ドアを開けると赤司様がいました 193

「気をつけた方がいいぞ。玲央。僕がカラコンしている可能性だってあるんだからな」
「あら、でも、征一郎クンは征一郎クンでしょ。大丈夫。女の勘で見分けるから☆」
 玲央サンはまたウィンクをした。征十郎が、ふっと笑った。美味しそうな豆腐や野菜。うん。やっぱり皆で食べる湯豆腐は美味しい。玲央サンも愉快な人だし。
 ――日向サンの嫌いなオネエだけど。
 湯豆腐にはポン酢が合うんだよな。ポン酢の香りも好きなんだ、オレ。オレは舌なめずりをしながら、豆腐を一口大に箸で分ける。
「やっぱり、湯豆腐はいいもんだな」
「そうだな」
 征十郎と征一郎が言葉を交わす。同じ人物だから、同じような感想が出てくるのだろう。
「玲央、後で話がある。――が、その前に……僕は今日、家庭裁判所に行った」
 ――うん、知ってる。
「そこの家裁の男に無戸籍相談窓口を勧められて行ったんだ……でも、そこの男にいろいろ細かいところも訊かれてね……木原さんもたじたじだったよ。まさか、本当のことを言う訳にもいかないだろう」
「そりゃそうだろうな」
「でも、木原さんが行けば一発で戸籍が取れると思っていたのに……いや、ちょっと時間がかかっても取れる方向に行くと思っていたのに――また、矢沢さんや父とも打ち合わせをしなければならないだろうな。光樹、済まない」
「何で謝るの? 征一郎……」
「僕が、転生出来るまで待つということをしたならば、こんな苦労はさせなかったのに……」
「オレは何も苦労なんかしてないんだけど……」
「征一郎。オマエが転生するまで、光樹が独り身だと思うか? オマエが転生するとっくの昔にオレと結婚していたということもあり得るだろう?」
 征十郎が口を挟む。まぁ、可能性だけならそういうこともあり得るな。無理やり外国に引っ張って行かれたりして。
「それが嫌だから無理やりこの地上に戻ってきたんだ……」
 征一郎が小声で独り言つ。――そう小声でもないか。
「このだし醤油もいいお味よね」
「だし醤油も光樹が作ったんだ。美味しいよね」
「あ、ありがとう、征十郎、玲央サン……」
 赤司達にはまだまだ敵わないんだけどね――。
「僕達に迫る出来じゃないか」
 あ、征一郎……征一郎にそう言われると、照れるな……。だって、自分はまだまだだって、はっきりわかってるから。でも――。
「征一郎もありがとう」
 オレがそう言うと、征一郎は微笑んだ。
「――どういたしまして」
 柚子があれば良かったな――オレはそう思った。それか、せめてスダチでもあれば……。出来合いのポン酢はあるけれど。
 まぁ、ないもの言ったってしようがないよな。今あるおかかも美味しいし。
 オレは、赤司達と暮らしているうちに舌がすっかり肥えてしいまったらしい。金はないのにグルメなんてなぁ……。
「――オレ、湯豆腐だったら何丁でも入るよ」
「僕だって」
 へぇー……赤司達って、本当に湯豆腐好きなんだな……。
「光樹。京都に来い。湯豆腐の美味しい店へ連れて行ってやる」
「うん。ありがとう」
 そういえば、玲央サンは京都の人じゃなかったっけ?
「玲央サンて、京都に住んでたんじゃなかったの?」
「パパだけ東京に残ってたの。でも、アタシがいつか行ってみると――食事中にこんな話してもいい?」
「悪い予感がするからダメ」
 征十郎が言い切った。
「まぁ、そういう、酷いところで寝泊まりしてたから……お金は持ってたから、家は維持されてたけど……ママが週一でお世話しに行ってたのよ。でも、アタシが東京に行った方が話が早いと思って」
「玲央の父さんは東京ではかなり有名だ。家政婦でも雇わなかったのかい?」
「ムリよぉ。征ちゃん、アタシのパパの性格は知ってるでしょ。家政婦だって雇ったけど、三日ももたずに逃げ帰ったわ」
「そんなに酷いの?」
 オレが口を挟む。
「パパは優しいしハンサムなんだけど、厳しいところもあってね。――それで、家政婦も耐えられなかったみたい。娘のアタシには甘々なのにね……」
 娘、ねぇ……。
「それに、パパにはパパなりのルールがあるの。それを弁えてないとなかなか辛いのよ。ママも晴れ晴れした顔でアタシを送り出してくれたわ。幸い、アタシは大学が東京だったし」
