ドアを開けると赤司様がいました 187

「あ、お帰り。光樹」
「ただいま。――征十郎は大学?」
「ああ。ちょっと僕は心配なんだけどね。征十郎の気持ちもわかるから」
 征一郎は言った。征十郎の気持ちがわかるって、どういう意味だろう。
「よっぽど僕が代わりに行ってあげようかと思ったくらいだよ。カラコンすれば正体はバレないからな。――光樹以外には」
 オレは、はは……と笑った。良い香りがする。
「へぇー、いい匂いがするね」
「途中、花屋に寄って買った花を生けたんだ。気に入ってくれて嬉しいよ」
 赤司達は花が好きだ。というより、綺麗なものや美しいものが大好きなのだ。そんな二人に選ばれたオレは、何でオレなんだろうと理解に苦しむところがあるが――赤司達はこう言っていたことがある。
(光樹。オマエのプレイは鮮やかだったよ。そしてとても――美しかったよ)
 そういえば、オレのプレイを鮮やかだと褒めてくれた子もいたな。あれは……岡山君か。ミニバスチームのメンバーの名を、オレは完全に覚えた。
 今日もなんだかんだ言ってギャラリーが何人か来てたな。小笠原コーチはもうほっといていたようだったが。
 ダンクでなくても、シュートを決めることが出来て良かった。
「どうだったか? バイトは。――顔が明るいから上手く行ったんだな」
 征一郎も何となく嬉しそうな顔になっている。オレ達は友達(恋人?)だから、相手が上手く行っているのは嬉しいものなのだろう。
「ああ……それからこれ、バイト代」
「まとめて払うのが普通なのに、小笠原コーチは毎回手渡してくれるんだな」
「そうだね。ちょっと変わってるね」
「そういえば、アメリカ行きのことはコーチには話したのかい?」
「まだ――ていうか、正式に決まった訳じゃねぇもん」
「一応言っとかないと後が辛くなるぞ」
「そうだね……」
 オレは生返事をした。オレがいなくなったら、大学のバスケ部はどうなるのかな。そして、有山瞬――せっかくバスケに興味を示してくれたのに、オレがアメリカ行ったら確実に接点は少なくなるな。
 ――南野クンにはもうちっとも会えなくなったりして……。
 バイトの子達ともバスケを通して打ち解けて来たのに……別れるとなると辛いな……。
 オレは涙を拭った。征一郎がハンカチを貸してくれた。
「なぁ、光樹――オマエ、アメリカ行くのは嫌か?」
「ううん。そうじゃないんだけど……今までの人間関係が変わってしまうのは寂しいんだ」
「そうか……それは、僕だって天国に行く時は寂しかったし、天国でも仲良くなれたヤツはいないでもないんで、光樹の気持ちはわかるけどな――」
「…………」
 それでも、征一郎は天国の友人達よりオレ達を選んでくれたのだ。それが、オレには嬉しい。オレは綺麗に畳まれたハンカチで目元を拭った。アイロン糊の匂いがする。
「ありがとう。征一郎」
「いや、僕が出来ることだったら何でもするからな」
 征一郎はオレをぎゅっと抱き締めた。清潔な匂いがする。それに、征十郎の匂いに似ているけれど、どこかが違う。
「なぁ、征一郎。オマエと征十郎は、似ているようで違うな」
「そうだな。ああ、光樹。キミにいつか言われてみたい言葉だったよ……それは」
「言ったことなかったっけ?」
「いいや。少なくとも、僕は覚えがない」
 征一郎はオレを放してくれた。
「……征十郎を出し抜くのもありかと思ったけど、あいつにも世話になってるから、悲しませも怒らせもしたくない」
「そうか……変わったな。征一郎」
「キミ達のおかげだ。キミ達はいつも、僕の為に動いてくれた。僕が消えるかもしれない、と言った時も――心の底から心配してくれた。光樹。オマエにも無理強いはしたくない」
「……ありがとう。あ、これ、洗って返すよ」
 オレは征一郎から借りたハンカチは自分で洗うつもりだった。
「別にいい。どうせ、僕が洗うことになるだろう」
 征一郎は微笑みながら言った。
「オレにだって、洗濯ぐらい出来るよ」
「そうムキになるな。光樹。――そこがオマエの可愛いところだけどな」
