ドアを開けると赤司様がいました 188

『何わかったようなこと言ってんだよ。降旗』
『えへへ…』
 それから、オレと灰崎はいろんな話をした。
『虹村って面白いんだぜー。酒のニオイさせて帰って来た時、こっちはなーんも言ってねぇのに、サークルの飲み会があったからって、慌てちゃっって…オレみてぇにキャバクラとか行ってるなんて、虹村に限ってそんなことある訳ねぇじゃんて』
『あはは』
『オレは不良だけど、あいつはクソ真面目だからな。でも、面白いから知らんぷりしてた』
『悪いヤツだな。灰崎って』
『へっ、どうせ悪党だよ』
 灰崎は楽し気なスタンプを寄越す。こいつもなかなか憎めないんだよな。自分で悪党って言ってるところが特に。本当の悪党は自分から悪党だって言わない。
 灰崎より、赤司達の方がよっぽど怖かったかもしれない。――まぁ、赤司達も最近ではあまり怖くなくなってきたけど。あの二人も大人になったのかな。オレが偉そうに言える立場じゃないけど。
 オレも多分成長したと思うし。――赤司達のおかげだ。
『今、虹村いねぇからヒマなんだよ。オレ。虹村には怒られてばっかだけどさぁ……いねぇと退屈なもんだぜ』
『あー…さっきもそんなこと言ってたね。でも、虹村サンいなくても平気なんじゃなかったの?』
『バカヤロ! まぜっかえすな。でも、降旗、おめぇがいて良かったぜ』
『へへっ、オレも灰崎がいて良かったぜ』
『…ふん』
 あれ? 灰崎って、好意を表すのは平気でも、好意を示されるのは苦手な方?
 ――結構可愛いんだな。灰崎って。
『可愛いよな。灰崎って』
 そして、オレはウィンクした下手な猫の絵のウィンクのスタンプを使った。
『けっ、オマエはもうちょっとオレのこと警戒しろよ。オレは他人の彼女もてあそんで捨てる男だぜ』
『うん、でも、それはきっと彼女の方も悪かったんだと思う。黄瀬とも話してたけど』
『げっ! あいつとも話してんのか』
『うん。あいつもいいヤツだよね』
『そうかぁ…? でも、あいつとオレは相性が良くねぇからなぁ…降旗は誰とでも仲良くなれっだろ』
 そうだなぁ……誰とでも、という訳じゃねぇけど。オレは見た目チワワっぽいから、皆平気で寄ってくるんだろう。でも灰崎みたいなのもかっこいいな、と思ってしまったり。
 灰崎は、一匹狼のタイプだ。
 けれども、それを手なずけたのは虹村サンだ。何故か。虹村サンにも多少そういうところがあるからだ。
『まぁ、友達は結構いる方かな』
『だろ? おめぇ結構人を惹きつける方だからな』
 そう言って、灰崎が使ったのは――アップルハニーのスタンプ! しかもオレの描いたヤツだ!
『灰崎…そのスタンプって…』
『ああ、これか? ネットでも人気になってるぜ。ていうか、てめぇが描いたんだろ? 覚えてねぇのかよ』
 いや、覚えてはいるけれど――まさか人気になってるとは思わなかったよ。こんな下手な絵……恥ずかしい……。
『赤司も使ってたって、虹村言ってたぜ』
 赤司達もかい! こんなスタンプを……。きっと火付け役は赤司達に違いない。
『…赤司達が元で人気になったんだろ?』
『まぁ、そうかもしれねぇけどさ…何か、この絵も人を惹きつける磁力があるぜ』
 磁力なんて難しい言葉、よく知ってたな。灰崎のヤツ……。
『因みに虹村もお気に入りだって言ってたぜ』
 ぶっ!
 オレはつい吹き出してしまった。
『元秀徳の高尾なんか、いろんなところで使いまくってるし。そういや、あいつ、W大行ったんだっけ?』
 W大のことはいいけど、オレの恥をあんまり広げないでくれ、高尾……。
『でも、こんなスタンプ、よく作ったね』
『おおかた黛サンが作ったんだろ? 黛サンは才能あるから。…少なくとも同人のはな』
 ――バスケの、ではないんだ。黛サンはバスケでも才能あると思うんだけどなぁ……赤司達もそれは認めているし……黛サンのこと、スカウトしたのは赤司だって言うし……。
