ドアを開けると赤司様がいました 195

「じゃあね、征ちゃん、征一郎クン、光ちゃん」
 玲央サンが行ってしまった。玲央サンの香水の匂いがほのかに残っている。オレがもしノンケじゃなかったら、玲央サンにも興味示しているはずだよなぁ……。
 でも、玲央サンには兄貴分……じゃなかった、姉貴分に対する以上の気持ちは湧いて来ない。
 赤司達は――赤司征十郎、征一郎と言う、男とも女とも違った人種だもんなぁ……。
「少し、寂しくなったね。玲央が帰って……」
「そうだね……」
 オレにはそうとしか言えなかった。
「征十郎。オマエ、玲央に『実渕さん』と言ってたそうじゃないか。玲央との話にも出て来たけど――」
 ――征一郎が言う。
「ああ、言ったね」
「他人行儀だと言って、玲央が笑ってたじゃないか」
「公式の場では、実渕さんと呼ぶのが普通だと思ってね」
「……何か、征十郎って、変なところで気を使うな。光樹にも僕にも気を使うし――」
「オレは、光樹や征一郎には気を使ってない」
「だったら……どうして今は光樹には手を出さないんだい? 僕がいるからだろう?」
 ――うん。多分、そうだね。オレには、征十郎の気持ちがわかる。だって、やはり征一郎がいるから……オレだって、征十郎がオレを抱こうとしたら断わると思うし――それは、征一郎の為。
 3Pとかはちょっと興味あるけど、実際にやるとなるとねぇ……やっぱりオレは普通の性癖を持つ、普通の男です。そりゃあ、あの時はオレの方から誘ったんだけど……征十郎との初夜では。
 でも、征十郎は、征一郎が来てからはあまり誘わなくなったっけ……。
 征一郎には素股をやってもらったことがあるけど……。それから、キスもしたことがあるけど、でも、それだけだもんなぁ……。
 そんなことをやらせてもらって、『それだけ』って言うオレの方が変態化してんのかもしれねぇけど――。
 かえって、恋と言うより、同志愛の方が芽生えた気がする。それは、バスケがきっかけだったのだろう。
 いつか、アメリカ行けるといいね。征十郎、征一郎――そして、オレ。
 NBAに行くなら、オレも本格的に英語の勉強をしないとダメかもしれない。まぁ、それは将来のことだけどさ。征一郎なんて、まだ戸籍取れてないし――。
 戸籍ねぇ……。
 あの一枚の紙っぺらが、人の運命を左右するんだ。
 戸籍がない為に、征一郎は、実力はあるのにアメリカに行けない。オレがNBAに行けないというのは、まぁ、わかるけど、征一郎がこの日本に留まっているのは、勿体ない気がする。
 そして、ああ、赤司征十郎――。
 あいつはJabberwockを倒したVORPAL SWORDSのキャプテンをやったこともある実力者だ。日本バスケ界からも注目されている。
 ――征十郎もNBAの方に興味があるみたいだけど……。
(日本はバスケに関してはまだまだ後進国だからね。Jabberwockに勝てたのは――運だよ)
 いつぞや、征十郎はそう呟いていた。征十郎の謙虚さの現れでもあるかもしれないが――。
「…………」
 どうしよう。バスケがしたくてうずうずして来た。それでも、オレは今日は寝ないと――もうこんな時間だもんな。
 でも、目が冴えちゃって……。
「光樹。どうした?」
 征十郎が優しい声で訊く。
「うーん……バスケがしたくなったんだけど、もう寝る時間かな、と思って……それに……そうだ。シャワーも浴びに行きたい……」
「あまり無理はしない方がいい。シャワーなら、明日の朝浴びればいい」
「でも、今寝ちゃったから……」
「かえって眠れないか? ん?」
 征十郎がオレの顔を覗き込む。征一郎が厳しい視線をオレ達に寄越して来るのがわかる。
「うん、まぁ、そう言う訳」
「なら、シャワー浴びて来てもいいよ。何なら、お風呂沸かしても……」
「シャワーだけでいいや」
「オレ達もシャワー浴びたいとこだけど、今は光樹に譲るよ。ちょっとオレは征一郎とも話がしたいし」
 ……よくそんな、話すことが沢山あるなぁ。征十郎に征一郎。まぁ、無理もないか。二人は、元は同一人物だったんだし。
「わかった」
 タオルがきちんと整理されている。いつ整理してくれたのだろう。征一郎かな。征十郎かな。あの二人のおかげで、オレは水準以上の生活をキープ出来てる気がする。
 ありがたいな……ほら、柔軟剤のいい匂いが。
 オレはタオルで頬を撫でた。――ああ、いい気持ち……。
 さ、早くシャワー浴びなくちゃな。オレは着ているものを脱いで、シャワーの蛇口を捻った。
「ふぅ……」
 さっぱりしたオレは、自分の青いパジャマに着替えた。
「おや? 光樹。バスローブは?」
「え? バスローブなんてあったっけ?」
「ああ、そうだ。用意するの忘れてた。――バスローブ姿の光樹はとても色っぽいんだよな」
「同感」
 征十郎の言葉に、征一郎が賛成する。男に色っぽいって言われてもな――。まぁ、赤司達に言われるなら、嬉しくないこともないけれど――。何考えてんだ、オレ。
「さてと、今度はオレが入るか」
「待て待て。僕もシャワーを浴びたい」
「じゃあ、じゃんけんしよう……」
 征十郎と征一郎が言い合っているのをよそに、オレは、おやすみ、と言って、また布団にくるまった。
 やがて征十郎――か征一郎がオレの傍にやって来た。オレは今度はなかなか寝付けなかったが、それでも狸寝入りを決め込んだ。
「光樹……」
 心地良い吐息がかかる。
「キスぐらいは……いいよな……」
 ああ、この声の調子は征一郎だな。いいよ、キスぐらいなら。征一郎は、過激なこといろいろ言って来るくせに、中身は純情そうだ。――征十郎と違って。征十郎だって純粋か。
 でも、征十郎のヤツ、ああ見えてチョコレート・プレイとか知ってるからな……意外に意外なんだよな……。
 柔らかい感触がこめかみに触れる。
「おやすみ、光樹」
 ――おやすみ、征一郎。……オレは、心の中で呟いた。ほっとしたオレは、ストン、と眠りに落ちた。それから先は、夢も見なかった。

