ドアを開けると赤司様がいました 197

 有山は、オレよりもバスケの才能はあると思う。でも、オレは競り合いで有山に勝った。
「ちきしょう! 今度は負けねぇからな!」
 そして、有山はオレに手を差し出した。オレもその手を握り返した。これぞ、真のスポーツマンの友情。有山はクールダウンのストレッチを始めた。オレもやった方がいいかな。
「なぁ、降旗」
「――何?」
「赤司にはバスケも教えてもらってるんだよな?」
「うん、そうだけど?」
 汗が引いて、ちょっと寒い。体育館はすっかりお馴染みになってしまった匂い。体育館の匂いは好きだ。
「あのさ、オレも――オマエや赤司達と一緒にバスケしてぇな……」
 ほう、そんな気持ちになったのか。有山も。有山の家は確かオレの住まいのすぐ近くにある。バスケのコートも近くにあるしな。
「いいと思うよ。赤司達も喜ぶと思う」
「ほんとか?!」
 有山の顔がぱっと輝いた。
「今日ね――ちょっと、赤司達が1on1で決闘するから……」
「へぇ……見てみてぇな……」
 でも、何で赤司達が決闘するのか、その理由は言わなかったが。赤司達は、征十郎は自分の初志を、征一郎は己の魂を賭けて戦うのだ。どちらも真剣勝負になると思う。
「待ってね。赤司に連絡するから……」
 オレは征十郎と征一郎にメールした。ほぼ同時に返信が来た。
『オレは構わない』
『僕は構わない』
 ――二人とも、同じような文面だった。
「オレさぁ、バスケ好きになったよ。いやいや入ってみたクラブだけどな」
 オレは、「何でバスケ部に入ろうと思ったの?」と訊いてみた。
「いやぁ、オレ、運動しか取り柄ねぇのよ。サッカー部に嫌いな先輩がいたんで、それならバスケにしようかと」
「それはバスケに失礼過ぎるよ」
 何でもいいから一番になったら付き合ってあげる――好きになった女子にそう言われて、誠凛のバスケ部に入ったオレの言うことじゃないけどな。オレも随分不純な動機でバスケを始めたもんだよ。
 でも、そのおかげで黒子や火神に会えた。――赤司に会えた。
「今日は歩いて来たから、電車で帰る」
「わかった。オレ、更衣室に行ってるから」
「あっ、オレも」
 オレは、有山と二人でぺちゃくちゃ喋った。有山とはあまり付き合いがなかったから知らなかったが、こいつは結構お喋りなヤツだと言うことがその時、わかった。――それにしても、今までのダチはどうしたんだろう。
「なぁ、有山、オマエのダチは――」
「あ、うん。あいつらもいいヤツらだよ。今度連れてくから」
「そっか――」
 オレはほっとした。やがて、有山のダチも更衣室に集まって来た。
「有山ー。帰ろうぜー」
「あー、オレ、ちょっと用事があるんだ。……なぁ、降旗。オレのダチどもも連れてっていいかな?」
「えーと……」
 オレは困ってしまった。有山は思ったよりも怖くなく、真っ直ぐな気性で――だから、一緒に行っていいかと思ってたけど……あまり騒ぎになるのもな……確かに赤司達は器が大きいけど……。
 本当は、征一郎のことでハッキングするかしないかを1on1で決めるなんて、褒められた事情じゃないしな……。征一郎が勝ってくれるといいんだけど……。
「何だよ、有山。何かあんのかよ」
「あのな……噂の赤司だけどよ……あの二人が決闘すんだって!」
「何だって! バスケか?!」
「勿論! 1on1だ!」
 有山がそう言うと、その場がわっと湧いた。
「すげぇ、あいつらの試合見んのかよ!」
「面白そうじゃん!」
 やっぱり皆、バスケ好きなんだな。そりゃそうだ。だから、大学に行ってもバスケ部なんて選んだんだ。合コン目当て、女漁り目当てのヤツらは別として。――数年前にVORPAL SWORDSがJabberwockに勝ったおかげで、日本ではバスケフィーバーが起こっていた。
 ……だから、ただただ女にモテたい一心のヤツも来る。そう言うヤツらは大抵バスケが下手だ。合コンで「バスケ部です」と言いたいだけのヤツだ。
 オレだって人のことは言えないけどな。でも、今は真剣にバスケを愛している。何だっていい。何がきっかけで、バスケ熱に火が点くかわからない。それに、バスケ部を選んだ時点で、そんなヤツらも本当はバスケが好きなのだろう。
「なぁ、降旗! オレ達も行っていいよな!」
 ――そう言ったのは、有山のダチの一人、武井だった。
