ドアを開けると赤司様がいました 21

 ――寝ている途中に目が覚めた。赤司がこっちを見ている。
「赤司――眠れないの?」
「そうだな。キミに愛の告白をされて、気持ちが昂って眠れないようだ」
「あ……愛の告白ぅ?!」
「嘘だよ」
 世闇に赤司が猫のようにくすくす笑う。
「キミは、友達として、家族としてオレが好きなんだろう? それは、オレが最も欲しかったものだ」
「うん、うん――」
 オレは泣いていた。感激の涙だ。赤司の家――よくわかんないけど、家族の情が薄かったのかもしれない。最愛の母親に死なれてから。
 ――オレは、家では大事にされてきた。そりゃ中流の家だったかもしれないけど、いつも笑顔が溢れていた。赤司を連れて行ったことも何度かある。
「光樹の家、また連れて行って――」
 勿論――と答える前に、オレは寝入ってしまった。だから、どんな返事をしたかどうかもわからない。

 チュンチュン、チチチ……。
 あ、朝か……雀のさえずりで目が覚めた。――あ、いい匂い。それに、じゅうじゅう言ってる。
「おはよう、赤司」
 赤司は水色のエプロン姿だった。
「おはよう、光樹。今日は残り物でスパゲティーナポリタンを作ってみたよ」
 オレの好物のひとつじゃん。オレはじゅるっとツバが湧いてくるのを感じた。
「さぁ、召し上がれ」
 ――やっぱり赤司は料理が上手い。店出せるレベル。
「旨い旨い」
「ゆっくり食べていいよ。昨日の肉うどんのお礼」
 肉うんどんかぁ……。あれもオレは好きだけど、あれと比べられると……なぁ……。赤司の料理の方が数倍美味しい。
 大体、この赤司に、料理を振る舞うだなんて、オレもいい度胸してるというか、恥を知ってたら出来ないと言うか……。
 あかん。ずーんと落ち込んでしまった。
「光樹。麺が伸びるよ。それとも、本当は不味かった?」
「赤司の料理は旨いよ。だから落ち込んでるんじゃん。――よくもまぁ、オレは今まで赤司の前に素人料理を出して来たな、と思うと、自分で自分が恥ずかしくなって――」
「光樹……」
 赤司に横合いからふわっと抱き締められた。いつもの匂いが香る。
「仕方ないじゃないか。ジャンルが違うんだから。オレの味に光樹の出す味。皆それぞれ違うんだと思うよ。PGとSFやCが違うように――と、オレとキミは同じPGだったか」
 なんて泣かせるようなこと言ってくれるんだ。赤司は。いつの間にか人の心に入り込む。――因みに、オレはPGがバスケのポジションの中で一番かっこいと思う。PGとCを一緒にやった『ゴール下の司令塔』木吉センパイの例もあるけど。
 ――赤司がいなくなったらどうしよう。
 それを思うと、心に寒い風が吹き過ぎて行くような感じがする。赤司がいなくなったら、オレは、どのように生きて行けるのか。今までそんなこと、考えたこともなかったのに。
 今までオレは、この二人の生活をお坊ちゃまの生活ごっこだと思っていたのかもしれない。心のどこかで。
(光樹に何かあったら、オレは生きていけない)
 うん、そうだね。あの時の赤司の気持ちが今、わかったよ。――オレは、赤司がいなくなったら……。
 まぁ、多分生きては行ける。でも、生きているだけだ。
 そうだ。赤司のことを日記に書こう。死んだ愛する夫のことだけを書いている女流作家もいるくらいだ。オレがそれを真似しても、何も悪いことはないだろう。
 ……オレの場合は親友だけどね。赤司とどうこうなるなんて思ったことねーもん。
(キミと赤司様って、どっちが受なの?)
 大学でよく会う漫研のサークルの女の子に訊かれた時にはのけぞってしまった。オレと赤司はそんな関係でないのに――。
 オレだって……考えない訳ではなかった。もし、赤司が女の子だったら……。
 でも、赤司がここを出て行くまで、オレは清い体のままでいよう。そしたら、赤司と一緒にいても許してやるって、神様が言ってくれそうだから――。
「ご馳走様。あー、旨かった」
 オレは自分の分の皿を洗う。赤司もとっくに食べ終えていた。
「今日からオレの大学でも試験があるんだ。お互い頑張ろうね」
 そう言って、赤司はオレの腕をぽんぽんと叩いた。
 赤司に勉強を見てもらった手前、赤点は取れないな。
「そうだね。頑張って来る。赤司はゆうゆう合格点を取れるだろうから」
「キミもよく頑張ったよ。後は、お互い実力を出し切るのみだね」
 ――朝日が眩しかった。

