ドアを開けると赤司様がいました 190

 ドアをがちゃりと開けても、オレ達の他には誰もいなかった。征一郎はまだ帰っていないのだろう。オレはチャリで帰り、征十郎はフェラーリで実渕サンを我が家まで送って来たと言う訳だ。
 でも、赤司達はちゃんと国産車も持ってるはずなのに――まぁいいや。オレには関係ない。
「あら、いい香り」
「征一郎が生けたんだろう。あいつ、綺麗な物とか芳しい香りとか大好きだからな」
 征十郎が実渕さんに答える。
「あら、それで征ちゃんも、もう一人の征ちゃんも光ちゃん選んだの……」
「そういうことだ」
 えー? オレ、いい匂いなんかしねぇよ。美しくもねぇしな。それは自分でもわかってることなんだけど……いい匂いのするのは赤司達の方だよ……。
 それなのに、征十郎は当然と言う顔をしてるし、オレ、どう言ったらいいのかわからないよ……。
「そうね。光ちゃん、可愛いしね」
 ――と、実渕サンはあっさり片づけた。
「光樹。今から征一郎の生い立ちを話そうと思う。オマエはどうする? そこで聞いてても構わないよ」
「じゃあ、ここに座って大人しく聞いてるよ」
 すると、赤司は話し出した。赤司は二人いたこと。一度融合したが、天国へ行った征一郎(当時は名前はなかった)の魂が、オレ目当てで戻って来たこと、消えかかりそうになった時も、神様のマナで元に戻ったことなど、など――。
「……まぁ、そんなところだ。……どうしたんです? 実渕さん」
 実渕玲央は、泣いていた。
「だって、だってあまりにも美しいお話じゃないの。征一郎クンは、光ちゃんが好きで、好きで好きでたまらなくて戻って来たのね――」
「後、バスケな」
 実渕サンがあまり感激してるんで、征十郎は少々興ざめしたらしい。気持ちはわかる。
 まぁ、それが男という生き物なのだ。――実渕サンはどっちなんだろう。日向サンの嫌いなオネエだけど、女心もわかっていると思う。実渕サンは心が女だから。
「そういうことだったら、私も協力するわよ! 征ちゃん!」
「――え? 戸籍の件?」
「それもあるけど、いろいろとね」
 征十郎が首を傾げている。そうすると、可愛くないこともない。
「味方は多い方がいいでしょ?」
 実渕サンが言う。そりゃそうだ。
「実渕さんはそう言うだろうと思ったから、話したんです」
 ――なるほど。実渕サンは情け深いし、恋のとりもち役とか、好きそうだもんな……。
「んで、征ちゃんはアタシがいただく――と」
 ……前言撤回、かな。
「オレも征一郎も光樹に夢中なんだ。出来れば三人で暮らしたいんだけど……」
「そぉねぇ……」
 実渕サンもいろいろ考えを巡らしているらしい。何だか偉い人の息子……いや、娘らしいから、何かいい方法でもあるのかも――。
「アタシにもどうしたらいいかわかんないわ」
 ……期待したオレが馬鹿でした。
「けど、応援はしてるわよ」
 応援ね……だけど、今はそれだけでもありがたい。敵にさえ回らなければ。
「それから……パパのことで何かあったら連絡してあげる。勿論、パパには内緒で」
「いいのかい?!」
 征十郎の声が急に弾んだのでこちらはびっくりした。
「まぁ、パパがどのぐらい何かを知っているかわかんないんだけどね――アタシだってパパが法律違反で捕まるのはごめんだし」
 そういや、実渕サンが言うパパって誰のことだろう。
「なぁ、征十郎。実渕サンの言うパパって――」
「やぁねぇ。光ちゃん。アタシの父親に決まっているでしょ? お・と・う・さ・ま」
 ああ。そっすか。オレはまたてっきりゲイバーの常連客のことかと――。あ、でも、そういえば、征十郎が、実渕サンの父親はお偉いサンだって――。
「実渕さんのお父さんは評判がいいよ。信頼のおける人だ。まぁ、息子のことでは少々悩んでいるようだったがな」
 ――さもありなん。
「やぁねぇ。征ちゃん。アタシは女なのよ。だから、娘なの」
 オレは征十郎と目と目を見交わした。これでは、実渕サンの父親が苦労するのも無理はない。お母さんも無理をしているかもしれないけど、女の人って、男より順応性が高いからな。
 少なくとも、オレは母ちゃん見ててそう思う。
「でも、実渕さんが味方になってくれると助かるな」
「やあねぇ。征ちゃんたら。玲央って呼んでよ。ほら、光ちゃんのことを光樹って呼んでるみたいに」
「でも、実渕さんは先輩だから――」
「もう、他人行儀なんだから。……そうね。キミは私達がよく知っていたあの征ちゃんとは違うようね。勿論、アタシはどっちも好きよ。どっちもハンサムだし、いい男だもん」