 あいつ、この間オレから逃げたヤツだよな。チワワ男のオレから。――別に文句言う訳じゃねぇけど、ちゃっかりしてんな、とは思うよ。
 でもまぁ、赤司達はそう言うこと気にしないヤツらだよな。――気にしたりして。
 ……仕方ない。有山に1on1の話をした時から、こうなるのは覚悟の上だったような気がする。
 ごめんな、二人の赤司。真剣勝負にギャラリー連れて行って。
 それに――どうしてこんな話になったか聞けば皆、また騒ぐだろうな……。
 征十郎はともかく、征一郎は面白くない気がする。征十郎にも迷惑かかるかもしれないし……。
 でも皆、瞳が輝いているもんな。きらきらと――。こんなに少年らしい瞳に見つめられて、「ダメだ!」とも言えねぇじゃん……。
「わかったよ。――でも、あんまり騒ぐなよ」
 オレは釘を刺す。試合観戦だけだったら、まぁいいだろう。
「おーっ!」
 と、声を上げた。うーん、やっぱり歓声は野郎のものであってもいいよなぁ……。
「あ、そうだ。まだ聞いてなかったけど、赤司達は何で決闘するんだ?」
 有山が訊いた。う……一番訊かれたくなかった言葉だ。
「まぁ、互いの威信をかけて……」
 オレは、どこかで聞いたような言葉を使った。だって、本当のことなんて言えねぇじゃん!
「うぉぉ! 燃えるな!」
「本当だな!」
「オレは、今日は歩いて来たけど、車の人は……」
「あ、オレ、車で来たぜ!」
 有山が手を挙げる。
「降旗、送ってくか?」
「――うん、お願い」
 オレは、有山を頼ることにした。有山は、心を開いたヤツには優しい。そう思ったからだ。オレは、有山の好意に甘えることにする。
 有山も、赤司達の使うバスケコートの位置は知っているはず。わからなかったらオレがナビしてもいいんだし。
 ――実は、オレはバスケコートを使っている時、有山の姿を何度か見たことがある。有山は気が付くと、「ふんっ」て感じで、そっぽ向いたもんだけどな。今はもう、関係ねぇか。そんな過去のこと。
「でもさぁ、有山。オマエ、いっつも降旗の悪口言ってたじゃねぇか。それに、暴力まで振るって……あれはどうなったんだ? 降旗に悪いとは思わねぇの?」
 そう言ったのは、オレから逃げた青年その2。松田だった。
「そうだよなぁ、どうなってんだよ。有山オマエ、いつの間に降旗と仲良くなったんだよ」
「そこんところは、はっきりさせないとなぁ……」
 有山のダチどもがぺちゃくちゃ喋る。つまり、つい最近までオレを敵視していたのは有山一人で、他の人は付き合いで悪口言ってたらしい。
「いいんだよ、オレは――」
 だから、気にしないで……そう言おうとした時だった。
「今まで、済まなかった」
 有山がオレに頭を下げた。
「こんなことで許してもらえねぇのは、わかっている。けど、降旗。オマエはいいヤツだった。オレが、悪かった」
「有山――」
「どうか、この通りだ。今まで陰口叩いたり、いびったりして、悪かった……」
 そして、有山は男泣きに泣いた。――この男は、実はいい男だったんだ……!へぼダンクと言われたけど、へぼなのはオレ自身承知してるしなぁ……。
「有山、オレ、気にしてないよ。あ、そだ。ハンカチハンカチ――ない……」
 オレはがくっと頭を垂れた。オレって肝心な時に役立たずだよな……。有山が笑顔で言った。
「そんな気にすんなよ」
 有山は肩を落としたオレの背中を叩いた。そうだそうだ、と、ダチどもがやんやと囃した。
「おう、オマエら――何だよ、降旗いじめてたのかよ」
 入って来た橋田が言った。オレ達は一斉に笑った。橋田が、「???」と首を傾げていた。
「お、そうだ。橋田、オマエも来ねぇ? 赤司達が1on1やるんだって。降旗やオレん家の近所のバスケコートで。な? オマエも来いよ」
 橋田が張り子の虎みたいにうんうん頷いた。
「宮園は――先公を連れてくなんて野暮だよな……」
 オレは気にしないし、赤司達も気にしないだろうけど、宮園先生に事情が知れたら嫌だな……オレはそう思って、何も言わなかった。有山が、動画係を決めたりしている。こいつも人望はあるんだよな。……しっかりしてるし。

後書き
有山クンはすっかり降旗クンと打ち解けました。
ちょっと文章変なところあったりするよなぁ……。まぁ、気が付き次第直すけど。
2021.05.08

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