ドアを開けると赤司様がいました 2

 ぴとん、ぴとん、ぴとん――。
 水滴が当たる感触がする。何だろう。これは――。それに、覚えのあるいい匂い……。そこで、オレは目を覚ました。
「光樹――」
「赤司!」
 オレはつい赤司を跳ね飛ばした。いや、正確に言うと、跳ね飛ばそうとしたところかな。赤司はすっと避けたから。
 赤司の髪が濡れている。そういえば、風呂に入って来たんだよな――。
「可愛い顔して眠っていたぞ。思わず理性が吹っ飛ぶくらいにな」
 ――これは赤司なりの冗談だろう。オレ――降旗光樹はフツメンだからな。けれど、微妙な冗談ではある。オレは試しに訊いてみた。
「赤司。――赤司って恋人いるの?」
「勿論いるさ」
 ――良かったぁ!
「今はバスケが恋人さ。オレと恋人になりたいという女はわんさといるけれど、それ程心がときめかない」
 ――ん?
「あのさぁ、赤司って女に興味がないの?」
「人並みにはあるさ。だけど、オレはもう恋人にしたい相手を見つけてしまったんでね」
「じゃあ、こんなところにいることないだろう。その恋人のところに行けばいい。そりゃ、赤司の湯豆腐を食べられなくなるのは残念だけど――」
「やれやれ。せっかく同棲にまでこぎつけたのに、追い出されちゃ世話はない」
「アンタ――恋人と喧嘩したの?」
「今してるだろ?」
「オレと赤司は恋人じゃないぜ」
「オレは他に行くところがないんだ」
 ――可哀想に。オレはつい赤司に同情してしまった。赤司はプライドが高そうだから、恋人の女にも謝ることが出来ないんだろう……。
「悪かった」
 ――え? オレに謝ったって仕様のないことだろ?
「ここに置かせてくれ。光樹。いや、置かせてください」
 えええええ?! あの天帝赤司様がこのオレに謝った?!
「まぁいいけど――早く相手と仲直りした方がいいぜ。あっちの部屋はアンタに譲る。オレはリビングで寝るから。もう今日は疲れちゃってシャワーを浴びる元気もないや。――おやすみ」
「おやすみ……」
 赤司の声に残念そうな響きが混じったのは気のせいだろう。だって、恋人と喧嘩したんだもんな……。
「なぁ、赤司。――今日はもう寝るけど、良かったら後でオレが相談相手になろうか。何ならキューピッド役を引き受けても……」
「光樹。――そんな話じゃないんだ。まぁ、おいおい話はするけど……」
「わかった。もう詮索はしない。今度こそおやすみ」
「おやすみ」

