ドアを開けると赤司様がいました 194
「光樹、光樹――」
ん? 何だ。この声。それに、お馴染みになったいい匂いがする――。征十郎の匂いだ。征一郎の匂いと似ているが、それでも微妙に違う。オレの鼻がきくのは、オレがチワワボーイだからだろうか……。
「ダメだ、起きない」
「んもう、仕様がない子ねぇ……だから、征ちゃん達も好きになったんだろうけど」
綺麗な声がする。女の人と間違ってしまうくらい。このトワレにはまだ征十郎達程には慣れていない。玲央サン――そう、実渕玲央サンだ。
「どうする? このままにしておく?」
「いいや、オレが運ぶよ」
征十郎の声だ。征十郎がオレの体を担いでいく。オレは布団に寝かせられた。
「いい夢見るんだよ。光樹」
へぇ……征十郎の手、大きいな。微睡みの中でそう思い、オレは本格的に寝入ってしまった。
だからそう――征十郎達と玲央サンがこんな風に話し合っていたのも、きっと夢のせいだと思う。
「アタシも征ちゃんの家に来られたなんて嬉しいわ」
「ここは光樹の家でもあるんだが……後、征一郎と」
「そう。退屈はしなさそうね。……でも、征ちゃん達だったら、もっといいアパート……ううん。マンションに住めるんじゃないの? 悪いけど、こんな安アパートに征ちゃん達は似合わないわよ」
「ここには光樹がいるからな」
この声は、征一郎だな。
「――光ちゃんが羨ましいわ。こんなに征ちゃん達に想われて」
「でも、光樹にだって……行動の自由はある」
……玲央サンが、あっははははと笑った。
「冗談! 征ちゃんてば……あの子は征ちゃん達の飼い犬でしょう? 征ちゃん達が飼い主で」
「違うぞ。玲央」
征一郎が反駁する。
「僕達は光樹にすっかり参ってるんだ。そりゃ、光樹は普通の男子学生に見えるかもしれない。けれど――僕にとっては何だかそれが魅力でね」
「……ゲイはノンケの男に惹かれるって言うからね……アタシだって光ちゃんの魅力はわかるつもりよ」
ああ、オレは本当はノンケじゃないのに。だってオレは――。
「ねぇ、ずばり訊くけど――征ちゃん達は光ちゃんと寝たの?」
な、なんてこと訊くんスか! 玲央サン!
「――征十郎はな」
征一郎は征十郎の代わりにカミングアウトした。
「勿論、僕だって光樹と共寝がしたい。その一念だけでよみがえって来たようなものだからな。でも――ここで暮らしていくうちに、それも段々どうでも良くなってきたな。僕だって人並に性欲はあるつもりだが」
そうだね。征一郎。オレだって、オマエといることが、楽しくて、楽しくて――。
「光樹のおかげで、心の扉が開いたような気がする」
「征一郎クン……」
うっうっ、と玲央サンが泣く声が聞こえる。
「玲央……大丈夫か?」
「ええ。だって……征一郎クン、一途なんだもの……これこそ愛情よ。プラトニック・ラブよ。光ちゃんの肉体を貪り尽くした征ちゃんとは違うわ」
「貪りつくしたって言える程、肌を重ねた訳ではないんだがな……」
「ええ、そうよ――征一郎クン、気を付けてね。こういうタイプが一番厄介なんだから」
「知ってる。征十郎は僕自身でもあったのだから――」
「征一郎……」
オレもそう思う。オレだって、征一郎より征十郎の方が扱いは難しいと思う。例えどんなに優しくても。征十郎もそれを自覚しているかに見える。
「僕の戸籍は、天国にあるんだ。でも、この地上で暮らさなければならないから、僕は『赤司征一郎』と言う人格を作って行くよ。――幸い、協力者もいることだし。けれど、都庁の男が僕のことを知っていたのは誤算だった」
「征ちゃん達は有名人よ」
「だと思う。僕も自覚していなかったが、僕は、僕が思っているより有名だったんだ。あの人が何も知らなかったら、もうとっくに戸籍は作られていたと思う」
「征ちゃん、征一郎クン、あのね……これは、アナタ達が通らなければならない道よ」
玲央サンの声に熱がこもる。
「それから、征ちゃん達の業は、光ちゃんをも巻き込むかもしれない」
「わかってる。光樹には済まないと思ってるんだ……いつも」
征十郎……征一郎もだけど、何でオレに謝ってるんだろう。
それだったら、最初からこの家に転がり込んで来なければ良かったんだ。でなかったら、オレもこんなに苦しい、切ない想いはしなかったのに――。ああ、でも、赤司達とするバスケは最高だったな……。
ドアを開けると赤司がいて――それからオレの生活は一変したんだ。そして、今度はその横に征一郎もいて――。
それは、オレが見ていた幸福な夢かもしれない。これも、夢の続きかもしれない。
――まぁ、夢でもいいさ、幸せならば。オレは最近、そう思うようになった。赤司達は今は優しいし。怒ると怖いけれど。
