ドアを開けると赤司様がいました 20

「ねぇ、赤司。……オレが変装しても、アンタはオレのこと、見分けられるかなぁ……」
 ガタンゴトン――電車が揺れる。オレ達は今、帰る途中だった。
「勿論!」
 赤司は力強く答えてくれた。
「何ならキミが女装してても見抜く自信があるよ」
「女装……」
 オレはちょっと複雑だった。女装だったら赤司の方が似合うと思うけどな――。
「オレ、小金井センパイに化けたことあるんスよ。でも、オレだと気づいたのは黒子とそれから――おそらくカントクだけでした」
「何だ。目が節穴なヤツらばかりだな」
 ――オレが言いたかったことを赤司が言ってくれた。それだけで、オレは嬉しい。オレのかっこした小金井センパイも気付いてもらえなかったとちょっと落ち込んでたようだったから……。
 やっぱりオレ、モブキャラという立ち位置が似合ってんのかねぇ……。
「光樹。……疲れた。眠い」
「寝りゃいいじゃん。せっかく座れたんだし」
 新聞紙を膝に乗せたままの中年のサラリーマンが少し離れたところで鼾をかいている――今は車内にはその人しかいない。
 それにしても、赤司も疲れることなんてあるんだなぁ……いつも精力的に動いているから想像もつかなかったけど――赤司は忙しいヤツなのだ。規則正しい生活をしているので、オレもつい時間通りに動いてしまう。
 赤司がいなかったら、オレはもっとのんべんだらりと過ごしていたかもな……。その点では赤司に感謝だ。
「光樹。肩貸してくれ」
「いいよ」
 ――赤司はスーッと寝てしまった。赤司は本当に寝つきがいい。寝起きもいいし。――たまに夜中も起きていることあるけど。
 ……ふーん。緑間程じゃないけど、赤司も睫毛長いんだ……。
 赤司の頭はそんなに重くなかった。オレの肩に寄っかかってんのにね。赤い髪がさらさらしてて、いつもいい匂いがする。
 これで赤司が女の子だったら最高なんだけど――そしたらやっぱり、あの娘と同じように、オレなんか見向きもしなかったかな。バスケを始めることを勧めた、オレの初恋の女の子のように。
 オレ達のアパートは終点近くだから、少しの間とはいえ、安心して眠れるという訳だ。――着いたらオレが赤司を起こしてやろう。

「おー、小金井じゃんか!」
「よぉーっす! 小金井センパイ!」
 だから、違うって……オレの周りのヤツら、皆いいヤツらばかりなんだけど……オレの正体に気づかないなんて……。
 そこで、一人の青年に肩を掴まれた。青年は赤司だった。
「光樹――」