 ――朝目を覚ますと……じゅうじゅうと肉の焼ける匂いがした。これはハンバーグだな。
 母ちゃん……。
「おはよう、光樹」
 げっ! そうだった! ここは実家じゃないんだ――赤司とオレはルームシェアをしているんだった。
 だけど、赤司にばかり料理させて申し訳ないな……。
「な、なぁ、赤司。朝飯ありがと。――でも、今度はオレが作るよ」
「どうして?」
「どうしてって……家事は分担し合うものだろう」
「ふぅん。夫婦ではそうなるのか」
「ふ……ふうふ?」
「まぁいい。オレも光樹の料理が食べてみたい」
「冗談はともかく今朝はハンバーグか?」
「好きだろう? オマエの母さんに聞いた。他にはスパゲティーナポリタンとかカレーライスとかだな」
「ははぁん。オレをお子様味覚とバカにしてるな」
「別にしていない。これらの料理は奥が深い」
「だったらアンタは少し勘違いをしてるんだ。オレが一番好きなのはマジバのハンバーガーとファミレスのオムライスだぜ」
「直にそう言わなくなる。オレの手料理が食べたいだろう? 光樹。お前の好みは知ってるんだ。趣味からどんな女の子が好きかまでな――」
 思ったんだけど、赤司って結構ヒマ人? オレの好みを調べて何になるんだろう――。
 そういやカーテンもオレの好みだったな。
 ――赤司はハンバーグを皿に乗せてオレに差し出した。昨日のテーブルで食卓を囲みつつ、オレと赤司は話をした。
「いずれ猫を飼おう」
「猫? ここはペット禁止だぜ」
「将来設計のひとつさ。光樹とオレが手塩にかけて可愛がる子猫が欲しい」
「お前、ずっとオレと暮らすつもりか?」
「――嫌か?」
「いずれはオレ、結婚したいぜ」
「そうなりゃオレはお払い箱と言う訳か。オマエが少し薄情なのはわかっていたけど、それはちょっと寂しいな」
「だから! 赤司には相手がいるんだろうが!」
 ――食器をかたづけようとオレが立ち上がって歩き出すと、赤司も追ってきてオレの肩に手をかけた。真剣な話だな――そう思ってオレは食器をシンクに置く。
 赤司の顔がやけに近い。
「光樹。さっきの話だけど――勿論この人は、と思う相手はいるさ。でも、この『天帝』と呼ばれたオレが手も足も出ないと来ている。相手が超鈍感なばかりにな。――わかるか?」
 そして顎に手をかけられ、ふっと息を吹きかけられた。何と言ったらいいかわからなくなったオレは、気分を変えようと避難することにしようとした。それでも赤司はついて来た。
 慰めの言葉が欲しいのだろう。オレはちょっと気の毒になって、何とかして赤司を立ち直らせてやりたくなった。でも、恋人のいたことのないオレに何が言えただろう。
「光樹……」
 世にも切ない声で赤司が言う。オレが女だったらぐらっと来たな。
「――赤司。アンタはいい男だ。どんな女だってオマエはひれ伏す……んじゃないかな」
「……そうだな。けれど、一番欲しい相手の心が手に入らない」
「――それは辛抱が大事だよ。アンタは何でも一番になれるだろうけれど、オレは一番になるのに苦労したんだ。しかも、大学では過去はリセットだ。――大変だよ」
「確かに大変そうだな」
「アンタは才能があるうからいいけどオレみたいな普通の男にとって大学とは――」
 ダンッ!
 オレはいきなり赤司に壁ドンされてしまった。
「キミのどこが普通の男だ。キミはもう少し自覚を持つべきだ」
 あれ? 赤司、怒ってる? オレが自分を卑下したから?
 そうだろうなぁ――自分を低く見るヤツは、赤の他人にしたってあんま相手にしたくねぇもんな。
「わ……わかったよ……」
「宜しい」
 オレは止めていた息をぷはっと吐いた。
 でも、オレは普通の男ではないのか――赤司にとっても。そりゃ、同居人だもんな。多少の愛着くらいは……。
「赤司――ありがとう。オマエ結構親切だね」
 あれ? 赤司、今顔赤くならなかった?
「そりゃどうも。オレはいつ怒るかわからないから、キミも覚悟しておきたまえ」
「あ、ああ……何だか知らないけれど、わかったよ」
 赤司もいろいろあるんだな。喧嘩してよりを戻せない彼女とか――。
 話だけだったらいつでも聞くぜ。赤司。

「どうして同じ電車に乗るんだ?」
 オレは疑問を発した。視線が痛い。赤司がイケメンなので喜んでいる女子高生もいる。あ、あの子結構マブいな。
「よそみをするな光樹。――降り損ねるぞ」
「関係ねぇじゃん。赤司には」
「こっちが困る。大学にはちゃんと送り届けることをキミのお母さんに約束したんだ」
 ぐっ、お袋め……。
「それに通り道だしな。久々に電車というものに乗ったよ」
「そりゃ、赤司グループの御曹司が電車に乗っていると知れば、大騒ぎにもなるだろうよ」
「えーーーーーーっ?!」
 ――ほら、こんな風に。でも、この騒動の責任はオレにあるのかなぁ……。


後書き
赤司様ちょっと過保護。
でも、降旗クンのお母さんもよく電車でのお出迎えを許可したなぁ(笑)。
赤司様と降旗クンは将来どんな猫を飼うのか気になる私。
2019.04.21

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