ドアを開けると赤司様がいました 18

「はー……涼しー……」
「光樹もやっぱりこっちの方が良かったか」
 今、オレ達は図書館にいる。空調が効いてて心地いい。本の独特な匂いもする。
「真ちゃん、あそこ空いてるよ」
「ほう……早速お前のホークアイが役に立ったのだよ」
 緑間と高尾が連れ立って歩く。緑間も嫌がってはいないらしい。赤司が彼らの後を目で追っているような気がして、オレは思わず赤司の方を見た。赤司がにこっと笑う。
「赤司ー、降旗ー。こっちこっちー」
 高尾が手を振る。高尾は既に赤司の存在に慣れたらしい。やっぱり高尾のコミュ力チート。
「こんなところで勉強してるとさ、また黒子達が現れたりしてな。それから、日向サンとかリコさんとか!」
 うっ、あんまり良くない予言だなぁ……当たらないといいなぁ……。
「……マジバの時の騒ぎが起こるのはごめんなのだよ……」
 あー、やっぱり緑間もそう思うか……。
「オレは別段何が起こっても構わないぞ」
 ――赤司、それは悟りの境地だね……。
「でさー、真ちゃん。わかんないところがあんだよ。この頁の問3なんだけどさ……」
「ああ、これはな……」
 緑間真太郎と高尾和成――何でこんなに絵になるんだろう……。高尾だってよく見るとハンサムな顔してるし。女子が見たらさぞかし大喜びなんだろうな……。
 赤司がつんつんと俺の袖をシャーペンの尻で突く。そして、小さな声で囁いた。
「光樹。勉強」
 ああ、そだそだ。えーと……。
 オレは勉強道具を床にぶちまけてしまった。
「何をやってるのだよ。――降旗」
 ああ、うん。そだよね。緑間が呆れるのも尤もだ。
「そんな言い方はないだろう、緑間。――拾うの手伝ってあげるよ。光樹」
「……ありがと」
 赤司って、本当は優しいのかもしれない。そんな風に考えるオレは既に絆されているのかもしれない。高尾も問題集を拾ってくれた。
「はい」
「あ、ありがと」
「あー、これめちゃムズイヤツじゃね? 昔真ちゃんに教わりながら死ぬ気でやったことあるよ~」
「赤司が買って来たんだけど、ちんぷんかんぷんで……」
 だろーねーと、高尾が、かかか、と笑う。 
「でも、これに載ってる問題集だって解いてムダなことはないだろう?」
 と、赤司にスマイルで言われた。そりゃそうだけど、オレの学力じゃてんでムリ……オレがそう言うと、
「光樹。光樹はやれば出来る子だよ」
 ……念を押されてしまった。高尾が笑いを堪えている。そして、笑いが治まった後、高尾は更にオレを元気づけようとしてくれたのか、こう言った。
「だいじょぶだいじょぶ降旗クン。キミには赤司様がついてるんだから。――オレだって真ちゃんに教えてもらってどうにかなったんだし」
 ……赤司がいれば何でも出来るように思うけど、それでも限度というものがある。例えばオレが現役T大生の講義についていく、なんてことはいくら赤司がいたって……。
「人事を尽くすのだよ。降旗」
 ふーん……人事尽くしてもT大に落ちる人はいるのにね。
 けれど、それはあまりにも緑間に失礼なので、言うのはやめておいた。――と思ったら!
「真ちゃーん。真ちゃんはじんつくでもT大落ちたじゃ~ん」
 はわわ……高尾、お前……何て命知らずな……あのキセキの世代の緑間真太郎をからかうなんて……。しかも、赤司と違って理不尽に暴力ふるう男だよ。
「そうだな……けれど、オレは人事を尽くした。だから満足なのだよ。高尾。貴様も人事を尽くすのだよ」
「へいへい」
 緑間の大人な対応に、オレは相当ほっとした。
「問題の途中だったのだよ――」
 緑間と高尾は化学の問題をやっているらしい。あの亀の甲羅の並んでるヤツだ。ベンゼン環というらしい。
「光樹。そこのスペル間違えてる」
 あっ、ほんとだ! ここはiじゃなくてjだった。あー、英語ってやっぱむずかしー。昔から言われてることだけど、何で日本語を世界共通語にしないんだよー。
 くすん。まぁ、泣き言いってもしゃーねーか……オレは消しゴムで文字を消す。すると――途端に高尾の目がきらりと光った。
「なになに? 降旗、英語やってんの?」
「うん、そうだけど――」
「ならオレが教えてやれるかも。オレ、特に英文法はマー坊にすげぇ鍛えられたんで」