「――光樹、光樹!」
「は、はいっ!」
 オレはつい畏まって返事をしてしまった。しまった……いつの間にオレの方が眠ってしまったらしい。
「着いたよ」
「は、さようでございますか!」
 赤司がくすっと笑った。
「今日の光樹は何か変だね――今まで夢でも見てたのかい?」
「ああ、うん――赤司がオレを見破ってくれた……」
「え?」
 赤司が首を傾げる。サラリーマンはいなくなっている。とっくに帰ったのだろう。赤司と俺は電車の車両に二人きり。車掌が近づいてくる。
「……降りようか」
「……そだね」
 オレ達は並んで駅を後にした。懐かしの我が家にとうちゃーく!
 オレはふと、自分の考えから出た、我が家と言う言葉に引っかかった。オレは――赤司と住んでいるこの家を、実家より近しく思っている。そんなことにがくぜんとした。
 赤司は、高校のWCで会うまで――いや、今だって赤の他人のはずなのに……。
「さっきはどんな夢見てたんだい? 光樹」
 ああ、夢の話?
「赤司――オレの正体を見破ってくれてありがとう」
「は? 何のことだい? ――まぁ、大体見当はつくけどね」
 やっぱり赤司は嘘はつかない。オレが光樹だって……降旗光樹だって、ちゃんとわかってくれた。例え夢の中でも――。
 すっかり上機嫌になったオレはアパートの階段を昇る。夜だから静かに歩く。
「……オレも夢を見たよ」
「どんな?」
「光樹が……変装してる夢。きっと、あんな話を聞いたからだね。――夢の中ではキミは黒髪で、ウィッグだったと思うんだけど……『小金井』と呼ばれていたね。でも、オレにはすぐにわかったよ。光樹だって。光樹は友達と仲良さそうに話してたけど……一人になった時の後ろ姿は寂しそうだったな……」
 オレは、はっとした。
 何でこの人はこんなことまでわかるんだろう。――オレは確かに、あの時寂しかった。オレは降旗光樹なのに、誰も気が付かないなんて。それがとても、虚しくて、寂しくて――。
 小金井センパイも同じような気持ちになったんだろうか……。
 それにしても――オレの寂しさまで見透かすなんて……例え夢の中だって……。
 赤司……オレは……赤司征十郎が好きだ。
 家族として、友達として……一人の人間として赤司征十郎が好きだ。
「どうした? 光樹。早く入りなよ」
「――なぁ、赤司。オレ、アンタのこと、親友と思っていいかな」
「何だ、そんなこと」
 赤司が笑った。電灯がついてたし――それに、オレは夜目がきくんだ。
「オレはずっと、光樹のことを親友だと思ってたよ」
 綺麗な笑顔。その笑顔がとても好きだと思った。
「赤司!」
 オレは思わず抱き着いてしまった。
「赤司! 赤司赤司赤司ー!」
 オレは、それだけしか言えなくなってしまったような気がした。赤司はオレの背中を優しく叩いてくれた。「うるさいぞ!」と近くの家のおじさんに怒られてしまった。
 赤司が苦笑した。
「怒られてしまったね。光樹」
 けれど、オレはそれどころではなかった。
「オレ、アンタのこと、怖かったけど、今は、一人の人間として好きだ!」
 オレがそう言うと、赤司は小声で囁いた。――オレも、光樹のことがずっと好きだったよ、と。
「あ、でも、恋人とか、そういうんじゃないからね」
「――わかってるよ」
 赤司がくすっと笑った。その笑みもとても好きだ。
「ずっと、この家で暮らせればいいのにね……」
「それは、オレの家に頼めばどうどかなると思う……けれど、オレも赤司家の人間だからね」
 赤司には赤司の事情というものがある。オレにはオレの事情があるのと同じように。この生活は長くは続かない。――オレも赤司も、それはわかっている。
 でも、今は、一緒にいたい。
「腹減ったから、なんか食いたいなぁ……」
「何か作ろう。光樹。――何がいい?」
「肉うどん作るよ。オレ、ちょうど食べたかったんだ。時間はかかるけど。赤司は部屋で休んでてよ」
「そうかい。済まないな。光樹の肉うどんは絶品だからな」
「――赤司家のお坊ちゃまに粗末なものを差し上げて済まないと思ってます」
「そんなことないよ。でも、明日はオレが作るよ。とっておきの湯豆腐を」
「うん、お願い」
 オレ達は笑いながら部屋へ入って行った。その日の肉うどんはとても美味しく出来たと思う。オレは麺類も好きなのだ。
「キミはほうとう風の料理も作れるんじゃないかな。光樹」
「うん、それも美味しそうだね」
 オレ達はいつものように、向かい合って食べた。息を吹きかけて冷ましながら。
「もうすっかり遅くなっちゃったね」
 オレは言った。――もう一時過ぎだもんな。
「赤司。明日大丈夫?」
「勿論。一晩寝ないくらいでは何でもないよ。――今日は三時間ぐらいは眠れそうだけど」
 流石、体力あるなぁ……でも、赤司にはちゃんと寝て欲しい。さっき寝たから少しは疲れが取れたかな、と思うんだけど。オレがじっと赤司を見ていたら、赤司はにこっと笑った。
「心配しなくてもいいよ。――それにしても、今日の光樹の言葉は嬉しかったよ。……オレはあだやおろそかにキミを名前で呼んでいるわけではなかったのだからね」
 そっか……今日は黒子と別れた後、スコールが降って来たから、俺達は図書館で勉強して――図書館が閉まったら喫茶店で勉強して……コーヒー一杯で随分粘ったから店の人には嫌な顔されて――だって、その時はお腹空いてなかったんだもん。

後書き
赤司に抱き着く降旗。美味しい(笑)。
アパートの位置を真剣に考えている私はきっと労力の使い方を間違えている(笑)。
2019.06.11

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