ドアを開けると赤司様がいました 184

 料理は皆美味しかった。食後のコーヒーも。赤司達の淹れるのと同じくらい、いい匂いがして、人をリラックスさせる。
 ――まぁ、それが商売だからね。
「さてと、もう帰ろうか。光樹。早く寝ないと明日に響くだろう?」
 そうだった。明日もバイトがあったんだ。
「どうも、ご苦労様でした。真木さん、ありがとうございます」
「いえいえ、何の。久しぶりに坊ちゃま方に会えて幸せでしたよ」
 会計を済ませると、赤司は車に乗り込んだ。――オレも。今日は楽しかったな。そりゃ、フランス料理のフルコースは高かったけど。赤司達が払うということで、押し切られてしまった。
 かたつむりを食べると言う、人生初の体験もしてしまったしなぁ……。バスケも堪能出来し、黛サンの本はちゃんと出来上がるようだし。
 ただ、南野クンのことは気がかりだった。それだけではない。時が来たら、皆ともお別れしなきゃならないんだ。そして、いずれは赤司達とも――。
 イヤだ、それは、イヤだ――。
 オレは、強く強くそう思った。二人のいない生活なんて、考えられない。
 黒子や火神がオレ達と別れてアメリカに行くことになったって――。いいさ、オレも、赤司達と一緒に後を追う。
 尤も、今のままじゃダメだし、征一郎の戸籍問題もあるけれど。
 オレは、家に帰るとツィッターで今日のことを呟くと、シャワーを浴びて、寝た。