 ぼろかすのように使い倒したことも征十郎と征一郎は未だに気にしているようで……あいつら、ああ見えて礼儀を重んじるところもあるから、先輩をぼろ雑巾のように利用したこと、心の奥底では済まなく思ってるんだ。
 赤司達は、オレと付き合うことによって、弱いヤツにもまた、人権というものがあることを学んだんだろう。そうであったのなら、オレも役に立ったと言えるんだろうな。
『オレは同人の才能はねぇからな。専ら買い専だぜ』
『買い専?』
『同人誌買う専門のヤツらのことだよ。オレもそうだけど』
『へぇ…』
『ちっ、てめぇみてぇに黛サンに才能認められたヤツは羨ましいぜ。…オレ、オマエの描いたアップルハニーが好きでよ』
 オレの描いた犬が好き……。
 オレは何となくほわほわしてしまった。灰崎は、簡単に人を認めたり褒めたりはしないはず。でも、一旦その人を認めると……懐く、というか、狼の気高い心を丸ごと差し出してしまうところがある。
 そんな生き方で大丈夫かと、オレは心配になることもあるけれど……虹村サンがいるからな。
『というわけだ。おめぇもアップルハニー描いてくれたら、いつだって買いに飛んで行くぜ』
『あの…言われたらタダで描いてやるけど?』
『ばぁか。料金は堂々と取っておけ。コネでタダで描いてもらうって、そういうのやなんだ。ちくしょ。虹村もそういうとこあるから、すっかり影響されちまったな』
『…いいことだと思う』
『同人とは言え、てめぇはもうセミプロだ。胸を張って金を取れ』
『…うん、わかった』
『光樹』
 割って入ったヤツがいた。征一郎だ。
『ん? 何だ? 赤司か?』
 灰崎もいきなりのことで逃げることが出来なかったらしい。征一郎が文章を綴っているみたいだ。
『今日は、遅くなりそうだ。バスケは出来そうにない。埋め合わせは必ずする』
 何だ。そんなこと気にしてたのか。
『気にしなくていいよ。なんか作って待ってるから』
『頼む。征十郎にも伝えておいてくれ』
『わかった』
 ――そして、征一郎は落ちて行った。
『オマエら…なんか作って待ってるって…恋人同士みてぇだな』
 そして、ニヤニヤした犬の絵。灰崎は犬が好きなんだな。オレの描いた下手な犬――アップルハニーも気に入ってくれたみたいだし。
『てか、夫婦か?』
『灰崎!』
『ムキになんなよ。冗談だって。それに、オレだって人のこたぁ言えねぇもんな』
『灰崎には虹村サンがいるからね』
『ん、まぁ、否定はしねぇよ』
 ――やれやれ。ノロケかい。
『やぁ、灰崎、それに光樹』
 ……やれやれ、今度は征十郎か。
『おー、もう一人の赤司か』
『灰崎。今はキミの相手をしている場合ではない。光樹。助けてくれ』
 そして、『Help me!』と鳴いている二号のスタンプが。あ、いいな、この2号のスタンプ。――というか、それどころじゃなさそうだな。
『どうしたの?』
『実渕に捕まった』
『実渕? 玲央さんのこと?』
『…そうだ。いろいろ聞かれて大変なんだ。…征一郎のことで』
『ちょっと待って。オマエ、今どこにいんの?』
『注文の多い料理店という喫茶店だ』
 その店はオレも行ったことがある。喫茶店というか、頼めば軽食も作ってくれる。オレは好きな店だ。赤司達もお気に入りで、美味しいんだ。「この店のレシピ欲しいなぁ」と、赤司がつぶやいたのを聞いたことがある。
『今行くから待ってて! ――それから、征一郎のことなんだけど…』
『後で聞くからすぐ来い』
『わかった。ごめん。灰崎。行って来る』
『おー』
 オレは、バイバイのスタンプを使った後、スマホを鞄にしまってチャリで行った。車でも良かったんだが、チャリの方が早い。
 からん、からんと鐘の音が鳴る。ドアを開けたのだ。
「おお、待ってたぞ。光樹」

後書き
征十郎クンが玲央姉に捕まった?!
注文の多い料理店……店長は宮沢賢治ファンと見た!(笑)
2020.11.04

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