ドアを開けると赤司様がいました 196

「征一郎、そして光樹。これからオレがやることについては他言無用で願う」
「な……何かするの?」
 オレはおずおずと訊いた。征十郎が何をするのか――それ自体に興味があったからだ。征十郎は事も無げに言った。
「ハッキング」
 ハッキングって……えええええっ?!
「征十郎! やめろ!」
「やめろと言われてもなぁ……これしか方法がない訳でもないが、これが一番手っ取り早い」
「僕は、オマエにそこまでして欲しくはない!」
「いいんだ。これはオレが勝手にやることなんだから。征一郎も光樹も、オレが逮捕されれば、知らぬ存ぜぬで生きていればいいんだ」
「僕は反対だ。父様に訴える!」
「どうぞ」
「ダメッ!」
 オレは叫んだ。征一郎がほっとしたようだった。征十郎を止めてくれるものと思ったのだろう。――だが、オレは、征十郎を止める気はなかった。征十郎は、何と言おうと初志を貫く男だから。
 でも――。
「今は朝ご飯の時間です! 食べてからにしてください!」
 そして、オレは味噌汁の蓋を取った。ああ、いい匂い。美味しそうな匂いだ。
「ぐ……反論出来ないな……」
「なぁ、わかったろ? オレが光樹に惚れた訳が。ああ、こんないい女――いや、青年はいないじゃないか! オレ――いや、赤司征十郎にここまで言ったのは黒子と光樹が初めてだよ!」
 征十郎が何だか妙なことを言っている。それに――黒子が何だって?
「……わかった。この話は食べてからにしよう。だが、今回は引き下がらないぞ。征十郎」
「征一郎……オレはキミの為に……」
「征十郎! 僕の気持ちがわからないのか! 僕の為に、オマエに危ない橋は渡らせたくない! それだったら、消えた方がマシだ!」
 ビリビリビリッと空気が震える。
 ――流石、二人の赤司の対決だ。お互いに一歩も引かない覚悟だ。
「征一郎に征十郎……味噌汁が冷め……」
「今は味噌汁どころじゃない!」
 二人の赤司に怒鳴られた。まぁ、確かにそうなんだが――でも、オレだって、そう、オレにだって勇気と言うものが……!
「ご飯を食べないと健康に悪いぞ! 食べたら喧嘩でもハッキングでも何でもするがいいさ! でも、オレの食事を放り出すのは許さないんだからな!」
 ワンブレスで言ったオレは、はぁ、はぁと肩で息をする。
「光樹……」
 征十郎が征一郎に向って言った。
「ここは一度休戦と行くか」
「そうだな……」
 何だ? オレ……いつの間に赤司達が怖くなくなってしまっている。今だけかもしれないけど。
 オレは、どっちの言い分もあると思うし、どっちの言い分も正しいと思う。だけど……。
 やっぱり、この話題は、ハッピーエンドしか許されない。少なくとも、オレはそう思う。征十郎がハッキングで捕まるのも、征一郎が消えるのもどっちもやだ!
 ――どっちもやだって、駄々っ子みてぇだな、オレ……。
「あ、味はそんな大層なもんじゃないけど、良かったらどうぞ」
「光樹、さっきの啖呵、良かったぞ」
「……へ?」
 征十郎がにこにこしている。オレに怒鳴られて、嬉しいの? 征十郎。
「ああ、チワワな光樹もいいが、強気な光樹もいいな」
「あ、あそ……」
 オレにはそう言うしかなかった。
「でも、征一郎に関しては、本当にどうにかしなくてはいけないんだ。わかるね」
 征十郎がオレを諭すように肩に手を置いた。
「わ、わかる……」
「征一郎。オレが大学から帰って来たら一戦交えよう。1on1で」
「ああ……」
 征一郎のヤツ、何だかうずうずしてるな。やはりこいつらはバスケで語り合う人種なんだ。
「光樹も来るか?」
「勿論!」
 間髪を入れずにオレは叫んだ。征十郎や征一郎のことばかりも言えねぇな。オレも、もうすっかりバスケにハマっている。
「けど、僕は征十郎、オマエに負ける訳にはいかない。ハッキングで僕の出生を誤魔化すなどと言う馬鹿な真似をさせる訳には行かない」
「だったら、オマエは、オレと同じ立場だったらどうする?」
「う……」
 やはり元は同一人物。考えることは同じ――か。だとしたら……。好奇心に負けてオレは訊いた。
「じゃあ、征十郎は征一郎と同じ立場だったらどうするつもりなんだ?」
「勿論、是が非でも止めるさ。でも光樹。こんな仮定の話したって仕方ないだろう。――まぁ、元はといえばオレが言い出したことなんだけど。オレは征一郎の為なら法でも侵すが、自分の為にはそんな危険な方法はやって欲しくないね」
