ドアを開けると赤司様がいました 181

「よぉ、青峰。オレともサシで勝負しねぇか。フリのこともあるしよ」
 火神が言った。――よくぞ言った、火神。
 この火神大我にも、青峰に似た野性のにおいというものがある。背は高いしガタイはいいし、帰国子女なだけあって英語はペラペラだし――オレもそんな風に生まれつきたかった。
 ……ま、まぁ、今の境遇に不満がある訳じゃないけど……オレの家族だって悪くないけど。火神みたいに一度でいいからなってみたい、と憧れたことが密かにあった。
 でもなぁ……火神って、犬が苦手だったし(2号のおかげで克服した)、帰国子女のくせに英語のテストで赤点スレスレの成績取ったことはあるし……帰国子女って、英語力はあっても日本語は苦手なんだよな。
 だから、意外と点数は取れない。
 バスケでは人外でも、人並に弱点を持っている火神。人間味はあるよな。それで、黒子は惹かれたんだ。
「面白くなって来ましたね」
 黒子、嬉しそう。
「そうだな」
 と、オレも答える。
「青峰君と火神君、いいライバル同士ですよ。――ずっとこんな時間が続けばいいんですが……」
 何だよ、黒子。今度は、落ち込んでないか?
「どうしたんだよ。黒子」
「え、いえ。何でもありません。ただ、そのうち日本とお別れするのかと思うと……」
 えっ?! 今、何て言った?!
「黒子、日本とお別れって……」
「ああ、まだ言ってませんでしたね。正式に決まった訳ではありませんが……ボクと火神君、アメリカに行くかもしれません」
「オマエらも?!」
「もしかして、君達もですか?!」
「ああ。征一郎の戸籍の問題が片付いたらな。戸籍がないとパスポートも取れやしない」
「奇遇ですね。――ボク達は、結婚を前提にアメリカに行くのですが……」
「け、結婚?!」
 目がちかちかした。
「火神と黒子、結婚すんの?」
「――はい」
 黒子ははにかんだ表情をした。――桃井サンは泣くだろうな。これで詰みだもんな。青峰も。しかし、黒子も火神も、よく両親が許してくれたな。男同士なのに。
 青峰と桃井サンが幸せになってくれればいい。オレはそれを願った。
「楽しそうな話してるじゃないか」
 征十郎が割って入った。あっちで熱心に火神と青峰の1on1を眺めているのは征一郎だな。
 火神も青峰も上手い。――というか、あれは完全に遊んでるな。二人とも。
「征十郎君……」
 黒子が独り言つ。
「キミ達もアメリカ行くんだって?」
「ええ、まぁ……まだ本当に決まった訳じゃないんですが」
 ――と、黒子が答える。
「アメリカのどこ?」
「ロサンゼルスです。火神君の両親がいるそうですから。ボクも何だか誘われちゃいまして」
 黒子がそう言いながら頭を掻く。ロサンゼルスかぁ……ロサンゼルスを舞台にした話は多いよな。
「いいね。オレも行くんだったらロサンゼルスに行きたいな。虹村サンのお父さんもいるし」
 征十郎がそう続ける。
「それに、木吉センパイもいますし……アレックスさんの実家もあります」
 と、黒子。
 そういや、木吉センパイ……長らくご無沙汰してたな……。連絡は取り合ってたけど、オレも忙しくて――。
 ロサンゼルスに行くとなれば、征臣サンにも別れの挨拶して来ないとダメかな。――いや、今はもう、SNSが発達してるから、いつでも話くらいは出来るだろう。距離はあってもね。
 オレももっと英語を本腰入れて頑張らなければ。赤司達にビシビシ鍛えられたおかげで、もう得意科目になっちゃったけど。時々ケアレスミスをするからな、オレ――。
 それから、もしアメリカに行くとなれば、バスケ部ともお別れだな。せっかく友達が出来たのに。
 有山ともバスケ出来なくなんだな……。
 アメリカ行きの話をしたら、有山は怒るような気がする。なんとなく。オレが火をつけたようなもんだからな。それなのに、オレがアメリカに行ってしまったら、有山は不完全燃焼の想いしか残らないだろう。
 ――オレが有山だったら、きっとそうなるだろうからだ。
 でも、人間は結局はひとり。赤司達はオレに煩いくらい構って来るけど。運命の恋人同士も、いつかはひとりになる日が来るんだ。生き別れてだか、死に別れてだかわかんないけど。
 ごめんな、有山――。
 でも、赤司達がアメリカに行くと言うなら、オレはついて行ってしまうだろう。
