ドアを開けると赤司様がいました 185

 紅茶の芳しい香りがする。そうか。今日は紅茶なんだな。――コーヒーの時も多いけど。征一郎がオレに声をかける。
「光樹。紅茶飲まないかい?」
「――欲しいっス」
「おっと、その前にスマホの電源は切っておくこと」
 ……ちぇっ、せっかく話してたのに。時々惚気られるとは言え、高尾は話していて楽しいヤツだ。性格も明るいし、話題も豊富だし。何より、あの緑間と一緒にいられるってところが尊敬出来るな。
 緑間の無茶ぶりにも耐えられるなんて、すごいよ。
 まぁでも、今は、征一郎の淹れた紅茶の方が魅力的だな。
 赤司達の買う紅茶は高いんだけど。そして、昔はオレも煩く言ってたんだけど。今は、文句を言う気になれない。だって、旨いんだもん。
 それに、赤司達も経済観念が発達したらしく、安くて美味しい紅茶を手に入れる術を覚えた。
『ごめん、高尾。征一郎が紅茶淹れてくれた。それで、電源切れって言うんだけど』
『シカトすりゃいいじゃん、そんなの。――なぁんてな。お前らも仲良さそうで良かったよ。オレとの話より、征一郎の紅茶の方が大事だよね~。オレもまずは真ちゃん優先させるもん』
『ほんとごめん!』
『いいっていいって。じゃあな。また来いよ~』
『うん、また』
 そして、オレはスマホの電源を落とした。
「ちゃんとスマホ諦めてくれたね。偉い偉い。誰かとLINEでもしてたのかい?」
 征一郎は勘がいい。この頃ますます勘の良さに磨きがかかったみたいだ。
「相手は高尾だよ」
「ふん。高尾だったら大丈夫だな。あいつは緑間にメロメロって話だったからな。どこがいいんだかわからないけどな」
「……征一郎。そんな風に言うもんじゃないよ。かつてのチームメイトを。それに、緑間だっていい男じゃないか。バスケは上手いし。――まぁ、将棋はオレに勝てたことなかったけどな」
 征十郎が紅茶を目を閉じて楽しみながら、話に割って入る。……やっぱり、征十郎の飲み物を飲む姿は絵になるなぁ……。
「真太郎は僕にだって勝てたことはなかった。――将棋でもバスケでも」
「仕方ないじゃないか。何たって、オレ達は勝利の申し子だからな。でも……火神と黒子には完敗だったな。得意のバスケで勝負したのにな。――なぁ、征一郎」
「ふん。オマエは僕をやっつける相手をずっと待ってたじゃないか。わかるんだぞ。オレとオマエは同一人物だったんだからな」
「違いない」
 征十郎は、またこくんと紅茶を口に含む。美味しそう……。
「あ、そうだ。今から光樹の分も淹れてあげよう」
「……宜しくお願いします」
「いいっていいって。でも、僕達は光樹の淹れた紅茶も味わいたいな。今日でなくていいから」
「うん、でも……」
 白状しよう。征十郎が――そして、今は征一郎が本格的な紅茶を淹れてくれる前は、紅茶はティーバッグのしか飲んだことがなかったのだ。それで、征十郎が淹れてくれた紅茶を飲んだ時、
(この世にはこんなに旨いものあるのか……)
 と、感心したことがある。いや、感心と言うより、感動だったな。ティーバッグのとは比較にならないくらい旨い。
 後、ハーブティーも淹れてくれることがあるけど、やっぱり、オレのお気に入りはコーヒーと紅茶だな。うん。
「征一郎達の淹れてくれた紅茶の方が、オレの淹れたのより、絶対美味しいよ」
「何を言う。キミの淹れてくれた紅茶には、愛情という味付けがあるじゃないか」
 愛情ね……。確かにオレは二人とも愛しているんだけど。
 近頃、赤司達が夜を求めないのがちょっと寂しい……。いや、冗談で言う時はあるけれど。
 はっ。オレ、黒子達や――それとも高尾達に毒されて来たのかな。いいじゃないか。求められなくたって。二人はただの同居人。それでいいじゃないか。
 それに……二人とも互いに本気で牽制し合っているような気もして……オレの気のせいかな。
 まぁ、いいや。そんなこと、考えることは後にしよう。少しの間待っていると、征一郎が紅茶を運んで来てくれた。
「はい、光樹」
「あ、ありがとう。お、旨そうな湯気が立ってる」
 征一郎がくすっと笑った。
「――何だよ。征一郎」
「いや、光樹って本当に可愛いな、と思ってな」
「オレは、アンタのことは怖い人だと思ってたよ。今はそうでもないけどな。征十郎とじゃれ合っている時とか、年相応になって良かったと思ったよ」
「そうだね。それに――黒子そっくりの神様のおかげで僕は後数十年は光樹と一緒にいられるようになったし――いや、死んでも、転生して、光樹の恋人に生まれ変わるよ」
