ドアを開けると赤司様がいました 206

 黒子の体からは、相変わらず甘い匂いがする。バニラシェイクの香りがする。まるでお菓子みたい。――はっ! そういや隣には火神もいるんだった。
「火神ー!」
 オレは、火神にも抱き着いた。節操ねぇのかな。オレ。相変わらずだな、フリ――と言いながらでかい図体の火神が抱き締め返す。征十郎がいらいらしながら靴を鳴らしているのがわかる。見てなくてもわかる。
「あ、そうだ。火神――征一郎がもうすぐこっちに来る」
「そうか、じゃ、離した方がいいな。フリ」
 オレは火神から離れた。黒子がほっとしたような表情を浮かべる。
「赤司も心配したんだぞ。多分な」
「……多分て、何だ。多分て。火神……」
「だってオレ、征一郎のことはよく知らねぇし、アンタのこともよく知らねぇもん」
「つれないなぁ。オレはオマエらと共闘した仲じゃないか」
 征十郎はJabberwock戦のことを言っているのだ。
「はっ、そんな昔のことは忘れたぜ」
「火神~……」
 地獄の底から這いずり出たような声が聴こえた。青峰だった。
「オマエ、オレに散々迷惑かけたこと忘れたのか……せっかく見せ場も作ってやったのに……」
「ああ、合宿中はオマエら二人とも喧嘩ばかりしてたね。桃井が苦労しているようだった。でも、喧嘩する程仲がいいと言うし――」
「そうだよね。赤司君」
 桃井サンが言うと、征十郎が答えるように、くすっと笑った。
「どうだったい? 光樹。悪漢に捕まった気分は」
「――最悪」
 でも、舌は噛まなかったもんね。……ちょっと震えてはいたかもしんないけど。オレも、ちょっとは修羅場に慣れて来たかな。赤司達のおかげで。そりゃ、赤司に心の中で助けは求めたけど。
 赤司達はどうしてオレの居場所がわかったんだろう。もしかしてテレパシー?!
 ――なんてね。いくらオレでもそこまで夢見がちではない。こんなビビリだけど、実はオレはリアリストの方だと自分では思っている。征一郎のことは信じているが。
 きっとGPSとか何やらで突き止めたのだろう。赤司達はそういうことに関しては驚く程詳しいのだ。オレは……まぁ、いいや。
 助かったんだから、それで良しとしよう。
「おー、北沢かぁ」
「……げっ、高尾」
「アンタさぁ、オレに言い寄ったことなかったっけ? でも、だーめだめ。オレには真ちゃんがいまーす」
 高尾が見せつけるように緑間にくっついた。
「離れるのだよ、高尾」
 ――流石に緑間はにやけた面はしなかったが、口頭で高尾を注意しただけで、後は好きにさせている。そんな風に窘めただけじゃ、説得力ねぇぞ、緑間。
「オレ達もやるかい? 光樹」
 征十郎が柔和な笑みを浮かべた。
「やらないっ!」
 オレは叫んでやった。
「真太郎、征十郎、光樹――!」
 征一郎が駆けて来た。
「紫原は後から来るって」
「おうおう、オレのことは完全にアウト・オブ・眼中だな」と、青峰。
「オレだってそうっスよぉ!」
 黄瀬が情けない声を出してそう言った。
「だって、オマエ何の役にも立ってねぇもん」
「酷いっス~。青峰っち。……ねぇねぇ、聞いてくださいっスよ。みんな~。青峰っちったら悪漢で神聖なバスケットボールを汚したんスよ~」
 え、それ、反対じゃ……。バスケットボールで悪漢の面を汚したって言うんなら話はわかるけど……。
「あ、赤司様……」
 リリィが、ガタガタと震えている。征十郎は無視してその場を離れようとした。
 ――征十郎は明らかにその時、過ちを犯した。リリィに向けて背中を向けたのだ。油断もあったのだろう。しかし、オレはビビリなおかげで注意深さには自信があった。
「征十郎ッ!」
 オレはリリィが持っていた刃物を手の甲で受け止めた。小さな果物ナイフだった。
 けど、オレは――こんな女の為に、赤司の体にかすり傷ひとつ負わせたくはなかった。
「いてーっ!!」
「光樹!」
