ドアを開けると赤司様がいました 207

「もしかしてキミ、降旗光樹君かい?!」
 へっ、何、何?! オレのこと何で知ってんの?!
「は……はい。そうれしゅ、けど……」
 いかん。噛んじゃった。けれど、警察の男――佐田さんは気にしていないようだった、ずいっとオレに詰め寄る。制服独特の匂いがした。
「オレ、アンタのファンなんだよ! 僕、バスケに詳しいからさ……動画も観たよ!」
「そ、そうなんだ……」
 オレにはそうとしか言えない。警察もミーハーっているんだな……しかも、その対象がオレなんてさ……母ちゃんも兄ちゃんもぶっ飛ぶだろうな……一番驚くのは父ちゃんだって気もするが。
「はいはーい。こっち向いて~」
 佐田サンがスマホを構える。
「あ、えっと……」
「佐田さんでしたっけ。光樹は人見知りする質なんですよ」
 苦笑しながらだろう、征一郎がフォローに回る。征十郎も、頷く。
「サインは……出来ないね。その状態じゃ。赤司君達、キミ達も撮っていいかい?」
「佐田! 清水さんに怒られるぞ!」
「わかったよ、白川――あ、清水さんは刑事長ね。でも、この場には清水さんはいないんだけどなぁ……」
「オレが告げ口してやるからな」
 白川サンの言葉にオレ達は吹き出した。
「……オレはいいですよ。佐田さん。ただ、光樹はどう思う? オレはなるべくなら光樹には触れて欲しくないんだけどなぁ……例え警察官でもね。まぁ、警戒している訳ではないんだけど」
 そっか。オレも自分の意見を言わなきゃいけないんだ。
「オレは……」
「旗ち~ん。赤ちん達も三人して無視なんて酷いんじゃない~?」
 オレは、がっしと頭を大きな手で掴まれて、わしゃわしゃされてしまった。木吉センパイと似てるけど、少し違う。何より、このゆるゆるな喋り方は……。
「紫原……!」
「やぁ、紫原君! 僕、キミの大ファンでもあったんだ!」
「そんなこと興味ないし~」
 紫原はその名の通りの紫色の髪を掻き上げながら、佐田をばっさりいなしてしまった。
「やや、あそこにいるのは青峰君に黄瀬君に緑間君じゃないか。お~い!」
 佐田とか言う警察官はここを立ち去ってしまった。白川サンが説明してくれた。
「青峰君達ね、粘ったんだよ。ここにいたいって。降旗君が心配だからって。――いい友達を持ったね。降旗君」
「うん……」
「でも、キミもいい子だよ。――その手」
 オレは、怪我した左手に目を落とした。征十郎を庇う為に怪我した手だ。
「ああ……光樹はオレの為に怪我をしたんだ。名誉の負傷だよ。――ありがとうね。光樹」
「いやぁ……」
 オレは、どう言っていいかわからなかった。だって……オレは、赤司達に世話になってばかりだし、こんな時でないと恩返しも出来ないし……それに、オレは何であんな真似が出来たのか、未だに疑問なんだ。
 ビビリの降旗がだぞ。おかしいだろ……。
「赤司君。松下さんのことについては、正当防衛だからね」
「そう言ってくれて嬉しいです。過剰防衛と言われたらどうしようかと思ってましたから」
 そして、征一郎はくすっと笑った。きっと、警察側の反応を見越していたのだろう。計算高い男だ。オレだって助けてもらったんだから文句は言えないけど。
「あー、やっと解放された。これでやっと降旗のところへ行けるよ」
「まだ正式に解放された訳ではないのだよ。しかし、降旗の面倒をそんなに見たければまず先に話を聞かせてくれだなんて、警察のくせに随分ちゃっかりした男だったのだよ。――いや、警察も仕事なのはわかっているがな……。」
 緑間と高尾がこっちにやって来た。
「降旗も災難だったなぁ」
 高尾の言う通りだ。――佐田サンも戻って来た。緑間が続けた。
「降旗。これからは人事を尽くせ。おは朝のラッキーアイテムを持っていろ」
 ――緑間には悪いけど、オレはおは朝狂にはなりたくないなぁ……。高尾は笑いをこらえてるし……。
「因みに今日のラッキーアイテムは……」
「ああ、いいっていいって。ラッキーアイテムはいいって……」
「……ええと、緑間君。ラッキーアイテムとは?」
 あー、ライオンの檻に手を突っ込むようなことを……緑間の眼鏡がきらん、と光った。
「オマエ、おは朝を知らないのか?」
「は、朝やってるヤツ? 僕はおはようワイドしか観てないからなぁ」
 あ、佐田サン、馬鹿!
