ドアを開けると赤司様がいました 204

「わかった。貸してくれ。光樹」
「うん……」
 オレは、ちょっともやもやとした不安を抱きながらも、征十郎に受話器を渡した。征十郎の匂いがまた鼻を掠めた。
「リリィ、悪いが、オレはキミと付き合うつもりはない。征一郎もだ。今後一切電話を寄越さないでくれたまえ」
 征十郎は命令調で言った。そして、「やれやれ」と独り言つ。
「オレも征一郎もあの女には迷惑してたんだ。リリィからの電話は、光樹ももう取り次ぐな」
 征十郎がふん、と鼻を鳴らした。
「以前、リリィが自身の住所と電話番号を押し付けて来た。ええと……あったあった。ほら、これだ。そしてオレ達のスマホにも電話が来るように――オレ達はあの女に連絡先など教えてないぞ。どっか他のルートから知ったんだろう。困ったことだ――無視していたら、今度は家までか……。でも、まぁ、きつく言っておいたから二度と来ないだろう。来ないんじゃないかな……」
「着拒とかはしねぇの?」
「スマホの方はもうしてる。――それから、友人から話を聞いてあの女のことも調べてみた。想像以上に質の悪い女だ。あの女はオレ達の住所は知ってるしな。ここに押しかけて来たこともあったんだし」
「……ふうん。リリィって、強引な女だとは思ってたけど、確かに性格も悪かったな……」
「ああ。まぁ、これから話すことは本当は光樹には聞かせたくない話なんだが……」
「別に聞きたくないから、いいよ」
「あ、ちょっと……」
 オレは着替えを選ぶ為、部屋に向かった。征十郎が何か言いたそうだったが、オレが行ってしまったので、それ以上は追っかけて来なかった。
 リリィか、懐かしいな……。
 オレは、そうとしか思わなかった。あの女が質の悪いのはわかっていたし、自分の可愛さを武器にしていることもわかっていた。リリィは、赤司の前では猫被ってて、でも、オレの前では本性現して……やっぱあんま好きじゃない。
 オレがシャワーから上がると、征一郎と征十郎がバスケのビデオを観ていた。
「あ、光樹。今始まったばかりだよ。――キミもビデオ観るだろ?」
「あ、うん……」
 オレはリリィのことなど忘れて、バスケの勝負に見入っていた。流石、NBAの選手だなぁ……と思って、心もすっきりして、寝た。

「おはよう、光樹」
 ――翌朝、征十郎が眠そうに目を擦って言った。
「おはよう」
「今日は時間があるから送ってって行こうか?」
「えー、いいよぉ」
 オレはそう答えたが、嬉しくないこともなかった。でも、征十郎が意外なことを言った。
「心配なんだよ。オレは。特に今日は何か嫌な予感がするんだ」
「えー? おは朝で悪い結果でも出た?」
 そう言ってから、(そう言えば、緑間はおは朝狂だったな――)と言うことを思い出した。高尾も苦労しているらしい。
(真ちゃん、大学に入ってからもっとおは朝の占いに狂って来たんだもん。参っちゃうよ。……オレのことも頼ってくれるのは嬉しいけど)
 高尾は、最後の方ではいつも緑間の惚気が入っていた。
(オレさ、いつか真ちゃんに復讐したいと考えてたんだよね。真ちゃんにバスケで負けてから。でも、今はすごい真ちゃんに参ってんの。――真ちゃんにそう言ったら、『高尾に復讐されるのなんて怖くないのだよ』って笑いながら言ったんだよ。――ちぇっ)
 そう言いながらも、高尾は満更でもなさそうだった。どういう関係なんだろうな。あれって。
 オレは、はなから赤司達に復讐しようなんて思わなかった。だって、スキルが違い過ぎるもん。黒子のバスケは――少しは復讐の要素が入ってたかもしれないけど。
「人をあのおは朝狂いと一緒にするな」
 あーあ、言われてしまったね。緑間。征十郎にさ。
「そう言うんならもういい。オレの勘は当たるのにな――」
「はいはい」
 オレは……征十郎のことばを聞き流した。あのような事件が起こるとは夢にも思わずに――。

