ドアを開けると赤司様がいました 180

「降旗君、服、汚れてますよ」
 黒子が言った。オレは答える。
「え? ああ、さっき自転車に泥跳ね上げられたから……」
「洗わなくていいんですか?」
「いいんだよ。オレだってガキの頃はいつも泥だらけになって遊んでいた」
 青峰がちゃっかり話に入る。
「でも、青峰君には桃井さんがいるでしょう? あ、そうだ。降旗君には――」
「オレ達がいる」
 征十郎が自信満々に黒子の言葉を遮った。――征一郎が、それは僕の台詞だったのに……と歯ぎしりしている。……結構負けず嫌いなんだ。征一郎は。征十郎だって、見かけは温厚だけど、やっぱり負けず嫌いで……。
「征一郎。光樹のことはオレ達が守ろう」
「よし! ――光樹は超が付く程のお人好しだったからな……正直見てられなかったよ。まぁ、クリーニング代は払ってもらったがな」
「赤司。……おめぇ、金持ちのくせにクリーニング代巻き上げたのか?」
 青峰は会話のやり取りの内容を何となく察したらしい。ただの馬鹿ではないな。――ヤツのバスケ見れば、只者でないことは一目瞭然だけどね。本当は結構頭使ってるんだよな。青峰のヤツ。
 うん。桃井サンとちょっと似てるかもしれない。例え、学校用のアタマが悪くても。
「誠意を形にしてもらっただけだ」
 征一郎はしれっと言う。クリーニング代はあっちのご厚意だろうが。
「違いない」
 征十郎も首を縦に振る。オレも受け取ったから、この二人に文句は言えないんだけど。というか、征一郎、完全に脅してたよね。それを見て止めなかったオレは、密かにいい気味って思ってたかも。
 ……オレってサイテーだな。
「赤司達は……確かにオレを守ってくれてる。でも、オレは守られてるだけじゃイヤなんだ」
 言えた。――ずっと赤司達に言いたかったこと、言えた。
 それは、赤司達の庇護は嬉しかったけど……オレには勿体ねぇよな。それに、赤司に頼りきりになると、自分がなくなりそうで――。
 赤司のバスケについて行くと決心したけど、オレは弱いから。皆の言う通り、チワワボーイかもしれないから……。
 オレは――強くなんなきゃ。
「おい、赤司×2。降旗もやっぱり男だな。でもま、そうは言ってもやっぱり口先だけで、赤司達がいねぇと何も出来ないには違いねぇけど――」
 ごすっ!
 今――光と影のコンビネーションが炸裂するのが見えた。
「おい、フリに謝れ!」
「謝ってください!」
 火神! 黒子!
 まさか、またオマエらに助けられるとは思わなかったよ……。でも……。
「――オレも一発殴っていいか……?」
 オレは――弱い。ウスいと思われている黒子よりも弱い。だけど、これはオレが決着をつけなければならない問題だから――。オレはポキポキと拳を鳴らした。それくらいのことはオレでも出来る。
「ふん、チワワめ――」
「何だと?! フリを侮辱する気か」
「もういいよ。火神」
 オレは、青峰と火神の間に突っ立った。
「どうせオレは弱い。――自分の名誉の為に戦うことも出来ない程弱い。でもなぁ……これだけは譲れないってモンがあるんだよ! 青峰! バスケではアンタに勝てねぇし、オレはどうせチワワメンタルだ! だけど――一人では何も出来ないと思っていたら大間違いだぜ!」
 二人の赤司……オレは、アンタらにずっと守られていい気になってた。これも、昔からの繰り返しかもしれない。進歩ねぇよな。オレって。
 でも、自分の尊厳だけは、自分だけで守りたい。
「青峰――1on1だ。オレと勝負しろ」
「決闘か。かはっ。面白れぇ。このオレに宣戦布告とはやるじゃねぇの。でもいいのか? キセキの世代の呼び名は伊達じゃねぇんだぜ」
「そうやって、キセキの名声にあぐらかいてることしか出来ねぇじゃないの? オマエ」
「ふ、フリ……?」
 火神ですら戸惑ったような声を出している。黒子の声が背中でする。
「赤司君。正直言って、ボクは降旗君を見くびってました。けれども彼も――火神君と同じくやる時はやる男です。どうして、カントクが、キミ達ライオンの罠に彼を選んだのかわかりますか?」
「黒子……そうだ、そうだったな。あの時は、あんな伏兵がいるとは思いも寄らなかったよ。そして、同じところをぐるぐるしているようでも、確実に強くなっている」
「そうです。それが、降旗光樹と言う男です」
「そうだな。見ろよ。あれ――オーラが全身から立ち上っているじゃないか。流石、オレの惚れた漢だ」