 別に可愛くなんか――オレが反論しようとした時だった。電話が鳴った。征十郎だろうか。征一郎が電話を取る。
「木原さんからだ。一度家庭裁判所に来て欲しいとのお達しだ」
「そうか……」
 法務局のお偉いさんに働きかけて戸籍を作ってもらうなんて、本当は法律違反なのかもしれない。でも……それを言ったら征一郎の存在そのものが全ての法則違反だよな……。
 いきなり現れたと言われても、本当のところは征十郎と征一郎しか知らないんだし……。
 だから、征十郎達の言うことしか信じることは出来ない。
 まぁ、オレは赤司達のこと信じてるけどね。
「じゃあ、僕は行ってくるよ」
「行ってらっしゃ~い」
 オレは機械的に手を振る。さてと、オレは暇になったからLINEでもするかね。
 スマホのスイッチを押して電源を入れる。ブン……!と手応えを感じる。
 ――あ、灰崎からだ。
『よぉ、降旗』
『やぁ、灰崎』
『ちょうど良かった。今、ヒマか?』
『うん、ヒマだけど、何で?』
『いや、オレもヒマだから。虹村いねぇし』
『ははっ、灰崎はすっかり虹村サンに懐いてんだねぇ~』
『けっ、馬鹿言ってら』
『馬鹿なことだとは思わないよ。オレだって、赤司達がいねぇと寂しいもん』
 ――これは本当のことだ。あの二人がいねぇと、何となく寂しくて……退屈だ。
『オレはな、オマエと違って虹村がいなくても平気なの。一緒にすんな』
『ははっ…』
 確かにオレは、赤司達がいないとちゃんと生活出来るかどうかもわからない。いや、生活は出来るだろうけど、空虚さは感じるだろう。それ程、オレは赤司達に依存している。
『まぁ、あいつら、オレは苦手だけどな』
『そうだろうね』
 赤司がやったことを思うと、灰崎が苦手としたところで無理もない、と思う。それに、灰崎にしてはその表現はお手柔らかな方だ。
『おー。オマエも苦手か? 赤司のこと。本当は苦手だったのか? ん?』
『もう慣れたよ』
 それに、赤司達って、本当は優しいし。そう打とうとした時、電光石火の勢いで灰崎が返信した。
『ま、一緒に住んでんだもんな、オマエら。何かあったらオレに言えよ』
『言ったらどうすんの?』
『降旗いじめんな、ってぶっ飛ばす』
 はは……。オレはついまた苦笑してしまった。灰崎もいいヤツじゃねぇか。でも――。
『赤司達はオレをいじめたりしないよ』
『…だな。アイツら、暴力はふるったりしねぇだろうかんな。虹村と違って』
 虹村サンのあれは、愛の鞭だと思うけどなぁ……。オレがそう打つと。
『まぁなぁ…虹村のゲンコツとかは、オレはそんなにイヤじゃねぇ。マゾなのかな、オレって』
 それは違うと思うよ。灰崎。
『親のゲンコツとかは死ぬほどいてぇし…相手が親の時はぶん殴り返したい…というか、ぶっ殺してやりてぇ、と思うけど。どこが違うのかな』
『灰崎。虹村サンは灰崎のことを愛してるんだよ…親御さんのことはわからないけど』
『…だな。オレも虹村サンのことはイヤじゃねぇ。おっと、これはオフレコだからな。虹村には言うなよ』
『言わないって』
 それに、虹村サンもわかっているはず。――灰崎の気持ちは。
 灰崎は誇り高いオオカミのような男だ。でも、一旦気持ちを相手に預けると、その相手には終生尽くすところがある。オレも――灰崎は、己で言うほど、悪いヤツじゃないと思う。
 少なくとも、オレは嫌いじゃない。
 虹村サンに何かあったら、ぶっ飛ばすぐらいじゃ済まないな、と思う。それ程、灰崎は虹村サンのことを愛している――そうだ。愛しているのだ。
『灰崎…虹村サンと親御さん、どっち好き?』
『…虹村に決まってんだろ』
 ――やっぱりね。
『おい、降旗。オマエ、本当に虹村には何にも言うなよ。あいつ、それで態度が変わるヤツじゃねぇけど…』
『わかってる。恥ずかしいんだね』

後書き
降旗クンは灰崎クンとLINE。
灰崎クンは実は素直になれない質なんじゃないかと見ています。可愛い。
2020.11.02

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