ドアを開けると赤司様がいました 198

 動画係に選ばれた山崎はスマホ片手にうきうきしている。実は動画も撮って欲しくないんだけどな……決闘の理由が知れたら困るからね。
 ……まぁ、征一郎が勝てば問題ないんだけど……。征十郎が勝っても、あいつが尻尾をつかませるようなヘマはしないと思うしな。
 オレは有山の車に乗った。こいつも車に消臭剤を使っている。オレはちょっとくらっとしながらも有山に簡単に説明した。有山は了解したようだった。
「じゃ、行くか」
 有山が運転し出した。赤司達のドラテクも見事だが、有山のドラテクも見事なんだそうだ。――なるほど、納得。
 目的地に着いた。他に二、三人、公園で遊んでいる子供達がいた。
「光樹!」
 赤司達が駆け寄って来た。征十郎も征一郎も嬉しそうだ。
「おや、その青年は――」
「有山瞬。オレのダチ」
 オレは簡潔に答えた。征十郎が続ける。
「早速ギャラリーを連れて来たんだね? メール見たよ。仕方ないなぁ、光樹は――。しかし、有山。この間のオレ達への無礼は忘れたとは言わさないぞ」
「おう。見物客なら他にも来るけどな」
 有山が言った。
「有山クン……いいんだけど……光樹から離れてくれないか……」
「何だよ、オマエら……前にも思ったけど、アンタら、降旗の保護者か? それとも降旗とデキてんのか――?」
「何だと?! ――オマエは黙れ。あまり下衆なことを言うもんじゃないぞ」
「その反応だとやっぱりそうなんだな。天下の赤司征十郎がホモだなんて知ったら、女どもが泣くな」
「有山!」
 オレは思わず叫んでしまった。確かに、今の赤司はLGBTと言われても文句は言えないだろうけど。オレのことを好きだと言ったり、キスしたり、それ以上のこともしているし――。
 オレだって、ノーマルとは言えない体になっちゃったけど……。
「なぁ、降旗。オマエ本当に赤司達とデキてんの?」
 うーん、何て言ったらいいのかな……オレが迷っていると……。
「今日は二人の赤司の1on1を見せにもらいに来たんだよ」
 有山のニヤニヤした横顔をオレは見た。ああ、何か、厄介なことにならないといいが――。だけど、これは、オレが蒔いた種でもあるもんな……。
「ほう……。この人数の全員がそうか?」
 征十郎もニヤッと笑った。既に十五人程の人間が集まっている。――バスケ部の学生が多い。主に、今回は学校に来なかったヤツらだ。でも、学校に集まっていたヤツらも次々に車で来る。
「その通りだ」
 有山も得意そうに言う。
「観客が多いから緊張して実力が出せなかった、なんて言うなよ。お二人さん」
「――わかっている」
 征十郎は明らかにイライラしている。機嫌が悪そうだ。
「ルールは決めてきたからな。――なぁ、征一郎」
「うーん、それはいいんだが……征十郎、自棄に頭に来てるみたいだな。こんな雑魚相手に」
「……そっちは征一郎だったな。オッドアイですぐわかったよ」
 ――と、有山。
「……わかるか?」
「女子どもが騒いでたからな。赤司達が二人いるって。――野郎どもも、別の意味で騒いでたけどな」
 有山が続ける。征十郎は、
「光樹以外の野郎達に騒がれたって嬉しくない。女子達にもだ」
 と、宣っていたが。オレは嬉しいけどな。可愛い女の子が応援してくれたら。……赤司達にとってはいつものことで、感覚が麻痺しちゃったのかな。……羨ましいこって。
 でも、オレもなかなかバスケは上達して来たと思うし(赤司達のおかげで)、オレに黄色い声援を送る物好きだっていることはいるんだぜ。
「光樹。審判頼めるか?」
「もち」
 オレは征十郎に対して頷いた。
「それから――そうだな。時間は20分にしよう。せっかく来たんだ。キミ達も楽しめ」
「は~い!」
 面白そうだと思ったのか、集まって来た子供達が元気良く手を挙げた。――バスケ好きの大きいお兄さん達も。