「オマエ……おはワイ派か」
「いや……親達が観てるんでお付き合いで観てるだけだけど……僕、親と同居してるから」
「なら、おは朝を見るといい。ここで会ったのも何かの縁だ。おは朝の魅力をたっぷりと説明してやる。いいかぁ……まずおは朝の占いのことだが……」
 佐田サンは、緑間にとっての何かのスイッチを押してしまったことに気づいたらしい。白川サンの方に顔を向けた。白川サンは知らん顔をしていた。
「可哀想に、真ちゃんの餌食にされて……」
 高尾は合掌した。オレも、高尾の気持ち、わかる。
「真ちゃん、さっきより生き生きしてんな……」
 と、高尾が続けた。おは朝の話題になったら、緑間は無敵だ。
 ――白川サンの携帯が鳴った。
「ああ、はい、はい、わかりました。――清水さんからだ。キミ達。悪いがムダ話してる場合じゃなさそうだよ。警察に来てくれないか」
「わかった。国家権力には逆らえない。行こう。光樹」
「うん」
「それよりまず、降旗君は病院だな。学校には僕から連絡するよ。えーと、降旗君。連絡先、教えてくれてありがとう」
「ああ、僕も、後で連絡してもいいかな」
 佐田サンがか……この人からは私信が多く届きそうだな……。オレが困った顔をしていると、
「佐田……それは職権乱用と言うものだぞ」
 と、白川サンが低い声で注意した。オレの言いたいこと、バッチリ見抜かれてる……。流石は警察官って、関係ないか。
「待て。まだ話は終わっていない」
 緑間ががっと佐田サンの肩を掴んだ。
「頼むから、おは朝の話はもう勘弁してくれないかな……」
 全面的に同情する気はないが、しかし、佐田サンの気持ちはわかる。これからはオレも、緑間の前では朝のワイドショーの話はしないよう気をつけよう……。
「オレ達も、光樹に付き添っててやってていいかな?」
「――仕方ないね。いいよ」
 赤司達は白川サンに許可をもらった。
 ウ~ウ~ウ~、と言うパトカーのサイレン音が遠ざかる。そういえば、さっきも聞こえて来てたっけ。関係ないと思っていたけど。何か、ドラマみてぇ……。その代わりに救急車がやって来た。
 警察関係者が呼んだ救急車の中で、オレは、征十郎と征一郎に囲まれていた。
「全く、リリィのヤツ、本当はオレが引導を渡してやりたかったのに……」
 征十郎が物騒なことを言う。オレは、「はは……」と苦笑いしてやるしかなかった。
「まぁ、いいじゃないか。征十郎。これで仇は討ったことになるし……」
「――そうだな。それに、光樹の手の甲にはナイフは貫通してなかったからな」
「うん……」
「光樹……オレの為に飛び出してくれたのは嬉しいが、もう二度と、あんな無茶はしてはいけないよ……」
 そして、征十郎はオレの右手を取った。
「キミの左手にはうっかり触れないからね……キミが無事で良かった……」
「征十郎……」
 ごほん、ごほんと征一郎が咳ばらいをする。
「征十郎に光樹――僕もいるんだけどな……」
「ああ、ごめん。光樹に夢中で忘れてたよ」
「征十郎!」
 ――征一郎が怒った声を出す。
「冗談冗談。キミにも感謝してる。リリィを仕留めてくれて」
「ん、まぁ、そりゃな……レディーには優しくしないさいって、父さんは言ってたけど……光樹を殺そうとしてたんだから、レディーじゃないよな。全く、あの女狐め……」
 征一郎は悔しそうに爪を噛んだ。
「爪を噛むな。征一郎」
「おっと、そうだな。征十郎。――あんな女より、光樹の方がよっぽどレディーだよ」
 征一郎……それはあんまり冗談にはなってないんだけどな……。男としてレディーと言われるなんて……玲央サンのようなオネエや、ちょっと古いけどミスターレディじゃないんだから……。
 光樹がオレを助けてくれたんだなぁ……と言って、征十郎が愛おしそうにオレの左手を凝視した。――なんか、くすぐったいな……。征一郎も嬉しそうだし。

後書き
おは朝派とか、おはワイ派とかあるんですねぇ。私は結構楽しみました。
最近、偶然「おは朝」と言う単語が聞こえて来たんでびっくりしました。
確かに降旗くんの言う通り、緑間くんの前で朝のワイドショーの話はしない方が賢明かもですね。
触らぬ神に祟りなし(笑)。
2022.01.11

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