「ああ……降旗光樹という男は、強いと思えば弱かったり、また、弱いと思えば強かったりして、どっちだか判断がつきかねていたけど――どっちの光樹も光樹なんだな」
 ――征十郎と征一郎がオレについて話し合っている。でも、それは今のオレには関係ない。オレは、目の前の青峰をぶちのめして、認めさせてやるだけだ。
「存分にやり合って来い。降旗。ヒーローの座はオマエに譲るよ」
「ありがとうございます。黛サン」
 では、いざ尋常に――勝負……って、こんな場面前にもあったんじゃなかったっけ? 何かデジャブるもんがあるんだけど……。
 あ、そうだ。有山と戦った時のことだ。あの時は――オレの不戦勝と言っても良かったのかなぁ。
 それに、何だかんだ言って、有山とも友達になれたし。有山もオレのこと、気にかけてくれるようになったし。わざわざ電話なんかしてくんだもんなぁ。
 ちょっと乱暴な電話だったけど、有難かった。
「フリ……」
「しっ!」
 オレに話しかけようとした火神を黒子が止める。
「よぉ、随分生意気になったじゃねーか。チワワ」
 青峰の言うのも特に気にならない。そうさ。オレはチワワだ。だけど、チワワなりの戦い方がある。
「オレがディフェンスやるよ。おめーから攻撃な」
 そう言って、青峰はゴール前に陣取る。あくまでオレを甘く見ているな。あの頃のオレとは違う。だけど――。
 ふわりとシャツの裾が浮く。――気持ちいい。オレには、火神や黒子、赤司達がついている。それに、この感覚は――そうだ。ゾーンに入ったんだ。征十郎か、征一郎かが力を貸してくれたのかもしれない。周りのにおいも違って来たような気がする。
 ――ありがとう。
 オレはボールを操る。よし、一気に抜こう!
「しゃらくせぇ!」
 青峰はオレのシュートを弾いた。――流石は青峰だ。でも、オレだって負ける訳にはいかねぇ。リバウンドだ。
 その時――。
 どっ、と青峰の体にぶつかってしまった。
「――と、わりぃ……」
 青峰が、オレの体を起こしてくれた。
「すぐにリバウンドに対応したのは流石だな。フリ。おめーも強くなったじゃねぇか。――かはっ。まぁ、まだ、オレの方が強いけどな」
「大輝。オレが光樹の仇を討つ」
「あーん、やる気かぁ? えーと、征一郎よぉ……」
「あーあ、お株取られてしまったな。征一郎が挑戦しなければ、オレが行くところだったのに――」
 征十郎が残念そうに言う。
「まぁ……青峰に負ける征一郎じゃないか……元はといえば、オレと一心同体だったんだし」
 落ち着いてんなぁ、征十郎のヤツ。――そして、確かに征十郎の言う通りだった。青峰は、瞬殺に近い形で負けた。征一郎はしゅるしゅるとバスケットボールを回す。何だか……青峰が気の毒になったな。でも、青峰は同情して欲しいと考えるような男じゃない。それぐらいだったら、死んだ方がマシだと思う男だ。
「僕の勝ち」
「…………」
「済まんが、本気でやらせてもらった。これに懲りて、光樹のことを馬鹿にするのはもうやめることだな」
「ふん……流石だな。征一郎。元は征十郎だっただけのことはあるな」
「僕は、僕だ。もう征十郎と同じじゃない」
「そういうことにしといてやるよ。まぁ、ただ、オレも負けっぱなしは悔しい。後で再戦申し込むからな」
「――青峰!」
 征一郎はボール回しをやめた。そして、青峰と握手をする。
 ――また、助けられちゃったな。
 ああ、征一郎……やっぱりこいつにも敵わない。そして、赤司征十郎――こいつは多分、征一郎より強い。敗北感はあったけど、それは苦いものではなかった。
「降旗……もう一度勝負してやったらどうだ?」
 と、黛サン。
「でも、火神と黒子が――」
「ああ、いいですよ。ボク達は。ここで観てますから」
「ほんとか?! ありがたいぜ!」
「なぁ、フリ――ゾーンにやっと入れるようになっただけで、オレに敵うと思うなよ」
「わかってるよ。青峰は強いから」
 オレはにっと笑ってみせた。
「んだよ……さっきはキセキの名前にあぐらかいてるとか言ったくせに――でも……オレがオマエを怒らせたんだっけな。謝るなんて無様なことはしねぇ。本気のフリのプレイをこれからも見てぇからな」
 そして、青峰はふわ~あ、と欠伸をした。

後書き
そう! 降旗クンには赤司様達がいます!
跡部様の口癖「あーん?」が、青峰クンにうつったようです(笑)。
2020.09.20

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