ドアを開けると赤司様がいました 205

 ――何だか、背筋がぞくっとした。
 かび臭い倉庫の中の、ぎらついた気配。こいつらはかたぎじゃねぇな、と思った。かたぎの匂いがしない。ゾク上がりの……うーん、それよりもっとあくどいヤツらの気配……。
 ガラガラガラ……と扉の閉まる音がした。
「そいつが降旗か?」
 一人が言った。
「赤司征十郎の恋人の」
「そうよ」
 リリィの声には嫌悪の響きが混じっている。無理もない。リリィはオレのせいで征十郎を取られたと思ってるんだから。それで……多分、今度は征一郎のことも誘惑したんだろう。
 奥手のオレも、そのぐらいは想像がつく。リリィは節操のなさそうな女だもんな。
「全く、このフツメンの男のどこがいいんだか……」
 リリィはぶつぶつ呟く。そんなこと、オレの方が知りたいよ。
「へぇ……フツメンなのか。おい、ここじゃ見えねぇ、ちょっとこっちに連れて来い」
「へいっ」
 オレは引っ立てられていく。明かり取りの窓から光が差し込んでいた。
「なるほど……確かにフツメンだな」
 男はがっかりしたような声を出した。
「えー、可愛いじゃねぇの」
「気がしれねーぜ。トシオ」
「トシオはノンケが好きなんだもんな」
「うるせーよ。でも、確かにちょっと好みだな。……降旗く~ん。夜はどんなテクで赤司を喜ばしてんの?」
「…………」
 ――言うもんか。こいつらにはオレ達の秘密、言うもんか……。
「それとも……よっぽどいいのかねぇ」
「いいんじゃねぇの。あの赤司がご執心のようだからな」
「赤司って、今は二人いるんだっけ? アンタの細腰じゃ、二人の相手は大変だろ。赤司ってスタミナありそうだもんな。テレビで観たぜ。体なんてバネがあってな――オレは、降旗クンより赤司の方が好みだけどな」
「そう言うのは、物を知らん証拠だぜ」
「ケッ、ソドミアンが。赤司は昔から王子様だって有名だったぜ。えーと、確か、征十郎の方だったかな」
「ちょっと、アンタ達、さっさとして。コトがバレたら困るのはこっちなのよ」
「まぁ、待てよ。リリィ。――海に捨てる前に犯り殺したって、バチは当たらねぇだろうが」
「それじゃ、話が違うじゃない」
 リリィがキンキン声を出した。
「こいつはセメント漬けにして殺すのよ」
 リリィが憎々しげに言った。冗談じゃねーよ。そんな悪いことしてねぇよ、オレは。……まさか、殺されるまで憎まれるとは……。
(想像以上に質の悪い女だ)
 征十郎の言葉が頭を過ぎる。そうだね。征十郎。アンタはいつだって正しいよ。――征一郎も。
 ところで、リリィ、と言うのは、この女のニックネームであるらしかった。……似合わねぇよな……。
 本名は松下百合。結構普通の名だ。
 百合だからリリィか……。百合って結構清純なイメージの花だけど、こいつすれっからしだもんな……。
「まぁまぁ、リリィ。殺し方ぐらいオレ達に任せてくれよ。仕事はちゃあんとやるからさ。お前さんにゃ、資金いっぱいもらっているからな」
 リリィは、「ふん」と言った。
「あたしの見えないところでやんなさいよ」
「へぇっ。たっぷり可愛がってやっかんな」
 そう言って、トシオとか言う男がオレに濃厚なキスをして来た。おえっ。脂くさ……。それに加齢臭もする。
 助けて、赤司――。
 オレがそう思った時だった。どかん、と扉の壊れた音がした。
「よぉしよし。間に合ったか」
「きっと間一髪ってところっスね。しかし、青峰っち、怪物……」
「けっ、黄瀬。てめぇが軟弱過ぎるんだよ。ちゃらちゃらモデルなんかしやがって――」
「青峰君、黄瀬君」
 リリィとは似ても似つかない可愛らしい声がした。――桃井サンだ。青峰が言った。
「おう、さつき。――赤司の言った通りだったな」
