ドアを開けると赤司様がいました 203

 さてと――。
 オレは机に座った。目の前には、テキスト、ノート、鉛筆や消しゴムなどの文房具……。
 こいつらは敵だ!
 けど、大学に行っている以上、半分は自分で勉強しないといけない。
 ――オレ、そんなに頭いい方じゃねぇし、成績だって普通だけど……そういや、黒子も成績は普通だったな。高校の頃の話だけど。
 あいつら、今、どうしてっかなー……。と、いけない。ぼーっとしてちゃ。真面目にやらないと。真面目さはオレの数少ない取り柄なんだから……自分で言って悲しくなってきた……。
「光樹。勉強かい?」
 征十郎がやって来た。オレはため息交じりに、「ああ」と答えた。
「パソコンの方が能率いいんじゃないのかい?」
「――そうだな」
 パソコンには独特の機械臭がする。慣れれば心地いいもんだ。
「赤司達は、パソコンしなくていいの?」
「うん、今は光樹に譲るよ」
「……ありがとう」
 オレは、春休み中にレポートを書かなければならない。このパソコンも、元はと言えば赤司家が買ったパソコンだ。赤司家には何かと世話になっている。
 ……後で、赤司家の方にもお礼しないとなぁ……。
 うちにある電化製品は赤司家の金で買ったものが殆どだし。オレがそう言うと、
「いいんだ、いいんだ。オレ達が住みよくする為の――いわば投資だからね」
 と赤司達は答えるだけど――。
 ゲームしたいなぁ、と思ったんだけど、いけない、いけない。今は勉強だ。オレは真面目な大学生……。カタカタカタ、とキーボードを打つ音。ブラインドタッチは出来なくても、それなりの作業はこなせる。
 赤司達はそれは見事なブラインドタッチが出来るんだけれど――。チートっていうヤツはいるもんだね。数は少なくとも。
 ――赤司どもには欠点というものはないんだろうか……。ないんだろうな。
 何でも出来て、バスケ部ではリーダー格で……だけど、多分、その欠点のなさが赤司達を苦しめたこともあるに違いない。
 オレに言い寄ってんのは、オレが安全だからだ。自分の地位を脅かすこともなく、適当に従順で――でも、それだけじゃないと思う。オレが反抗すると、赤司達は「おやっ」と思うらしいのだ。
 オレが赤司達の言動を読めないように、赤司達もオレの心はわからないらしい。オレなんてつまらない人間だと思うが、それが赤司達には新鮮に映るらしいのだ。
 ……変わってんのは赤司達の方じゃないっスかねぇ……。
 カタカタカタ……もうすぐ終わる。確かに鉛筆や消しゴム持ってテキストと睨めっこしているより早かった。
「光樹。何か食べるかい?」
 ――征十郎だ。うーん、今、食欲ないんだけどな……。別にゆうべの行為のせいだけじゃないけど。
 何かに集中していると、食欲とか睡眠欲とかもどこかへ吹っ飛んでしまうみたいだ。けど、そうだな……。
「アイスクリームが食べたい」
 そう言うと、征十郎が目を瞠って、それから嬉しそうに笑った。
「――オレもアイスが食べたくて買って来たんだ。ハーゲンダッツだよ」
「それ、高いヤツじゃん!」
「まぁま、たまにはさ――」
 赤司達は、オレを甘やかしていると思う。こんな贅沢に慣れさせて、オレ、もし赤司に捨てられたら、一人で生きていけるのかね。
 ――いや、赤司達がオレを捨てることはない。そんなこと、あの本質は優しいヤツらが出来る訳がない。赤司達は、普通で、しかしちょっと弱虫のこのオレに芯棒をくれた。それが、あいつらの優しさと強さだ。
 そういや、今日はいい天気だからな。アイスも欲しくなるか。赤司達は何かをする時、オレに恩に着せようとしたことがない。いつも、オレが――或いは僕が、光樹にしたかったことだからね、と言ってくれる。
 だからこそ、失った時のことが怖い。……でも、まぁ、それは失った時に考えればいいことである。
 将来、オレは「あの赤司とも付き合ったことがあるんだぞ」と喚くホームレスになるかもしれない。赤司達が将来この社会で成功することは疑いようがなかった。特に、征十郎は。
 オレは文章を保存した。よし、後はプリントアウトするだけだ。
 征一郎だって、実力主義の環境に放り込まれればバリバリ働くだろう。
 残されるのはオレ一人になるかもしれない。――まぁ、いいけどね。
 今日はバスケ部に行けなくてごめん。有山にそう言うと、訳を訊かれた。宮園先生にも訊かれた。オレは、レポートがあったから、と言っておいた。
(ふぅん、まぁ、勉強じゃ仕様がないな)