 そして――オレは晴れて試験に合格し、夏休みを無事迎えたのであった。

 今、オレ達は鍋を囲んでいる。この暑いのにって? 熱い時に熱いのを食うのもいいもんだよ。
 オレは煮ホタテを食べた。
「赤司、その海老食べないの?」
「今から食べるよ。――どうした? 光樹。機嫌が良さそうじゃないか」
「ふっふっふ。じゃーん」
 オレは懐から自動車免許証を取り出した。
 赤司もオレが教習所に通っていたことは知っていただろうけど。――その赤司が目を丸くしている。
「すごいじゃないか! 光樹!」
「へっへーん。これでいつでも自動車運転出来るもんね」
「オレも五月に免許取ったんだが……流石に高校では、忙しい時期だったもんでね。時間を作ろうと思えば作れたけど、他の人達に悪いし。受験シーズンだったから。家庭教師のアルバイトもあったし、オレも勉強しなくちゃいけなかったし」
「あれ? 十八になったら運転免許取れるんじゃなかったの?」
「オレの誕生日は十二月なんだ。キミより遅いんだよ」
 ――あは、そうでした。
 何だか赤司がしっかりしてるんで、この頃うっかり忘れてしまうんだけど、赤司よりオレの方が一ヶ月以上年上なのだ。
「車に関する歌っていったら、あれだろ? さだまさしの『八つ目の青春』」
「何だい? それは」
「あー。やっぱり知らねぇか。友達がカラオケで歌ってたんだけど、面白い歌詞だったもんで、後でパソコンで調べてみた」
 ――そしてオレは歌い出した。赤司が手を叩いて喜んでくれた。オレはつい調子に乗って思わず熱唱してしまった。
「四トン車が出てくるところの間がいいね。もしかして――と思わせといて……」
「だろ? オレもそう思った」
 赤司との思い出もオレの青春になるかもしれない。――オレはこっそりそう思った。
「キミとの生活も青春だな。オレにとっては」
「――なっ!」
「嫌かい?」
 オレは首を横に振った。
「オレも同じこと思ってたから」
「光樹……良かった。……オレの独り相撲じゃなかったんだね」
 赤司……殆ど愛してるとさえ言って良かったかもしれない。肉体関係は……そいつはごめんだけど。
 そんなことを考えること自体、赤司との交友に泥を塗りそうで……。
「キミと囲む鍋も美味しいね」
「冬には牡蠣を入れようよ」
「そうだね」
 赤司がエレガントに口を開けた。オレはそれに見とれていたが、そんな場合じゃなかったんだっけ。
「せっかくオレも免許取ったんだからさ、海にでも行こうよ。夏だし」
「どっちが運転するんだい?」
「オレにやらせてよ。オレ、運転向いてるみたいなんだ。教習所の指導員にも褒められたよ」
 指導員の先生は、五十がらみの優しそうなおじさんだった。――そして、丁寧に運転を教えてくれた。別れ際に指導員さんは言ったのだ。『みんな、君みたいに安全運転を心がけてくれるといいんだけど』と」
「オレも運転は得意だよ。――あ、そうだ。キミのお母さんから手紙が来てたよ」
「お袋から?」
「オレ達の部屋を訪ねて行ってもいいかって」
「ああ……」
 当たり前じゃないか、母さん……。母さんとは二週間以上会っていない。電話でのやり取りはしているけれど。
 オレの母さんは、何を思ってオレを赤司に託したんだろう……。
「――光樹。オレの実家にも遊びに来ないか? 出来ればこの夏休み中に」
 赤司の家かぁ……すげぇでかかったよなぁ……。こんな小さなアパートではなく。でも、アパートの小さな部屋も、オレは自分と赤司の城みたいでそれなりに好きだった。赤司の作ったスパゲティーとオレが自分で作った肉うどんがどっちも好きだと感じられるのと同じように。

後書き
愛情があればどんな料理も美味しいですよね。
降旗クン、夏休みを無事迎えられて良かったね。
2019.06.13

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