「オレなんか……征一郎にはもっといい相手が見つかるって」
「そうかな?」
 征一郎のオッドアイが、きらんと光ったように思った。オレは、ちょっとビビった。慌てて紅茶を飲もうとする。あちぃっ! 舌やけどした!
「だ……大丈夫かい? 光樹」
 目を瞠りながら征十郎が言った。うん、多分大丈夫……。
 征十郎と征一郎は、紅茶が冷めるのを待っているようだ。二人とも猫舌だもんなぁ……。
 二人は、学校の行事について話し合っている。そういえば、征十郎は言ったんかな。
「なぁ、征十郎。――いつかアメリカに行くかもしれないということ、大学の責任者に話した」
「ああ、それか――」
 征十郎はげっそりした感じだった。
「オレがアメリカ行くかも、とは確かに言った。そしたら、同級生や教授達に『行くな、行くな』と諭されてな――」
「ふぅん……」
 それもわかる気がする。征十郎は有能だし、顔もいいから女子学生にはモテるだろう。
「後ろ髪引かれる思いはないの?」
「それがな……あんまりないんだ。征一郎や光樹と一緒にバスケが出来るとなると、楽しみで楽しみで……」
「今だってバスケしてるじゃん」
「けれど――DVDも観たし、生の試合を観戦したこともあったけど……やはり本場は違うな、と思って……アメリカでプレイして来た火神が羨ましいよ」
「でもあいつ、英語赤点スレスレだったんだぜ。帰国子女のくせに」
 ――だけど、火神が英語でペラペラ会話しているところを見た時には、流石、と思った。
「帰国子女だって英語のテストでいい点とれるとは限らないよ。問題文は国語だろ?」
「そういえば、あいつ、国語は苦手なようだったな。黒子のおかげでだいぶ国語力は身に着けたけど」
「黒子も教えるの上手だからな」
「火神と言えばさぁ――」
 オレは高校一年の頃の火神がどんなに努力したか話した。赤司達は黙って聞いている。――これはオレの鉄板ネタなんだけど。
「でも、最後はコロコロ鉛筆のおかげでいい成績おさめたようなもんだもんな」
「――それはあまりいいことじゃないね」
 征十郎が浮かない顔をした。何だろう。オレのこと、まだ気にしているのかな。オレの調子がいいからって――。
 まぁ、それ聞いた時オレも、「ずるいな」とは思ったんだけど。
「オレはさ、いろいろな経験をして、身を持って知ったのは――やっぱり一番最後に物を言うのは努力だよ」
 ふむふむ。努力は人を裏切らないって聞いたことがあるもんな。
「でもさ、アンタら、荻原のケースもあったじゃねぇか。オマエらのこと、随分極悪非道なことしてやがる、と思ったよ。黒子から話を聞いた時も」
「ああ……あの中で、一番荻原のことをわかっていたのは黒子だったかもね」
「だろう? オレが黒子だったら、オマエらのことぶん殴ってるよ」
 オレは、気が弱いと思う。けど、頭に血が上ると何言うかわからないところもあるんだ。黒子もそうだけど。
「喧嘩プレイか。新しいな」
「征一郎!」
 こいつ、人の話を真面目に聞いてたのか?!
 ――そろそろ紅茶も冷めて来たらしい。征十郎と征一郎が同じ仕草で紅茶を飲む。ユニゾンだったので、思わずオレは笑ってしまった。
「ん? どうした? 光樹」
 と、征十郎。
「いや、ね。こうして見ると、アンタらって同じ人物なんだなぁと思って。双子の兄弟より更に近い関係だもんな。ま、性格は違うけど」
「そうだな――」
「征一郎、キミは不満かい?」
 征十郎が首を傾げる。オレは、最後の紅茶の澱を飲み干した。――もう一杯欲しいなぁ。
「いや、不満じゃないけど……光樹は征十郎と僕のどちらを選ぶのかな、と思って」
「征一郎。もうやめようよ。そんな風に考えるのは。オレは、征一郎のことも好きだよ。いや、好きになったよ」
「けれど、キミは、光樹の体を好きにしたじゃないか!」
「羨ましいか?」
「ああ、羨ましいね!」
 ――もう! 爽やかな日曜の朝にする話題じゃねぇだろうが!
 オレは、取り敢えず、征一郎にもう一杯紅茶を淹れてくれるよう頼んだ。オレが淹れたっていいんだけど、赤司達の淹れた紅茶にはどうしても敵わない。何か秘密でもあるのかな。それに、ちょっとブレイクタイムを置いた方がいいと考えたんだ。
「代わりにオレが淹れるよ、征一郎」と、征十郎が席を立った。

後書き
高尾クンも真ちゃん第一なのね。
同じ仕草でお茶を飲むって、二人は精神的双子のようなものですからね。でも、性格は違います。
2020.10.19

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