「玲央は父親思いの娘だな」
「あら、娘って……征ちゃんもアタシのこと、女って認めてくれているのよね」
 玲央サンは鼻歌を歌った。
 ――ついに最後の湯豆腐がなくなってしまった。赤司達に、
「湯豆腐足りた?」
 と訊くと、二人合わせて、
「勿論! 美味しかったぞ」
 ――との答えが返って来た。良かった。でも、赤司達もオレに遠慮してそう言ってるんではないか。オレは訊いた。
「本当に、物足りないとか、そういうことはない? もっと豆腐買ってきてもいいんだよ。オレに遠慮せずにさぁ……」
「光樹。オマエに遠慮したって仕方がないだろう。なぁ、征一郎」
「ああ」
 そういえば、こいつら、普段から我が物顔だったな……。
「遠慮してるのは光樹の方だろう?」
 と、征十郎。
「そんな、遠慮なんて……」
「してないと言えるかい? キミも随分リラックスするようになったけど――まだ気が小さいところが抜けていない」
 はいはい。そうでしょうとも。どうせオレはチワワみたいなもんスよ。
「でも、気が小さいように見える割には、隙がないんだよな。光樹は」
 征一郎が言う。そ、そうかな……。
「おかげでうっかり手も出せやしない。まぁ、征十郎がいるからもあるが……」
「あら、征ちゃんてばいいもの持ってるじゃない」
 玲央サンが嬉しそうな声を上げた。オレのバスケットボールだ。誕生日に黒子達がくれた、オレのマイボール……。
「ああ、それは光樹のだよ」
 征十郎が教える。
「素敵なボールよねぇ。高かったんじゃないかしら」
「ああ。黒子達がくれたんだ」
「まぁ、いいお友達ね」
 そう言って、玲央サンはくるくるとボールを回した。う、上手い……! 流石無冠の五将の一人……!
「上手いっスね。ボール回し」
「そう? このぐらい、光ちゃんもすぐ出来るようになるわよ」
「そうかな。前よりは上手くなったと思うんだけど、油断すると転がり落ちちゃう……」
「ま、可愛い。じゃ、コツを教えてあげるわね」
 玲央サンとオレがボール回しの話で盛り上がっているところを征十郎がスマホで写真を撮る。征一郎が言った。
「皿洗ってもいいかい?」
「いいけど――そんなこと、オレがするのに……」
「光樹。オマエには玲央サンを歓待すると言う義務がある」
「そうよ。光ちゃんはフツメンだけど、性格は可愛いし素直だし――中身だけならアタシの好みよ」
「そりゃ、どうもありがとうございます」
「何を言う、玲央。光樹は見た目も可愛いじゃないか」
 余計なこと言うなよ、征十郎……。冗談のようにも思えるが、ううん、こんなところで冗談を言う男ではない。この赤司征十郎と言う男は。でも、些か本気に取れなくて悩んでいると――。
「征十郎の言う通りだ」
 と、征一郎が参戦した。マジかよ……。あの怖かった征一郎がこんなこと言うなんてなぁ……。尤も、あの征一郎は、強面でなければキセキの世代を束ねていけないことを本能的にわかっていたのかもしれない。
 そして、高校時代は洛山高校を――。
 勝利の申し子赤司征十郎は、黒子と火神に敗れた。でも、それだからこそ、征一郎は何かを掴んだんじゃないかな。征一郎も、本当は穏やかで優しい性格なんだ。征十郎と、毛色は違っても。
 でも、初めてオレが参加したウィンター・カップで洛山が負けた時は、ネットは大騒ぎだったな。あの洛山が誠凛なんかに負けるなんて……って。誹謗中傷に近いことを言ったヤツらもいる。
 多分、赤司達はそんなものに全然耳を貸さなかっただろうけれど。
 水音がする。征一郎が食器を洗ってるんだ。でも、鍋洗いぐらいは手伝おうかな。
「征一郎! 鍋はオレが洗うよ!」
「いいっていいって」
 凛とした声が答える。玲央サンも笑いながらボール回しの上達のコツを丁寧に教えてくれる。征十郎がテーブルクロスを畳んでいたところは見たが、オレはその後はつい、玲央サンの話術に引き込まれた。

後書き
玲央姉は話が巧みそう。優しいし紳士だし。
降旗クンはもう赤司様達のこと、怖くないよね?
2020.12.12

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