」
「あら。わかる? 流石赤司さんだわ。光樹も夫も全然気づいてくれなくて――」
 着物の種類なんてわかるかよ!
 ――オレはそう言いたかったが、赤司もいるので我慢我慢。
「光樹はとても料理が上手いんです。きっと母親似かと――」
「あら、まぁまぁ。そんな風に言われると照れてしまいますわね。光樹ー、アンタの言いたいことはわかったから、今日のお昼ご飯はアンタが作るのよー」
 そうだなぁ……今日は何にしようかな。昼ご飯に湯豆腐というのもな……赤司は喜びそうだけど。それに、湯豆腐だったら、赤司の作ってくれるものの方が旨い。赤司ってどこまでもチートだよな。
 やっぱり今食いたいもん作ろう。オレはいつぞや赤司から作り方を教えてもらったあの旨いオムライスを作ることにした。

後書き
息子や赤司様に会う為わざわざ着物を着て行った降旗の母。
でもその気持ち、少しわかる(笑)。
2019.06.15

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