オレも強くなったと思う。そりゃ、確かに時々チワワメンタルが復活するけれども。んん……とオレが目を覚ましてリビングに来たので、征十郎が「お、起きたか。光樹」と優しい目をして言って来る。
「あ、スマホが鳴ってるわ」
玲央サンが自分のバッグを探る。
「もしもし――あ、パパ?」
玲央サンのお父さんてどんな人なんだろう。関係ないけど気にはなる。きっと優しい人に違いない。だって、玲央サンもオネエだけど優しいから――。
「……うん、今、征ちゃんとこ。――やだぁ、パパったら」
玲央サンは笑っている。どんな話してんだろ……。玲央サンがスマホの送話口を手で押さえる。
「パパがね、アタシが征ちゃんに迷惑をかけていないか気になるって。やぁねぇ」
それは……玲央サンのお父さんの気持ちもわかる気がする……。でも、オレにとっては迷惑でも何でもないんだし……。
「玲央、代わってくれ」
征十郎が言う。声のトーンで征十郎だとわかる。
「はい、征ちゃん」
玲央サンがスマホを征十郎に渡す。
「もしもし、赤司です。――お久しぶりです。実渕さん。ええ、玲央さんには話を聞いてくださって有り難かったです。今日は湯豆腐を皆で食べました。楽しかったです――」
征十郎が如才なく答える。
「……光ちゃん。電話終わったら、アタシやっぱり帰るね」
玲央サンがこっそりオレに耳打ちした。……そっか。玲央サン、もう帰るのか。何だか寂しいな……。
「泊まって行ってもいいぞ、玲央」
玲央サンの気遣いを征一郎も勘づいたらしい。征一郎も電話の邪魔にならないように囁くように言う。
「征一郎クン。嬉しいけど、アタシもアナタ達の邪魔はしたくないしぃ」
「そうか……ありがとう、玲央」
「ううん。征ちゃんも征一郎クンも、アタシの大事な弟分だもん。……光ちゃんも弟分にしてあげてもいいわよ」
弟分か……それなら……。
玲央サンは綺麗だし優しいし、赤司達のこと、本当に大事に思っているのが、今日、よくわかったから……。だから、弟分にだったらなってあげてもいいかな、なんて考えてしまう。
「大丈夫。アタシは光ちゃんには迫らないから。光ちゃんには征ちゃん達がいることだし」
「はは……そりゃどうも……」
それはちょっと複雑だな……。まぁ、赤司達がオレを嫌っていないことはわかるけれど。
何でこんな平凡なオレに、赤司達は「愛してる」だの「可愛い」だのと言ってくれるんだろう……。オレにはさっぱりだ。
オレは、オレがもう一人いたら鬱陶しくて仕方ないと思うのだが……。
きっと、赤司達は自分が何でも出来るチートだから、何にも出来ないオレを見るのが面白いのだろう。いや、それにしては、オレを見る目が愛情に満ちていると思うのではあるが……。
赤司達は、オレのどんなところが好きになったんだろう。
オレと初めて対戦した時、「弱過ぎてどうしよう」と思ったって聞いたから、オレの能力に惚れ込んだんじゃねぇよな……。
まぁ、いいか。
「はい、はい。わかりました。――玲央、代わって欲しい」
征十郎が玲央サンにスマホを差し出す。
「はいはい。……もともとそれはアタシのなんだから……なぁにぃ、パパ」
玲央サンは嬉しそうに喋る。よっぽどお父さんのこと好きなんだな。
「実渕さんはね、玲央が本当に娘だったら、と思っているようだよ。さっきもそう言ってたし」
と、征十郎。あー、そうかも……。玲央サン顔立ちは整っているし、娘だったらさぞかし父親である実渕さんも自慢だったろうな。
――と、上手くいかないのが世の中な訳で……。
赤司達だって、オレがいなければLGBTにならなかったって言ってたし――征一郎はどうか知らないけど、征十郎ははっきりそう言ってたもんな……。
征十郎だって征一郎だって、女の子のファンはいっぱいいるのに……それに、オレはやっぱりノンケだと思うし……さっきはノンケじゃないとか思ったけれど、やっぱり可愛い女の子には興味あるし……とかくこの世はままならぬ。
「そうね。ママは元気みたいだったわね。――そ、ありがと。じゃね、パパ」
玲央サンがスマホを切る。
「ママはもうアタシのこと諦めてるみたいだから、征ちゃんみたいないい男くわえて来なさいって言ってったって。でも、ママには光ちゃんのこと言っておくから」
「ああ、そうしてくれ給え、玲央。帰るんだったら、もうすぐ最終が出るぞ」
征十郎が苦笑している。――これもまた、夢だったんだろうか。オレはまた眠りについた。
後書き
玲央姉、帰っちゃうんですね……。
まぁ、赤司様達を気遣っての事なんでしょうけどね。お気遣いのオネエ(笑)。
2020.12.23
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