(そういうのは適当にやっとけばいいんだよ。ギリ単位もらえるくらいのところでさ)
 ギリギリ単位をもらえるところって、オレにはわからない。それに――バスケもだが、オレは勉強をしに大学に行っているのだ。当たり前のことだけど。
 けど、やっぱりバスケが出来ないのは辛いなぁ……ゆうべ、ちょっとヤり過ぎたから……。
 ――まぁ、オレにも責任あんだけどね。
『レポート終わったか? 手伝ってやろうか?』
 LINEで有山が訊いて来た。オレは、こいつがこんなにマメで、人のことを気にかけるヤツだとは思いも寄らなかった。いつも、オレなんかいないような態度で無視してたもんな。しかし、一旦心を開くと、いい兄貴分て感じで――。結構成績優秀だったりするし。
『うん、大丈夫』――オレはそう答えた。
『おい、フリ』
 あ、青峰が入室して来た。
『よっ、青峰』
『何だぁ? 何か用事でもあんのか?』
『レポートだよ。…今、終わったとこ』
『そっか。良かったな』
 ――と、有山。征十郎がひょこっと現れた。
「残りのアイス、食べようじゃないか。光樹」
「うーん……」
 そう言えば、オレ達、食べてばかりだよなぁ……。改めてそう思う。――やっぱり夕飯の時も思ったけど、まるでひと昔、いや、ふた昔前のホームドラマみたい。まぁ、アイスいらない訳じゃないけど。
「勝手に分けといてくれよ」
「了解」
 まぁ、平和の証なんだろうけどね。こういうのも。オレはアイスを食べると再びLINEに戻った。
『なぁんでバスケやる為に大学行ったのに勉強しなきゃなんねーんだろうなぁ』
『青峰…バスケ推薦だからって、勉強しないといけないんだぞ』
『オレはバスケができりゃそれでいーの。そういや、オレのところにスカウト来たぜ』
『何それ自慢?』
『フリってばまたそんな…フリんとこにも来てんじゃねぇの?』
『ぜんっぜん来てません』
 ――そう。オレぐらいの実力の選手は他にも沢山いる。動画でオレのダンク見て、
(オレの方が断然上手いのに……)
 と、思うヤツらは多いだろう。
 アイスを空にして、また喋って――赤司がハーゲンダッツを買って来てくれたことを言ったら、青峰に羨ましがられた。オレもちょっとこそばゆかったけど、悪い気はしなかった。
 オレは、赤司達と一緒にいることによってグルメになってしまったらしい。赤司達がいなかったら、コンビニ弁当だったかもしれないな。今頃。
 そんで、汚ぇ部屋に寝そべって、趣味はテレビを観ていること。部屋の隅にはゴミが溜まっていて――。
 ――オレはぞっとした。オレがこんないい生活をしているのは、赤司達のおかげだ。
 征十郎と征一郎は、居間で何か話をしている。
 赤司。いつもありがとう。ドアを開けると赤司がいるのが当たり前の生活になっちゃったけど、それって物凄いことなんだなぁ……。
 トゥルルルル。電話が鳴った。オレはスマホをそのままに部屋を出た。
「光樹……」
「ああ、オレが出るからいいよ」
 オレは受話器を取った。
「もしもし、降旗ですが――」
『なぁんだ。光樹かぁ』
 この気だるそうで、その上甘い声は――。
「リリィか……」
 脱力しそうになった。何か、嫌な予感……。
『何で、赤司クン達は、光樹は良くて、リリィはダメなの~? 征一郎クンも光樹の方がいいって言うしぃ……』
 リリィが甘ったるい声を出している。そりゃあ、オレが征一郎でも、こいつはダメって言うなぁ……。
『ちょっと、赤司様と変わんなさいよ』
「えと……どっちと?」
『話のわからないヤツ! どっちでもいいわよ!』
「あっそ。今、二人いるけど……」
 二人とも、リリィと話すのは嫌がるだろうなぁ……。
 ぬっと、征十郎が傍に来た。ただならぬ気配を感じたらしい。柔らかい、コロンの香りがする。
「誰からだい? 光樹。――キミは嫌そうにしているね」
 これは隠しても仕様がない。オレは正直に、リリィからだよ――と答えた。
 リリィには失礼かもしれないが、征十郎がほんの少し、綺麗な形の眉を顰めたので、オレは溜飲が下がった。――まぁ、リリィのこと、オレ、苦手だしなぁ……。

後書き
この話にも食べるシーンが出て来ました(笑)。
でも、ハーゲンダッツは食べてみたいなぁ。銀魂のお妙さんが執着しているくらいだもん。
後、リリィが出て来ましたね。トラブルメーカーですが、この娘好き。
2021.12.08

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