 ――え? 赤司?」
「そうよ。青峰君。赤司君はいつだって何も間違えたことなんてないんだから」
 桃井サン、自慢そう。
「けっ、言ってろ。それに、オレには失敗ばかりに見えるがなぁ……恋人にフリを選んだのだって」
「あら、赤司君は目が高いと思うわ」
「黙ってろ」
「ひゅー♪ 美人が来たぜ。野郎もいるけどな」
「だから、さっさと済ませようと思ってたのに……お前ら、見たことあると思うんだが、何モンだ」
 悪党の一人が訊いた。
「青峰大輝だ」
「オレのことを知らないとは……オレ、有名人なのに……黄瀬涼太っス。助けに来たっスよ。降旗っち。赤司っちの命令でね」
「今、緑間と紫原が向かっているところだ。火神や黒子もだ」
 黒子……黒子もいるのか……。ほっとした気持ちが奔流となって体を駆け巡った。黒子はやっぱり頼りになるヤツだからだ。黒子がいればまず心配はいらない。それから、赤司もだけど。
「だ、そうだけど? リリィ、こいつらも殺すのか?」
 さっきとは違う男が言った。
「――殺すのよ。もう、何人殺めても同じ」
「怖いなぁ、可愛い顔して、心は悪魔ってか」
「何ですって?!」
 黄瀬のセリフにリリィは気色ばんだようだった。でも、オレ、今回だけは黄瀬の肩を持つ。どうせ、オレを殺そうとした女だ。尤も、そうしたところで赤司達がリリィに振り向くとは思えないけれど。
 もう、正気を失っているんだろうな……。オレに対する憎しみで。だけど同情はしない。憎しみを自制出来なかったリリィが悪いのだ。――リリィが言った。
「痛めつけてやって」
「へいっ!」
 ぼんッ!
 ボールが男の顔に当たった。――何て名前だか知んねぇけど。
「あが……痛いっ……!」
「トシオ……ッ!」
「けっ。オレのダチに手を出すからそう言うことになるんだよ」
 青峰の言うことは尤もだけど……バスケットボールを凶器にしちゃいけないんじゃあ……。
「青峰っち~。バスケットボールでこいつらやっつけようとしたら、ボールが可哀想っスよ~」
「……だな。じゃあ、肉弾戦と行くか」
「ちょっと待つのだよ」
 低い、よく通る声が響いた。この声は聞き覚えがある。――緑間だ。
「大丈夫かい? 光樹!」
 もっと聞き覚えのある美声が届いた。ああ、赤司――! どっちだか知んねぇけど、助かった……!
「この倉庫は警察がぐるりを取り囲んでいるのだよ」
 低い声の持ち主――緑間真太郎は言った。
「降旗く~ん、真ちゃんはそれはもう、物凄い心配して……」
「余計なことを言うな。高尾」
「……わかった」
 高尾――高尾和成――が、肩を竦めたような光景が浮かんで来るようだった。逆光でよくわからないけど。高尾は緑間には頭が上がらないのだ。それでいて、緑間の方が高尾に夢中ってんだから、世の中ってのはわからないよなぁ……。
 尤も、赤司がオレにどうやら惚れているようなのも、わからんと言えばわからんのだけど――。
「大丈夫ですか? 降旗君」
 ああ、この涼しい声……!
「黒子ー!」
 毒気を抜かれたような悪漢どもを無視して、オレは黒子に抱き着いた。
「おやおや、止してくださいよ。降旗君……」
「黒子、会いたかったー!」
「――やれやれ。黒子にお株を取られてしまったな。でも黒子が相手じゃ仕方ない。精々再会を喜ぶがいい」
 赤司……多分征十郎の方が仕方なさそうに呟いた。

後書き
ソドミアン……懐かしい言葉ですね。もう死語なのかな。
降旗クンも災難です。
青峰クンや黄瀬クンやキセキ達や黒子クンが来てくれて良かったね。降旗クン。
2021.12.23

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