ドアを開けると赤司様がいました 182

 今は、暗くなるのがまだ早い。――オレは、春の宵の匂いを嗅いだ。黒子と黛サンはまだ戦っている。技術は黛サンの方が上。だけど、黒子も時々大技かますからな。
「ほら、キミ達。遊んでないでさっさと帰んなさい」
 六十がらみの警察の人だ。オレ達、もう大学生なんだけどな……。それに、このコートには灯りも点いているし。
「わかりました。黛サン、勝負はお預けにしておきます」
「ああ……黒子、オマエなかなかやるじゃないか」
「黛サンだって――新型の影を務めただけのことはありますよ」
「オレは元はラノベ好きの単なるオタクさ。でも、そのオレの実力を見出したのが、赤司征十郎って訳だ」
「黛サン……オレは、黛サンに酷いことをしたと思ってるよ」
「いいや、黛サンに声をかけたのは僕だからね。――済まなかった」
 征十郎と征一郎がほぼ同時に謝る。黛サンがぷっ、と笑ってこう言った。
「何だ。あの時のこと、まだ気にしてんのか? オレだったら大丈夫だよ。バスケの楽しさも味わわせてもらったしな――」
「でも……人を利用するような戦い方は、本当はしてはいけませんでした……オレはあなたに同じチームメイトとしての情も持ち合わせてなかったんですから……オレも本当に済まないと思う限りです」
「いいんだよ。そんなことは」
 黛サンはくしゃっと征十郎の頭をぽんと軽く叩いた。なんか、征十郎が子ども扱いされるのって、新鮮だな。警官がじーっとこちらを見ている。早く帰んなきゃ。それに……ご飯も作らないと。
「じゃ、またね」
 オレ達はその場を離れようとする。
「おー、またなー。フリ」
 火神が手を振っている。
「降旗君、征一郎君に征十郎君、今日は楽しかったです。またバスケしましょう」
 黒子はいつも腰が低いなぁ……いざとなるととんでもない正体表すくせに。黒子の父親って、忍者か何かの末裔とかじゃないのか?
「ああ。オマエ達が日本にいるうちにな」
 征十郎が微妙な言葉を飛ばす。そうだな……黒子達はアメリカに行くかもしれないんだよな。いや、黒子達は絶対にアメリカに行くんだ!
 二人はオレのチームメイトだったんだからな。過去形だけど。絶対に幸せになんなくちゃいけないんだ。この二人は。桃井サンは……まぁ、青峰がいるから。
 それに、オレも充分幸せだし。今日も赤司達に尻拭いさせてしまったけどな。
 オレも――独り立ち出来るようにがんばろ。
 オレ達は車に乗る。後部座席の征一郎がぽつんと言う。
「……微妙な形になったけど、楽しかったな……」
「微妙な形になったのは誰のせいだよ」
 オレは苦笑しながら答える。
「ん、まぁ、僕達か――僕だな」
「責任を感じることはないさ。征一郎。青峰はラフプレイをするヤツじゃないが、あそこはちょっと危なかったからな」
「オーバーだよ。オマエら……」
 運転しながらもオレは笑いが込み上げてくる。おっと、そんな場合じゃなかった。集中、集中。
「けれどな、光樹――オマエ、上達したよ、やっぱり」
「――ありがと」
 だけど、青峰とも互角に戦えないのはショックだった。こんなんじゃ、赤司達と一緒にバスケする資格なんて……。
 資格?
 黒子が言ってたそうじゃないか。バスケは資格でするもんじゃないって。でも、今のオレはまだまだ弱くって――。でも、やっとゾーンに入ることが出来たのに……青峰や赤司達は既に先を行っている。
 ――流石、キセキの世代と言われるだけのことはあるなぁ……。
 火神だって、キセキの世代と変わらない実力の持ち主だし。
 そして、赤司達――こいつらは化け物級だ。キセキの中でも。だから、帝光中でもキャプテンに選ばれたんだな。そして、今も――。
「どうした? 光樹……青峰に負けたのが悔しいか?」
 いや、結局勝負はついてないんですけど――。征一郎が割り込んで来たから……。
 でも、征一郎が割って入って来なくたって、オレは負けただろう。そのくらい、青峰は強敵だ。火神は、青峰と同じくらいの潜在能力の持ち主で……。
 ――オレ、赤司達には、差を見せつけられたようで悔しいよ。あの青峰を参ったと言わせるんだもんな。
 それに、赤司達は日々進歩している。オレが追い付かない程。オレは……もしかして、やっぱり赤司達の足を引っ張ってるんじゃないだろうか……。いや、そう思うのなら練習に打ち込めばいい。
 ……カントク……。
 誠凛男バス監督の相田リコ先輩は凄かった。今、カントクのことを思い出した。――カントクに、またメニュー作ってもらおうか……ムリか。だって、オレの大学とカントクの大学はライバル同士だもんな。