 その朝、オレは、ぽくぽくと歩道を歩いていた。うーん……いい気持ち……オレは伸びをした。
「よっ、降旗」
「おー、橋田。おはよう」
「今から大学? お前だったら赤司達に送ってもらえるんじゃねぇの?」
「そうだねぇ……」
 オレは上の空で返事をした。確かにあんな風に征十郎を袖にしたのは悪かったと思ってる。皆のアイドル、赤司様をだよ――。
 征十郎は、きっと断られることに慣れてなかったんじゃないかな。オレも征十郎や征一郎にはいろいろ言ってきたけど……。
 信号が青になって、ヴォン!とバイクがエンジンをふかす音が聴こえた。
「わっ!」
 オレの足が宙に浮いた。連れ去られたのだ――と知った時には、橋田と引き離されていた。
「降旗ー!」
 橋田はオレに向かって叫んでいる。バイクの男がオレの体勢を変え、横抱きにした。
「ぎゃあああああ!」
「大人しくしないか!」
 ――ドスの効いた男の声。でも、多分年齢はオレとそう変わらない。そうだな……オレより二、三歳年上ぐらいかな。
「ふん、ちょろいヤツ。――赤司も何が良くてこんな普通の男に関わってんのか……」
 こいつ、赤司とオレのことを――知ってる? オレはバタバタともがいた。
「動くな。オレがオマエの体を放してもしらんぞ」
 何キロだか知らないが、バイクは結構スピードが出ている。こんなところで放り出されるのは嫌だ。――後続の車にはねられるかもしれねぇじゃねぇか。それは、遠慮したい死に方だった。
「よし。静かになったな。――オレの彼女も喜ぶだろう」
 彼女? この男に? 何だか知らないけど、随分悪趣味な……。
「しかし、赤司どもも随分悪趣味な……」
 何だ。同じこと考えていた訳だ。こいつと。嫌だな。
「こんななまっちろいヤツと――」
 悪かったな。それに、高校時代カントクに鍛えられたおかげで、筋肉は発達してると思うぜ。
 尤も、こいつはクマみてぇな体格してるから関係ねぇかもしれないがな。人間並みの脳みそはあるんだろうか。
「こんなヤツと――」
(こんな男と――)
 オレ達は互いに同じようなことを考えながら、脇の道路に逸れて行った。男がスピードを出す。
「うわ、うわ、死ぬーっ!」
 オレは声も枯れる程叫んだ。……一応ひと段落した頃、男が何かぶつぶつ言っているのが聴こえた。
「ふふ……これでオレもリリィちゃんに褒められると言うものだ……」
 リリィ? もしかしてあのリリィ?
 ――嘘だろ?
 確かにリリィは性格悪いし、オレをはめようとしたこともあるけど……でも、それでも!
 ……オレは、あの女を信じていたかったのかもしれない。悪女かもしれないけれど、実は可愛い女なんじゃないかと。だって――赤司を好きになった女だもん。そう悪くは思いたくないんだよね。
 ドッドッドッドッ。
 埠頭に、男はバイクを止めた。
「さぁ、来い」
「言われなくたって行くよ。――どうせ逃げやしないんだから……」
 オレがそう言うのを聞いて、男が目を瞠った。
「何だ、オマエ。怖くてガタガタ震えてんのかと思ったら……」
 どういたしまして、だ。赤司達のプレッシャーに慣れているオレのこと。バイクのスピードには驚いたが、多分ゾク上がりだろうこの青年のことなど、怖くはない。
 赤司達の方がよっぽど怖いもんな――。
 それは、灰崎も言っていることである。後、カントクも。今、オレが心配しているのは、うっかり攫われて、赤司達に、オレに対して罰を与える口実を増やしてしまったことだった。
「ははん、ちょっと見直したぜ。けど、リリィちゃんとオレとの明るい将来の為だ。ここは犠牲になれ」
 明るい将来ねぇ……。リリィちゃんとやらもこんなクマみたいな男との明るい将来なんて本当に考えてんのかね。オレはどうも懐疑的になっているようだった。海はちゃぷちゃぷ凪いでいた。
 それにしても、オレはこの男に連れ去られて、どうなるのか――。
 開き倉庫に連れて行かれ、オレは、リリィちゃんと御対面をした。
 ああ、やっぱり――。
 オレは失望と納得を同時に味わった。
「ご苦労様」
 そこには、お馴染みの――と言うか、何度か会ったことのあるリリィが座っていた。
「なぁ、約束だったろ、リリィちゃん。降旗とやらを連れて来ればキスしてくれるって――」
 なるほど。ご褒美のキスって訳かい。ゾク上がりの青年クン。そんなに騙されやすいとそのうち下手をうつぜ。
 リリィは赤司征十郎が好みなんだからな。
 倉庫の中は薄暗く、かび臭かった。リリィはさぞかし眉を顰めていたことだろう。そこで、リップ音が鳴った。
「それだけ?」――男は不満げに言った。そこでオレは気が付いた。このリリィとクマ男の他に、何人かの人間の気配があることに。

後書き
赤司様の勘は鋭かった!
拉致られましたね。降旗クン。
アドバイスに従って、事件から話を考えてみました。
今日は赤司様の誕生日です。おめでとうございます。
2021.12.20

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