ドアを開けると赤司様がいました 19

 今日もオレ達は大樹の傍にいた。樹の幹が逞しい。はー、いいなぁ。こういうお日様や緑の匂い。リラックス出来る。オレはぺちぺちと幹を叩く。
 外は昨日より涼しい。わからないところは赤司に訊いて、オレの勉強はスムーズに進む。
「赤司君に降旗君じゃないですか」
 この涼やかな声は――
「黒子!」
 黒子テツヤが立っていた。
「どうも。お久しぶりです」
「お久しぶり……っていう程時間経ったかねぇ。……火神元気?」
 黒子がくすっと笑った。
「相変わらず元気ですよ。火神君は」
「やぁ、黒子。キミもこの樹が好きなのかい?」
 と、赤司。
「はい。いい樹ですよねぇ――ボクも好きなんです。こっちの方には時々来るんですが」
「そうか。それじゃあ、昨日来れば良かったのに。緑間と高尾が来たんだから」
「緑間君と高尾君もいたんですか。会いたかったですね」
「ああ。――でも、いつか会えるだろう」
 赤司と黒子が仲良く話している。この二人はお互いにリスペクトしているらしい。特に黒子は赤司に勝ったんだから。
 高校時代、赤司擁する洛山はオレ達誠凛に敗れた。けれど、赤司はそれにもめげずに自分を磨いている。黒子は自然体でいろいろ吸収しているらしい。
 オレ、黒子とは時々電話やメールで話してるんだ。実際に会うこともある。
 黒子は意外と話が面白い。存在感がうすいというだけで、暗い訳でもないし。
 キセキに一目置かれているだけあるなぁ。黒子。高校時代はオレも後輩も、黒子のことを尊敬してたっけ。黄瀬も黒子を好きだったし。
 ――赤司も黒子を認めているらしい。
「またバスケの試合したいですね」
 黒子が言った。
 T大と黒子の通うJ大とは、この間バスケの試合をやったらしい。赤司のおかげかT大が勝った。でも、火神と黒子もよく頑張ったと聞く。
 T大がJ大に勝った時はささやかながら戦勝会を開いた。
 ――え? オレの大学?
 J大と戦う前にT大に負けたよ。あの時は……本気だったからやっぱり悔しかったなぁ。泣いたオレを赤司が慰めてくれたっけ。――それもいい思い出だ。
「今度はオレらが勝つっスよ!」
「ふふ……今度は負けたからと言って泣くんじゃないよ。光樹」
「何だよぉ! バラすなよ赤司!」
「ふふ……」
 何がおかしいんだろう。赤司のヤツ。
「こら、赤司君。降旗君を虐めないでください」
「別に虐めてるつもりはないんだけどねぇ……」
 赤司の言う通りだと思う。こっちだって一生懸命やったんだし。こうやって冗談の種に出来る程には、オレは立ち直っていた。顧問の先生が、「来年は君が副主将になって欲しい」と言ってたけど――。
 でも、試合にT大で負けた日は、最初赤司の顔をまともに見らんなかったな。それが、いつの間にかオレは赤司に縋って泣いていたのだから――。赤司は優しくオレの頭を撫でてくれた。――みっともないとこ見せちまったなぁと思ったけど。
 ――ま、いいや。オレは後輩にもチワワと呼ばれていたのだから。
 あ、チワワと言えば。
「黒子、赤司ってチワワ好きなの知ってた?」
「赤司君は言うこと聞かない猫以外の大抵の動物は好きですよ」
「猫嫌いなの? 赤司は確か、猫好きだって聞いてたけど」
「猫が嫌いなんじゃない。言うことを聞かない猫が嫌いなだけだ」
 赤司が言う。どこがどう違うんだろう……。言うことを聞く素直な猫だったら好きなのだろうか。なんかそんな話を青峰としていた気がする。
「可愛くて優しい猫は好きだね」
「赤司君て、元に戻っても俺様気質ですよね」
「そうかな。まぁ、今は言うことを聞かなくてもそのうち聞くようにさせてやろうと思うんだけどね」
「調教ですか? ボクの友達の降旗君にはそんなことしないでくださいね」
 え? 何でそこにオレの名前が出て来るんだろう……。
「光樹はニャーゴと鳴く猫じゃないから大丈夫だよ。それに、オレも、あの頃とは違う。――いや、こういう言い方はもう一人のオレを否定することになるのかな。どっちも同じオレなのにね」
 そうか……赤司はいつもどこか寂しそうだった。オレと笑い合っている時ですら。せっかく、赤司も笑顔が増えたと思ったのに。でも、その訳が、少しわかった。
 赤司は、『もう一人の自分』も好きだったのだ。いつも、寂寥感を抱いていたのだろう。もう一人の赤司は、土産を残して消えてしまったから――。