 部屋に戻ったら、カントクの答えも聞こう。――明日はバイトがあるから会えないし、会えなくても、何かアドバイスもらえるだけでもいいんだけど……。
 だって、オレ達は高校時代、カントクのアドバイスやカントクが練り上げた作戦を頼りにしていたんだから。
「なぁ、光樹。今日の夕食はどうしようか」
 隣の征十郎が訊く。
「――どうしようか。焼き飯も飽きたろうし」
「オレは飽きないけどね。ちょっと贅沢しないかい?」
「贅沢って?」
「例えば――フランス料理のレストランへ行くとか」
 オレはつい唾を吹いてしまった。
「はぁ? フランス料理のレストラン?」
「この近くにあるんだ。キミもそろそろ上流階級の世界の味を覚えていい頃だよ」
 もうすぐ家に着くんだけど……。家の近くにフランス料理店があったのか……。
「お金はオレ達が払う。たまにはいいだろう? いや、たまには、というか、キミはフランス料理のレストランに行ったことなかったんだな。たまには贅沢を味わわせてあげるよ」
「はぁ……」
 確かにフランス料理のレストランなんて行ったことなかった。前にオレがそう言っていて、それを覚えていたんだな。征十郎。
 赤司家の専属シェフの岡さんにフランス料理を作ってもらったことはあるけれど。
「そうだな。あそこの料理は、岡さんの料理にもひけを取らない。何と言ったって――」
 征一郎も言う。そんなに美味しいんだ……。
 いかん、生唾が湧いてきた。――ごくん。
「取り敢えず、一旦家に戻って着替えなきゃね。オレ達も」
 スーツ姿になったオレ達は、赤司のフェラーリでレストランに到着した。こういう時こそ、フェラーリなんだろうな。ほら、高級車がある。普通の国産車もあるけど。
「連絡なしで来たけど、オレ達は顔パスだから」
 高級フランス料理店で顔パスねぇ……。やっぱりちょっと羨ましい。オレん家は中流家庭でそこそこの生活レベルだけど、フランス料理の店でなんて食べたことなかったからな。母ちゃんは父ちゃんと行ってたみたいだけどな。
 それにしても、こんな素敵な店が近所にあるなんて知らなかった……。
「こんにちは、マキさん」
 マキ? 女の人なのかな。ここ経営してるの。
「坊ちゃま!」
 ――何だ、男か。とりたてて特徴のない平凡な顔だけど、レストランに勤めるんだったらそれでも良いのか。俳優になる訳じゃあるまいし。
「光樹。こちら、ピエール・真木。この店のオーナーシェフなんだ。オレが小さい頃から世話になってた。真木さん。こちらは降旗光樹。オレの――友人だ」
 友人か……そう紹介されるのはちょっと寂しいな……。
「何を言う、征十郎。光樹は僕達の恋人じゃないか」
 征一郎は征十郎に向って反駁する。
 それよりも……ピエール・真木と呼ばれた男は呆然としている。
「坊ちゃまが……二人?」
「ああ、そうそう、説明がまだだったね。こちらは赤司征一郎。オレの双子の弟だ。訳あって海外で暮らしていた」
 嘘が上手いね、征十郎。
 尤も、本当のことを喋っても、皆信じないだろうな。信じてくれるのは極一部の人だけで。オレだって、相手が赤司達じゃなかったら信じなかった。――例え、黒子が相手でも。
 いや、黒子の言うことならどんな突拍子のないことでも信用出来るけど。あいつ、誠実だもんな。
「今日は頼むよ。真木さん」
「いえいえ。坊ちゃまが来るとわかってたら、貸し切りにしましたのに……」
「別段いいさ。食事は賑やかな方がいい」
「畏まりました」
 オレは、自分が密かに注目されているのがわかった。
(ほら、あれ、赤司家の人間ですって)
(赤い髪の毛の青年達だろう? どちらも気品溢れてるな……)
 へぇ……!
 確かにこんな場でも輝いてるな。二人の赤司は。皆の注目の的だ。――オレ、場違いじゃないだろうか……。
 オレは征十郎にズレたネクタイを直された。あの征十郎にネクタイを直されるなんてなぁ……。
 赤司達はすっごくいい男だよ。でも、それが不思議と悔しくない。だって、赤司達は一度はオレを選んでくれたのだから。外見も普通、中身も普通なこのオレを。
 例え、いずれ捨てられることになっても、それだけは揺るがない事実だ。俺にとっても赤司達は眩しい。
「ムッシュー・降旗。坊ちゃま達をこれからも宜しくお願いします」
 ムッシューって、オレのこと?! はぁ……! このオレがムッシューなんて呼ばれるのを聞いたら、さしもの母ちゃんもぶっ飛ぶだろうな。後、父ちゃんや兄ちゃんも……驚くだろうな……。

後書き
フランス料理は食べたことないんですが、美味しいらしいですね。でも、マナーで苦労しそう……。
ムッシュー・降旗……降旗クンは仰天してましたが、結構合ってるではありませんか(笑)。
2020.10.01

BACK/HOME