 そして、実渕サンは征十郎にウィンクを送る。征十郎がちょっとひきつった顔してたのは気のせいだったのかな。
「あー、早く征一郎クン帰って来ないかしら。征一郎クンの独特のフレーズがまた聞きたいわ。ボクサカオヤコロズガタカネムレキスベスベリョメクリッ!」
 ――事情を知らない人が聞けば、何のことやらわからないだろう。まるで呪文のようだ。それにしても、ボクサカオヤコロは実渕サンはいつ知ったんだ? 俺はまぁ、その場にいたからわかるけど。
 因みに、ボクサカオヤコロは、
『僕に逆らう者は親でも殺す』
 ――の略だ。あの頃の征一郎は尖がってたな。今は、もうすっかり丸くなっちゃったけど。
 オレは、あの頃から赤司に魅せられてしまってたんだ。怖かったけど、恐怖しかないと思ったけど――。
 あんな風になりたい。そう思ってしまったんだ。
 そりゃ、弱い男が真似したらいい笑いもんだけど、赤司だから様になっていた。
 黒子からも聞いていた。
(赤司君も相変わらずでね――Jabberwockの面々に『明日は地べたを舐めさせてやる』と言ってましたよ。彼だけは怒らせたくないものですね。前よりも怖くなってましたよ)
 よく言うよ。黒子のヤツ。その原因作ったのはお前ってこと、俺は火神から聞いてちゃんと知ってるんだぜ。
 それに、火神もこう言っていた。
(黒子だけは怒らせたくねぇよなぁ)
 ――と言ってたし。
 確かに、黒子は怒らせると何をしでかすかわからない部分がある。赤司達――征十郎や征一郎と暮らしてきた身にとっては、高校時代から黒子の方が謎だらけで、怖いと感じていた。
 何気にラッキー体質だしな。あの巨乳美少女桃井サンにいつも抱き着かれてたしな。オレも、昔は羨ましかったもんだよ。黒子め死ねばいいと思ったよ。
 今? 今は赤司達がいるし――オレがまだ桃井サンに未練があると知ったら何を言われるか……。
 でも、オレだって男だもんなぁ……実渕サンみたいなオネエもまた嫌だけど。日向サンの気持ち、少しわかる。
「光ちゃんも玲央姉様って呼んでもいいのよ」
 何でオレの場合は『姉様』がつくんだろう。姫姉様じゃあるまいし。
「んじゃ、玲央姉様――」
 取り敢えず、この遊びに付き合ってやることにする。
「光ちゃん……光ちゃんて素直ねぇ……いい子だわ。流石、征ちゃん達が目をつけただけのことはあるわね」
「そうなんだ。玲央。光樹は素直なんだ」
 征十郎は気を良くしたようだった。ん? 褒められたのはオレなのに、何故征十郎は喜んでいるのだろう。あれか――子供を褒められた子煩悩なお父さんの気持ちに似てんのかな。
「良かったわねー、光ちゃん。飼い主に褒めてもらって」
 実渕サンがオレの頭を撫でる。――オレは犬かよ。ぎゃふん。
「征一郎は遅くなるって。だから、何か作りたいんだけど」
 オレの声には棘があったらしい。オレは実渕サンの手を振り払った。
「あら、怒ったの? 光ちゃん。こっわーい。……でも、ごめんね」
 実渕サンには紳士的なところもある。優しいところもある。……征十郎から聞いたんだ。
「何作ろっか。昨日はフランス料理だったしね」
「フランス料理ねぇ……いいわねぇ……」
 そんなにいいもんじゃなかったけど。かたつむりとか食べさせられるし。美味しくないこともなかったけど。
「いつかだけど、玲央も一緒に行くかい? ――光樹や征一郎も一緒だよ」
「アタシも連れてってくれるの?」
「ああ。玲央には征一郎が世話になったからな」
「いやぁねぇ。後の一年は目の前の征ちゃんがお世話してくれたようなもんじゃない。――もうひとりの征ちゃんの話、感動して泣いたわよ」
 ……実渕サンはオネエでさえなければいい男だったのかもしれない。
「まぁ、取り敢えず、征十郎は実渕サンと話してて。オレは何か適当なモン作るから」
 征十郎達に鍛えられたおかげで、オレの料理の腕も飛躍的に上がった。
「光樹……今日はオレが……」
「征ちゃん。……アタシはアナタに話があるの」
「……はい」
 征十郎は今は実渕サンに逆らえないようだった。実渕サンに征一郎の出生を内緒にしていたという引け目が征十郎にはあっただろうし。オレは――そうだな。湯豆腐でも作るか。

後書き
玲央姉みたいな息子……いや、娘が欲しい!
例えオネエでも、玲央姉はいい女(?)ですよ。
2020.11.20

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