「僕だって同じ意見だ」
「でもね、征一郎。オレは捕まってもいいけど、オマエには逮捕されて欲しくはない。ハッキングのことがバレたら、全てオレの一存でやったと言うつもりだ」
「いいや。オマエにだけ泥を被って欲しくはないな。征十郎。――まぁいい。今は光樹の作ったご飯を食べよう」
「そうだな、それがいい」
 ――話し合いは一応の決着がついたかに見えた。後は、征十郎が1on1で勝ってくれれば……でも、どちらの意見にも一理あるもんな……。
 オレ達は席について、食事を摂った。ああ、味噌汁が旨い……我ながら。
「光樹の味噌汁は美味しいね」
 征十郎も褒めてくれた。嬉しいな……。オレは、征十郎や征一郎には料理の腕でも勝つことは出来ないと思って密かにコンプレックス感じていたからな……この二人は何でも出来過ぎるんだ。
 でも……オレだっていろいろ研究している。学校の休み時間では、バスケは元より、料理の記事についても眺めたりしている。
 ……やっぱり、バスケの記事を読んでいる方が楽しいんだけど……。
 けれど、征十郎や征一郎には負けたくなくて――二人はオレの理想であり、目標なんだ。母ちゃんにも味が美味しくなる裏技も教えてもらっている。……この頃は忙しくて、料理の研究もつい怠ってたんだけど……。
 そう、まだまだ征十郎達には敵わないと言う悔しさは、ある。
 あるけど、オレが降旗光樹と言う名で、何をやらせても平凡なのは仕方ない。チートの赤司達は赤司達で、いろいろ大変みたいだからな。
 征十郎の大学での仕事は増えたらしい。――もう大学二年生だものな。これからもっと忙しくなるだろう。
 尤も、征十郎は持ち前の器用さで何とかやって行くかもしれないけどな。
 それよりも、頭痛の種は、征一郎の出生を何と誤魔化すかであって、その為に征十郎はハッキングまでしようとしている。気持ちはわかるけど、ああ、頭が痛い……。
「光樹。――オレは実は、止めてくれて有り難かった。おかげで頭が少し冷えたよ」
 征十郎が素直にオレに礼を言ってくれた。それからまた続けた。
「……まぁ、それでも諦めた訳じゃないんだが」
 征十郎の言葉を聞いて、征一郎が溜息を吐いた。
「……赤司の家の男は簡単に諦めはしない――か。父さんにも話してみるよ」
「どうぞ。父さんだって征一郎の為なら、オレのすること許してくれると思うけどね」
 征一郎は受話器を取った。そして、何やかや話している。――オレは、時間になったので、学校に行くことにした。薄情かもしれないけれど、これは征一郎と征臣サンの問題でもある。
 それに、オレだって用事とかあるし。
「結果、わかったら教えて」
 そう言い置いて、オレは靴を履いて出て行った。
 ああ、いい気持ち。空が、青い。太陽の匂いがする。
 もうあっと言う間に四月になるんだろうな。――オレは先輩か。ふふ……。ルーキーが学校に来るのが楽しみだぜ。
「おい、降旗」
「あ、有山――」
 オレはちょっと戸惑った。こいつに何と言ったらいいのだろうと、オレは心の奥底で考えていたからだ。
 だが、そんな逡巡を有山は一蹴した。
「バスケ、やろうぜ。朝練」
「――うん!」
 バスケが出来る。それだけで喜びだった。
「オレのダチの弟が言ってたらしいけどな――オマエ、やっぱりバスケ上手いって」
 また聞きか。それに……。
「オレはバスケ上手くなんかないよ」
「謙遜すんなよ。まぁ、NBAの選手なんかに比べたら、まだまだだけどな――」
 そんなことは、オレが一番良く知っている。NBA――赤司でさえ、まだ、そう簡単には入れない狭き門のはずだ。だからこそ、赤司達も頑張っている。あいつら、天才だもんな――。その上、あいつらが早朝とかに、体力作りに勤しんでいることをオレは知っている。
 ナッシュ・ゴールド・Jrも天才だけどな。その天才に、赤司達は勝った。だからオレは、これからもまた、赤司達はNBAの強敵に勝つと信じている。

後書き
ハッキング……大胆ですなぁ。赤司も。
有山クンと朝練。友達としてのいいオリキャラが出来て良かったと思います。
2021.02.22

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