ドアを開けると赤司様がいました 202

「ほら、ロールパンを焼いたよ」
 征十郎がパンを出してきた。うわぁ、いい香り。焼きたてのパンの香りだ。
「美味しそうだね。征十郎。――征一郎も手伝ったの?」
「――まぁな」
 征一郎が自慢げに言う。
「ビーフシチューも作ったよ。それから、とっておいたほうれん草のスープも温めておいたから」
「すごい、すごい!」
 オレが喜びの声を上げると、征十郎と征一郎が笑顔で互いの顔を見交わした。――むっ、何だって言うんだろう。
「どうしたんだよ……征十郎に征一郎」
「いや、光樹にそんなに喜んでくれて嬉しいな、と思ってさ、なぁ、征一郎」
 征一郎は、はにかむように「ああ」と答えた。そうか――オレも嬉しい。幸せだ。この、美味しそうな匂いの中で。何だか、ホームドラマのようだ。父ちゃん役や母ちゃん役はいねぇけど。
「あ、そうだ。インスタインスタ」
 オレはスマホを探してバタバタし始めた。
「オレ達、もう撮ったけど?」
 と、征十郎。
「オレも撮りたいの!」
 ――と言うか、オレが撮らないと意味ないんじゃないか?
「征十郎達も入らない? 黒子に送るんだ」
「うーん、まぁ、仕方ないな。光樹がそう言うんじゃな……」
 征十郎が赤い髪を撫でつける。征一郎も満更でもなさそうだ。オレは、インスタを始めたばかりだ。今時インスタもしないなんて、何だか流行遅れのような気がして――。
 それに、赤司達の料理はインスタ映えがしそう……。
 征十郎と征一郎はノリノリだ。オレは、かわるがわる写真を撮った。自撮りって三人じゃ大変そうだもんなぁ……。
 コメントを書いて、黒子にも送る。黒子から返信が来た。
「降旗君も赤司君達もとても楽しそうですね」
 ――って。
「オレ達、楽しそうだってさ」
「そうだろうそうだろう」
 征一郎は顎に手をかけて、得意げに頷く。まぁ、オレも楽しいし。征十郎達も――。……ていうか、何だ、このいいねの数。
「どうした? 光樹。チワワになってるけど」
 征十郎が指摘する。チワワで悪かったな! ――そうじゃなくて……。
「ほら、このいいねの数……」
 赤司達がオレのスマホを覗き込んだ。
「ああ、それか」
「僕達や降旗がインスタを始めたら、それぐらいは行くと思ってたよ」
 征十郎と征一郎が言った。何か、二人とも、オレと違って全然驚いたり、動じたりしてはいないんだけど……オレがびっくりし過ぎなんだろうか……。赤司達は注目を浴びることに慣れてるようだもんな。
 あー、そうさ。オレはどうせちょっとしたことで驚き喜ぶ、チワワボーイさ!
「――光樹。怖い顔してるぞ。何に怒ってるんだ?」
 征十郎がオレの顔の前で手をひらひらと振る。
「別に。ただ、オマエらとオレとは人種が違うと思ってるだけさ」
「人種が違う? オレはオマエと同じ人間だし、バスケマンだぞ」
 あー、もう、そう言う意味で言ったんじゃないってば! ――征一郎が苦笑した。
「そうだぞ。光樹。僕達はバスケを好きだと言う時点で、同じ人種だ。バスケが好きで、バスケで語らい――バスケの研究をしたりする。それが、何よりも大切な男達じゃなかったのかい? ――僕達は」
 征一郎も弁が立つ。……オレは、ぽり、と頭を掻いた。やれやれ、こいつらには口では敵わないな。
「……料理がすっかり冷めてしまったよ。まぁ、猫舌のオレ達にとってはちょうどいいけれどね。――光樹のだけ温めよう」
「わざわざありがとうございます。征十郎殿」
「何だい。その言葉遣い。らしくないね」
 征十郎はくすっと笑った。何だよ。らしくないって。――確かにオレも冗談で言ったんだけどさ。まぁいいか。
「征十郎達はさ、インスタしないの?」
「一応登録はしてあるんだけど」
「僕達が投稿すると、それはすごい騒ぎになるからな」
 征十郎に肩をかけた征一郎が、征十郎の言葉を引き継いだ。何だい。自慢かい。――でも、それが真実なんだから尚更ちょっと頭に来る。そうだよな。オマエらは天下の赤司様だからな。
 でも、せっかく投稿するんだから、少しでも見栄え良く――インスタ映え、という言葉の意味が実感出来るなぁ……。
 オレは、赤司達が温めてくれた料理を食べた。
「どうだい?」
「おいひい(美味しい)」