「ん、んん……」
 オレはもう少しで日が照って来る、とところで目を覚ました。カーテンの向こうには、青い闇。
 征十郎も征一郎もまだ寝てるな……。
 今日はオレがご飯作ってやるか。和食だけど。わかめはないんだったな。征十郎達が嫌いだから。まぁ、ありあわせの物で作ろう。オレは冷蔵庫を開けた。うーん、何にしようかな。
 キャベツと油揚げがあるな、よーし。今日はこれで味噌汁を作るか。あ、そうだ。ご飯。
 ――ご飯は赤司達のどちらかが炊いてくれたのだろう。もうすっかり出来上がっていた。
 こんなに楽な生活をしてていいんだろうか。オレ。しかも、いつも赤司達の世話になっていて……。本当なら、赤司達がメイドや執事に傅かれているはず……。
 でも、もしかしてそれが嫌だったのかな。
 それは、わかる気がする。オレも母ちゃんにご飯の支度やら、洗濯とかやってもらっていて、ありがたいと思うと同時に、一人で生活したいなぁ、と思うこともあったから。
 まぁ、今は、赤司達がいるけど――。
 窓の外が白んできた。オレは味噌汁の用意をする。後、おかずは何にしよう。
 ――赤司達がまたいろいろと買い込んで来てくれたおかげで、材料には困らない。
「おはよう、光樹」
 征十郎が眠そうな目を擦りながら言った。
「いい匂いだね。光樹」
 このセリフは征一郎だ。
「おはよう、征十郎、征一郎」
「おっ、今朝は味噌汁か、楽しみだな」
「うん。後、糸コンひき肉。そして、ほうれん草のおひたし――他にもまだあるけど」
「ん、上等上等」
 赤司達もすっかり庶民の味に慣れ切ったな。まぁ、オレの影響かもしれない。そう思って、少々オレは得意になった。
「ご飯ぐらい僕だって作れるんだけど、今は光樹に任せるよ」
「ありがとう、征一郎」
「それから、新聞持って来たぞ。僕が先に読んでもいいかい? 征十郎に光樹」
 オレはご飯の用意があるからな。「いいよ」と答えておいた。
「オレも新聞はまだいい。これからパソコンやるからな」
「また光樹の活躍でも見るのかい?」
 征一郎の声には、揶揄うような調子が潜んでいる。それも見てみたいけどね――と、征十郎が答えた。

後書き
戸籍のことは実はよくわかりません!(きっぱり)
にわか勉強の毎日です。バスケのこともね。
2021.01.19

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