 征十郎が叫ぶ。リリィはすぐに体勢を立て直した。ナイフから血が滴り落ちている。
「あ……あなたが悪いのよ。赤司様……あなたが私に見向きもしなかったから……」
「――征一郎」
 征十郎が唱えるように言うと、征一郎はリリィの首筋に手刀を叩き込んだ。リリィの体は頽れた。
「光樹!」
「大丈夫か? 光樹」
 二人の赤司がオレの顔を覗き込む。
「う……うん……」
 冷や汗をかきながらオレは答える。そりゃ、ちょっとはやせ我慢もあったけど。まだ血も流れている。――左手でまだ良かった。
 オレは、こんなことでは泣かないんだ……!
「無事かい?! キミ!」
 警察の人が駆け寄ってくれた。救急箱を持って。
「あ、光樹の怪我はオレ達が見ます」
「そうかい? ――キミ達が噂の赤司君だね? わぁ、髪の毛も真っ赤だ。オレの妹もキミ達に夢中でね。あ、妹、バスケやってるんだけど、キミ達が双子だってことをどこかで知っていて……」
「うるさい男だ」
 征一郎が肩を竦める。そうだな。それに、征十郎と征一郎は、本当は双子ではない。双子と言っていれば通りがいいからそう名乗っているだけだ。
「けど……悪い人じゃ、なさそうだよ」
 一応、オレは言う。
「光樹……顔が土気色じゃないか……」
 征十郎が不安そうだ。征一郎も……。こんな風にとびっきりの男達から想われて――幸せだ。
「それ貸して」
「あ、はい」
 警察の男が征十郎に救急箱を渡す。まるでそれが自然みたいに――。征十郎がてきぱきとオレの怪我の手当てをする。うう……いてぇ……。征十郎はちゃんと消毒もしてくれた。
「光樹……」
「ん?」
「ありがとう――」
 そう言って、征十郎はとびっきりの笑顔を浮かべる。男どもは、警察に連れ去られていく。
「オレじゃねぇ! 悪いのはオレじゃねぇ! リリィが……あの女が……!」
 確か、そんな声もさっき聴こえてたような気がする。警察は、「はーい、話は署で聞こうねー」と、ありふれたセリフで男をいなしていたが――。
 もう一人の若い警察官がオレのところに寄って来た。
「えーと、キミ達にも警察に来てもらいたいんだけど……」
「え、どうして……」
 オレが警察官に訊く。
「光樹。国家権力には逆らわない方がいい」
「僕にはそんな権力はありませんよ。それより先に連絡先を教えてくれませんか?」
 オレ達は、スマホの番号と住所氏名を言った。警察官がそれを書き取る。
「うんうん、わかりました。ちょっと加害者の人と繋がりがあるようなので、話を聞かせてもらってもいいですか? あ、警察まで送りますよ」
「学校はどうすれば……」
 オレの言葉に、警察官はちょっと困ったような顔をした。
「キミ達は、まだ春休みではないのかい?」
「光樹は大学のバスケ部で、休みの日も学校に行ってたんだよ」
 征十郎がオレの代わりに説明する。
「それにしても白川。赤司征十郎を知らないなんて、モグリだね」
「僕はバスケには詳しくないんだ。――でも、佐田。オマエは詳しいからなぁ……」
「では……大学に連絡していいですか? 宮園先生にも心配かけたくないし、それに――」
 それに、有山が気にするかもしれない。有山はついこの間までオレを敵視していたけど、今はもう、そんなことはない。有山も優しいヤツだ――そんなに有山に詳しい訳じゃねぇけど。きっと、いいヤツだ。
「大学……どこの大学だい?」
 オレは大学の名前を言った。佐田の目が輝いた。――オレの大学のことを知っているのだろうか……。

後書き
何と! 降旗クンが怪我を負わされてしまいました!
リリィが男だったら、こんなもんじゃ済まないところだったでしょう。
尚、この話はpixivの再録です。
後数時間で2021年も終わりですが、来年も宜しくお願いします。
2021.12.31

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