 もう一人の赤司が穿った穴は、もう一人の赤司自身以外には有り得ない。けれど、それはもうムリな話で。
「大丈夫だよ」
 赤司がにこっと笑った。少し苦さのある笑み。
「もう一人のオレが残してくれた財産は大切にする。それに、オレは自分で耐えなければ生きていけないんだ」
 ――黒子がオレの肩をぽん、と叩いた。
「赤司君のこと、支えてくださいね。降旗君」
 青峰と同じようなこと言うなぁ。黒子。まぁ、昔は光と影だったんだしな。あの時は青峰が光で。
 ――黒子は影だ。自分で言ってたんだから。光がないと、影は出来ない。
「しかし、あの時は接戦だった――火神も黒子も成長していたからね」
「赤司君こそ……ボクは正直恐ろしかったですよ」
 うう……話に入れないのが悔しい……。
「でも、降旗君の通う大学も、油断ならないと思ってましたよ。もし降旗君が副主将になってたらもっと」
「お世辞ありがとう、黒子」
「お世辞じゃないんですが……」
「光樹は自分の力を使う術を知らないのだ」
「そうですか。昔のボクと一緒ですね」
 オレと黒子とは、素材からして違うんだから、当然じゃないか? 黒子は、影の薄さもあれだけ磨けばひとつの技だ。前に黒子に訊いてみたら、お母さんが存在感薄い人だったらしい。
 ――だから、黒子は頑なにオレ達を家によぼうとしなかったのかな。
「赤司、黒子のお母さんて見たことある?」
 オレはちょっと話題を変えてみた。
「何だい、急に。――うん、あるよ。商店街とかで買い物してた。お釣り渡そうとした八百屋さんが黒子の母を見失ってきょろきょろしていたこともあったね。黒子のお母さんはまだ帰ってもいない――先程と同じようにそこに立っていただけだったのにね」
 立っていただけなのに存在感を失ってしまう黒子のお母さんて――何かすごいな……。しかも、そういうことが何度もあったらしい。
「でも、赤司君は気づいてたんですね」
「ああ。――面白いから黙ってだけど」
「酷い人ですねぇ」
「あそこにいますよ――って教えても、相手が気づくかどうかわからないじゃないか」
 オレが黒子の母だったら傷つくなぁ……。
「黒子の母さんて、そんなに存在感薄くて悩んだことってなかったの?」
「それがどうもなかったらしいです。お父さんに気づいてもらえるならそれでいい、と」
 ……黒子の両親て意外とラブラブなんだな……。
 オレの両親も結構仲がいいけど。
「ボクの母はボクでさえ存在見落とすことありますからねぇ。お父さんだけでしたよ。お母さんを絶対見逃さなかったのは――」
 黒子の親がラブラブなのはわかったけど――。
 えっ?! 黒子、息子なのに母親の存在見逃すかぁ~? お母さんどんだけウスいんだよ、存在感。
「オレも見逃さなかったんだが……」
「赤司くんもですか? まぁ、赤司君は例外的存在ですからね」
 そうだよなぁ……天帝の眼もゾーン解放も普通の人間には出来ないよな。
 赤司はいつものように、褒め言葉として受け取っておくよ、と、黒子に答えた。
 その点、赤司は存在感バリバリすごいからな。立ってるだけで人の目を寄せつけちまう。
 以前、外国の人に、
「あの少年はキミの友達か? とんでもないオーラが出てるぞ」
 と、言われたことがある。赤司征十郎と言う男も、タダモノではない。――オレと違って。オレは……まぁ、平凡な方かな。
 容姿も平凡。成績も平凡。育ったのも平凡な家庭。
 ――顔が猫っぽいところが同じ高校の小金井センパイと似てたんで、一度お互いに変装して立場を交換し合ったことがあったんだよな……。
 でも、だーれも気づかないの。赤の他人だったのに。あれはちょっとショックだったなぁ……。自分のアイデンティティーというものにも自信を失いかけたよ……。
 いっそ黒子のように影が薄かったら……。
 あ、でも、黒子だけだったんだ。小金井センパイに変装しているオレに、「こんにちは、降旗君」と声をかけてくれたのは。後、カントクも気付いてたっぽいけど、何も言わなかったからなぁ……。
 赤司だったら、小金井センパイに変装したオレのこと、見破ってくれたかな……。

後書き
黒子の母親、存在感息子よりも薄そうだなと思って。でも、黒子父とはラブラブだといいな、と。
赤司なら、小金井センパイの変装した降旗クンでも、ちゃんと見破ってくれますよ!
2019.06.09

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