「――お前は日本語の不自由さを何とかしろなのだよ」
 緑間が割って入る。
「ちぇー。真ちゃんたら、少しぐらい成績いいからって威張っちゃって」
「あのー……高尾と緑間ってこれが普通?」
「普通だよな?」
「あー、普通なのだよ」
 ――ちょっとこの二人が羨ましくなって来た。何て言うか、空気が自然なんだよなー……。よし、オレも。
 オレは赤司に自然に話しかけようとした。
「あのさ、あか……」
「――席を変えようか」
 赤司がガタンと立ち上がる。
「わかったのだよ」
 緑間は赤司と、高尾はオレと隣同士になった。――高尾の教え方は上手で、思わずうんうんと頷いてしまった。いつもは緑間の陰に隠れているけれどW大に通っているだけあって、英語力はなかなかのものだ。
「高尾が光樹に取られちゃったね。いいのかい? 緑間」
「いいのだよ。教えるのも勉強のうちなのだよ。それにさっき席を変えようと言ったのは赤司、お前なのだよ」
「――仕方ない。オレはレポートをまとめよう」
「オレは引き続き問題に取り組むのだよ」
 緑間も教え方は上手なんだと思う。でも、緑間は赤司に教える必要はないだろう。――赤司だって成績いいんだから。赤司が緑間に訊いた。
「緑間。将来は何になるんだい?」
「医師か教師なのだよ」
 ――即答!
「W大には医学部ないのに、よく入ろうと思ったね」
「――もしかしたらそのうち出来るかもしれないと思ったのだよ」
「まぁ、教師の緑間というのも見てみたくもあるがな――キミがW大に行こうとした訳はオレにはわかるんだけど」
「オマエが降旗の成績を上げようとしている理由と同じなのだよ」
 ふーん……緑間の言うことはよくわからないけれど、赤司ってば、もしかしたらオレ自身よりもオレのこと考えてくれちゃってるんだな。
 それにしても確かに、将来の身の振り方は考えておかなければならない。バスケ選手として? いやいや。うぬぼれんな光樹! オレはバスケ選手としては大したことはない。
 火神や黒子の方がよっぽどすごい。特に、火神はスポーツ推薦があったくらいだから……。将来はNBAで活躍するかもしれない。火神には何が起こっても不思議ではない。
 そして、黒子――黒子テツヤ。
 あいつも何か訳わかんねぇけど、すごいヤツだ。
 化学の問題が終わったらしい緑間は、暗記科目を復習している。赤司は涼しい顔をして、いくつもの参考文献を積んでレポート用紙にペンを走らせる。
「すごいね、あいつら」
 高尾の言う通りだと思う。オレは……絶対T大に行けそうにないや……W大にも。
 緑間は……もしかしたら高尾がいるからW大に行ったんだろうか……。何にせよ、すげーや。どっちも。
「緑間は……バスケットボール選手になろうとは思わないのかい? 来てるだろう? スカウト」
「……オレも、本当はバスケットボール選手になりたいのだよ。でも、夢だ。――夢なのだよ」
 ――赤司の言葉に、緑間が笑って答えた。よくわからないけれど、儚い笑いだったように思う。
「真ちゃん! オレ、諦めてないよ! 大学でも真ちゃんとバスケットボールで天下取るって決めてんだから!」
「高尾……」
「もしくはオレが真ちゃんの世話を焼く係になるとか――」
 高尾が尚も言い募る。その時――あの緑間が、笑った? さっきのような諦めの笑顔ではなく。
「ああ。これからも宜しく頼むのだよ」
「ん。真ちゃんがどんな道を行こうとも、オレは真ちゃんについていくから」
 緑間と高尾がグータッチをした。――いいなぁ、ああいうの……。
 何となく赤司の方を見たら、赤司が、「オレ達もやる?」と言いたげに微笑って首を傾げた。
 おっ、恐れ多い……それに、十年早いというような気がして――。
 オレは問題集に戻った。まずは目の前の問題から片付けよう! けどオレ、さっきの赤司の笑みが……実はほんのちょっと嬉しかったんだ……。

後書き
緑間クンも、バスケットボール選手目指せば良いのに。
高尾と緑間のコンビもきゅんきゅん来ます。
あれ? この話って赤降ですよね。緑高に赤降。なんていう俺得(笑)。
2019.06.06

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