「そう。良かった。どんどん食べてね」
「やっぱり岡さんに来てもらった方が良かったかな」
 岡さんは、赤司家の専属シェフだ。――でも、岡さんも忙しいだろうに、呼びつけちゃ悪いよな……。
「あはは。光樹が済まなそうな顔してる。大丈夫だよ。今日は岡さんは呼ばないから」
「うん。そうだね……赤司達の作った晩飯も充分美味しいし」
 本当にチートなコンビだ。こいつらは。
「うん。このビーフシチューはなかなかの味付けじゃないか。これを作ったのは征一郎だよ」
「おだてても何も出ないぞ」
「うん、わかってる」
「父様もいれば良かったのにな」
「まぁ……父様は忙しい人だから……」
 赤司達が談笑している。――良かった。この二人が仲が良くて。時々、ちょっとした仲違いもあるけれど。それは仕方ない。元は同一人物とは言え、人格は分かれたのだから。
 それに、オレも征臣サンは好きだ。
「父様ねぇ……あの人も変わったよ。キミ達のおかげだよ。光樹。オレも、キミ達に出会わなければ、井の中の蛙になっていたところだったよ」
「いやぁ……」
 それは火神と黒子の手柄だと思うけどね……後、センパイ達。
「光樹のおかげで僕も人を見る目が変わったよ。――弱さを武器にするなんて、オマエは恐ろしい男だ」
「はは……」
 オレは苦笑いをするしかなかった。
(降旗クンは一見弱そうだわよね。でも、弱いとは一言も言ってませんけど)
 ――そんなカントクの声が聞こえてきそうな気がする。
「いやあ、あれは、見事に謀られたからね。相田先輩と光樹にね」
 征十郎が、カントクの采配を褒める。そうだよ。オレは、カントクがいなきゃ何にも出来なかったんだ。
 小金井センパイもあれから一層バスケに打ち込むようになったし――誠凛のバスケは人を変えるんだ。
 本当は、オレもJabberwock戦に出たかったよ……分不相応な願いだったと言うのはわかるけど。それに、あいつらマジでおっかなかったもんな……。オレの敵う相手じゃないよ。
 オレも……赤司達みたいに強くなりたかったな……。
 オレは、悔しさと涙を飲み込んだ。いつもならうるさいくらい心配する赤司達も、何も言わなかった。
「このパン、青峰達にも持って行きたいね」
「そんな量ないだろう。青峰は大喰らいだ」
「いっぱい作って黒子達にも分けてあげよう」
「そうだな――黒子達には、いっぱい世話になったからな……」
 赤司達が話し合っているのをオレは何だか眩しいような気持ちで見ている。ドアを開けると赤司達がいる。こんな恵まれた環境にいるのは、今は、このオレ、降旗光樹ただ一人ではないだろうか。
 何でそうなったのかはわからないけれど――オレも、もう少し自信を持ってもいいのかもしれない。
 まぁ、赤司達がチワワみたいな愛玩犬代わりにオレを可愛がってやっている、と言うことも出来ようが――。
 ちぇっ。どうせオレはライオンの前にいる小型犬だよ。――でも、それでもいいかと思えるようになって来た。別段、人間として、男としてのプライドをうっちゃる訳じゃないんだけどね。
 でも、赤司達との生活は心地がいいから……赤司達もそうだと嬉しいんだけど。
「征十郎。征一郎」
「何?」
「何だい?」
 二人は、ぱっとこちらを見る。オレは続けた。
「いつも――ありがとう」
「そんなこと……オレ達だってキミには感謝している。キミにはいろいろなことを教えられたよ。人を愛することまで……」
「僕も……同じだ。光樹。キミに会ってから、周りの景色が変わった。――というか、征十郎はもう二度と抜け駆けはしないでくれ」
 征一郎は征十郎を軽く睨む。征十郎は、お互い様じゃないか――と嘯いている。
 オレも、もっと二人のことを満足させてあげたいけど、流石に体でとはなぁ……まだ腰がいてぇよ……。その他のことだったら、料理だろうが掃除だろうが何でもやるから。

後書き
私の小説は食べるシーンが多いです。
まるでホームドラマのようだ……とはパタリロの言ですが(笑)。
自分が食べることに興味を持っているからかなぁ。でも、特別グルメと言う訳ではありません(笑)。
2021.12.03

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