 まぁ、まだ征一郎がどうなるのかはわかんないけど――。
「なぁ、征十郎……征一郎の戸籍は……」
「ああ、早くて四月……五月ぐらいには取れると思うって」
 やったー!
 ――あ、でも、そしたら、大学の皆とお別れしなきゃならないかな……。皆にはいろいろお世話になったから。
 それからミニバスチームのメンバー。古谷監督に小笠原コーチ……。
 ここで結ばれた人間関係。大切な人間関係。手紙は書くけれど――実際に会うことは少なくなるんだろうな……。
 オレは日本にいたいけど、でも、赤司達とも一緒にいたい。
「光樹……」
 征十郎、笑ってる。何でだろう。
「お前が……日本にいたいと言うなら、オレ達はここに残ってもいいんだよ。オレ達は、光樹にとって一番いい道を選択してもらいたいから」
 やっぱりオマエはいいヤツだよ。征十郎……。
「アメリカに渡ったとしても、光樹がいなけりゃ何の意味もないしね」
 ――そうかなぁ。日本のバスケ界を活発にする為にも、赤司達はアメリカに渡った方がいいんじゃないかと思うんだけど。オレのことはいいからさ。
 草の匂いが心地良い。オレは、青峰と火神の1on1に目を遣る。ふふっ、二人とも楽しそうだな……。どっちも……笑ってやがる……。
 火神のヤツ、オレの為に戦ってくれるはずだったのに、いつの間にか自分が楽しんでるじゃねぇか。でも、それが嬉しい。
 オレはヒーローになり損ねたけど、それでいいんだ……。
 不意に、オレは黛サンの方を見た。黛サンが微笑んだ。
(頑張れよ――)
 何か、そう言ってるような感じで。黛サンもきっといい人だ。征十郎のことも気にかけているようだったし。
 はぁ……はぁ……はぁ……。
 火神と青峰が息を切らしている。
「よぉ、火神。オマエ、上達したじゃねーか」
「オマエもな」
 二人とも、お互いの健闘を称え合っている。こういうのをスポーツマンシップと言うのかな。
 ――青峰は一見スポーツマンシップとは無縁の男だけどな。でも、本当は、真面目でいいヤツなんだ。黒子の次に、火神の理解者でもある。それに――火神に恋していたし。
 火神も青峰の気持ちをわかった上で、青峰とバスケで戦い合っている。とても漢らしい、かっこいいヤツなんだ。
 そうだ。二人ともかっこいい。
「今のオマエだったら、テツの光と認めてやってもいい。だが――」
 青峰はゴールを決めた。
「今回はオレの勝ちだ」
「ああ……そうだな……」
 火神が口元をきゅっと拭った。そして火神は言った。
「オマエは強いぜ。青峰。もっと対戦したいもんだな。いつまでも、ずっと――」
「へっ。アメリカにオレはいないぜ」
「でも、オマエみたいに強いヤツはいるだろうな……それこそゴロゴロと……」
「なら、てめぇも強くなんなきゃいけねぇな。火神……」
 そうなんだよ、青峰! いいこと言う! ――青峰にとっては、火神は初恋の相手で、ライバルで、友人だもんな。あ、青峰の初恋はマイちゃんか。桃井サンだったかがそう言ってたもんな。
 ――青峰自身も、マイちゃんが好きって言ってたもんな……。
 でも、いい友達に巡り合えてよかったな。青峰。
 オレにとって赤司達は……こ、恋人? ……オレは二人に恋してるけど。そんで、二人もオレを憎からず思ってるようだけど。
 やっぱり男同士と言うのはやっぱり……自然じゃねぇよなぁ……。オレの周りには男同士のカップルが多いけど。
 ――緑間と高尾も確かそうだったな。
「おーい、青峰、火神。今度はオレが1on1したいんだけど」
 黛サンが声を張る。黛サンも存在感が薄いくせに何であんな大きな声が出るんだろう……。黒子は声を張るのは苦手だって言ってたけど。
「今度はボクが行きます」
 黒子が立ち上がった。影の薄い者同士の対決か――征十郎が呟いたので、オレはつい吹き出してしまった。

後書き
意外と帰国子女って英語のテストが苦手な場合も多いようです。火神クンは堅苦しい英文が苦手なようです(笑)。
戸籍のことは私もよくはわかりません。良かったら教えて! 偉い人!
諏訪部さんのおかげで青峰が好きになりました。前から嫌いではありませんでしたが。いいキャラしてるよね。彼。
2020.09.26

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