 ――二時間の死闘の末、勝ったのは征一郎だった。
「征十郎」
 征一郎が征十郎に手を差し出した。征十郎がその手を握り締める。ギャラリーがどっと湧いた。
 観客の中には、途中で飽きてどこかに行ってしまう人もいたが、赤司達のファンと思しき女子学生も集まって来たので、とんとんかな。
「――征一郎……オレはちょっと、どこかで頭を冷やして来る」
 そう言って、征十郎はオレ達に背を向ける。オレは心の中でこう言った。――うん、行ってらっしゃい。
 征一郎は何人かのバスケ少年やファンの女の子達にサインを求められてちょっと困った顔をしていた。
「書いてやったら? 征一郎」
 オレが促す。
「でも、何て書けばいいんだ――?」
 征一郎が困った顔をしてオレに言った。――オレは続けた。
「赤司征一郎でいんじゃね?」
「征一郎さんておっしゃるんですか?!」
 オレは、育ちの良さそうな深窓の令嬢みたいな少女が黄色い声を上げたのでくらくらした。
「私、ファンになりました。バスケがあんなに面白いものだとは思わなかったです」
 それは、バスケファン向きの意見だな。さっきのとは違う、太った少女だ。ハンカチを握り締めて泣いている。……うん、征十郎も征一郎も本気で勝負したからね。本気の二人はやっぱり流石だよ。
 オレは――どっちにも勝って欲しかった。
 戸籍がないとパスポートって取れないんじゃなかったっけ? ……征十郎は、征一郎の戸籍を取りやすくする為に、ハッキングなんて思いついたんだ。でなかったら、そんな犯罪を犯す男ではない。赤司征十郎と言う男は。
 確かに、征十郎ならハッキングも出来るかもなぁ……。そう思うとちょっとぞっとするけれど。
 征一郎は、達筆な文字で自分の名前を書いていた。目元が潤んでいるように見えるのは気のせいか?
 ううん。きっと、気のせいじゃない。征一郎は、サインをすることで、自分のアイデンティティを噛み締めているんだ。オレだって、征一郎の立場なら、多分そう感じるもの。
 ――ありがとう、征十郎。
 きっと、征一郎もお礼言いたいんじゃないかな。だって、征十郎は征一郎の為に戦ったんだから。
「ありがとうございます。大事にします」
「ねぇ、お兄ちゃん。僕にも書いて」
 ファン達に囲まれた征一郎は照れ臭そうで――でも、感激しているようだった。
 征一郎も、変わったなぁ……。
 何と言うか……優しくなった。
 ファン達が三々五々に散ると、征一郎は笑顔で言った。
「帰ろうか。光樹」
「そうだね……征十郎はどうしよう……」
「あれは僕より打たれ強いヤツだ。すぐに帰って来るだろう」
「――うん!」
「でも、今日は征十郎に感謝しなきゃな。――サインをしているうちに、『ああ、僕は赤司征一郎なんだな』って自覚が湧いてきたからな。キミのおかげでもあるよ。光樹。オマエが僕の名前を付けてくれたから……僕は本当に嬉しかった……」
 征一郎の柔らかい笑顔。初めて見た。オレの知っている征一郎――いや、当時は征十郎だったな――は高校バスケ界の天帝で、おっかなくって……。
 大学へ入ったら、今度は征十郎がオレの家に来て――。
 ドアを開けたら、二人の赤司達がいた。オレは幸せ者かもしれない。
「僕は、日本バスケ界の底上げの協力をするよ。それなら、日本でも出来るだろう?」
「うん。だけど――それではアメリカに行けないじゃないか。NBAでプレイするんじゃなかったのか?」
 オレのセリフに、征一郎はふるふると首を振った。
「機会があれば、いずれ行けるさ」
 でも――とオレは思った。無戸籍者は、何をするのも大変だぜ。日本は戸籍制度のがっちりした国だからな。戦後の混乱期ならともかく、少なくとも今は――。
 そりゃ、戦後なら、他人の戸籍を乗っ取って、その戸籍の持ち主に成り代わることも出来たかもしれないが。
「征十郎の気持ちはわかるけど、僕は正攻法で行くよ」
 何だか……黒子の話と随分違うな。
 黒子の話では、中学時代の赤司はキセキ達の悪ふざけを容認した挙句、更に本人も悪ノリして、それを黒子が訴えると、今度は黒子を責めたと言う話だったけど……。
(今まで僕らが手を抜いても何も言わずに、相手が友達がいるチームだから本気で勝負しろだなんて、随分甘い考えじゃないのかい?)
 確か、赤司は黒子にそんな意味のことを言っていたんだと思う。
 オレにはぴんと来ない考えだった。だってオレは――何にでも本気を出さないと何にも出来ないヤツだから。
 征十郎や征一郎とは根本的に違うんだ。オレは何も出来ない己を恥じていたけれど――天才には天才の悩みがあるのかもしれない。キセキのヤツらには、キセキ故の。
 能力の高いヤツらはその分、世の中をなめて見ているのかもしれない。完膚なきまでの敗北を知るまでは。オレは――何にも出来ない凡才で良かった……。

後書き
私も降旗クンの気持ちわかります。
けど、降旗クンは何にも出来ない凡才ではないと思います……赤司達と渡り合ってるしね。
2021.07.25

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