 今日もいい天気だな。パソコンでまた動画を観た。ゾーンに入っているオレ。そして、ダンク!
 ……作戦も何もあったもんじゃないな。赤司達と一緒に暮らしているうちに、ゾーンに入る能力がうつったんじゃないだろうか。そうとしか思えない。
 だったら、うつして、是非うつして――って、言いたくなるとこなんだろうけど。
「光樹。自分の雄姿をみているのかい?」
「ん。まぁ、一応。――参考になるかと思って」
「なんかわかったかい?」
「いいや、何にも」
「光樹――これは光樹の実力だよ」
 そうかな……赤司達と一緒に暮らして、バスケをして、ああ、こうやればいいんだって、いつの間にか吸収してたんだろう。いつの間にか。――そう、いつの間にか。
 これが、赤司のバスケと言うものなのだろうか。
「これは、赤司達のおかげだろ?」
「いいや。光樹が自力でゾーンへの扉を開いたんだ。でも、まだまだ青峰には敵わないけどな」
 青峰に敵わない。ということは、赤司達にも敵わない、ということだ。
 いいんだ。オレは、オレで――チワワと馬鹿にされようと、フロックと言われようと……。慣れてるから。
 あの赤司と同居すると言うことで、随分いろいろ言われたし。だけど、赤司達だって、充分辛かったのではないだろうか。
 勝利の申し子であることを、征臣サンから強要されて――。
 今の征臣サンは子煩悩って感じだけど。オレのことも決して悪くは言わないけれど。征臣サンにも、教育ママならぬ、教育パパみたいなところがあったみたいだからなぁ。
 人って、変われるんだな。
 もし、昔の征臣サンとオレが会ってたら、大変なことになっていたな、と、征一郎が笑いながら話してくれた。
 そんなに厳しい人だったのか? 征臣サン。
 オレは、オレンジジュースをこくこくと飲みながら考える。もしコーヒーを飲む時は、砂糖とミルクで甘くして――赤司達はブラックで。ふん。オレはお子様味覚だからね。
 でも、昨日のフランス料理は、お子様味覚なオレでも充分楽しめたな。
 特に、エスカルゴの話は、母ちゃんにしたら笑ってもらえるかもしれない。
 あ、コメント欄。結構好意的なのが多いな。好意的でないのもあるけど。オレの活躍を認めてくれる人が一人もいる。それだけで、オレは嬉しくなってしまうんだ。しかもオレのダンクを褒めてくれる人がこんなに――。
 赤司達のおかげかな。ありがとう、赤司。征十郎に征一郎。
 さぁ、今日もバイト、頑張るか。
 オレは伸びをして立ち上がった。征十郎が浮かない顔をしている。何だってんだろう。
「調子、良さそうだな。光樹」
「ん、おかげ様で絶好調」
「そうか。それは良かった――と言いたいんだけど、好事魔多しと言うからね……」
 ――征十郎は何を考えているのだろう。確かに、オレはこの頃調子が良過ぎる。何というか……ここで気持ちを引き締めておかないと。
「青峰のことは知っているかい? あいつは中学で才能が開花した。あまりにも早過ぎた。それに、そのことでライバルがいなくなって段々バスケにも投げやりになって行ったんだ。黒子でさえ、あの時の青峰を止められなかった。止めたのは火神だ」
「……うん……そう言えばオレ、調子に乗り過ぎていたかも」
「光樹は素直だね。天に素直なんだ」
 天に、素直――どういうことだろう……。
「――大丈夫みたいだな。オマエは青峰とは違う。光樹……オマエはかえってもっと自信を持った方がいいかもしれない」
 征十郎みたいなチート男に自信を持てと言われたってねぇ……。それは、オレの力も認めてくれるようになったみたいなのは嬉しいんだけど。
「征十郎。余計なことを言うな。光樹が可哀想だろう。でも、自信を持った方がいい、というのは当たってるかもな」
 そう言って、征一郎はオレの肩をぽんと叩いた。
「征十郎の言ったことは気にするな。強くなって何が悪い」
「え、でも……バスケが上手くなったのは、きっと赤司達のおかげ――」
「誰でも実力は持っているんだよ。オレ達は、それを花開かせる手伝いをしただけさ」
 征十郎は、にこっと笑いながら言った。謙虚で、温和な赤司征十郎が――。
「光樹。今日も、帰って来たらバスケしないかい?」
 征一郎が誘ってくれた。
「おー。いいね! 征十郎は?」
「二人でやっててくれ。オレは――学校の仕事があるから」
「おー、頑張れー」
 オレは手を振った。
「オレは車で行くけど、光樹はどうする?」
「……走って行くよ」
 征十郎(と征一郎)のフェラーリは、大学でも目立っているだろうな。でも、赤司家の坊ちゃまだからって、皆納得しているかも。
 オレだって、征十郎も征一郎も赤司家の人間だもんなって、頷かざるを得ないこと、いっぱいあるもんな……。
「じゃあ、オレは行くよ。朝ごはんを食べたら。朝ごはんはパンだからね。――本当は自分で作りたいんだけど、時間もないし」
 征十郎の作ったパン……オレはじゅるりと涎を垂らすところだった。征十郎のパンは旨いからな。ほんと、何でも出来ちゃう赤司達。羨ましくならないこともないけど。
「トーストでいい?」
「何でもいいよ」
 オレの言葉に征十郎は苦笑した。
「何でもいいって言うのが、一番困るんだけどな……」
「いや、そうじゃなくて……ただ、赤司達の作るご飯はどれも美味しいから――」
「ありがとう。でも、トーストなんて、ただ焼くだけだよ」
「新しいオーブンレンジに取り換えた時は、パン焦がしてしまったけどね。オレ」
 征十郎がくすくすと笑う。あー、笑ったな。征十郎! いくらオレがドジだからって……。
「そういうこともあったねぇ」
「僕が焼いてあげようか」
「いいよ。征一郎。――もうコツは覚えたから」
「全く。安物買うからだよ……」
 征一郎の言葉にオレは反論出来ない。だって、そのレンジを選んだのはオレだから。
「あと、目玉焼きとカリカリベーコンは食べるかい? それからサラダも」
「ああ」
 オレは、征十郎に頷いてみせた。本当はそれぐらい、自分でやんなきゃいけないんだろうけどね。――もしオレが一人暮らしだったら。
「後、僕がスープを作ったんだけど――ポタージュスープだぞ」
「ありがとう、征一郎」
 征一郎も頑張ってくれているなぁ。オレも、いつかは何か作らなきゃ。
 でも、征十郎も征一郎も、料理が苦にならないみたいだもんなぁ。オレだって、料理は嫌いじゃないけど。
 テーブルについたオレ達は手を合わせて、
「いただきます」
 と、言った。
 美味しい朝ごはんを味わった後、オレはスマホの電源を入れる。ちょっとばかり時間があるので、LINEでもしようかと思ったのだ。
『おはよう、降旗』
 高尾が声をかけて来てくれた。
『ツィッター見たよん。何だよ。黒子とバスケって。羨ましいぞ。きっと、真ちゃんもそうなんじゃないかな』
『高尾、緑間は元気?』
『元気元気。元気過ぎてこのオレがもたないよ」
 ――ちっ。惚気られてしまった。オレは、いや、オレと征十郎は、征一郎が来てから、いたしてないもんなぁ。ああ、素股はしてもらったか。何か、二人とも牽制し合ってる感じだもんなぁ……。

後書き
んふ。緑高も好きです。
カリカリベーコン美味しそう……食べたい……。
2020.10.12

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