ドアを開けると赤司様がいました 179

「ほんと、凄かったよな――さっきのDVDの試合」
 オレはくるるっとボールを回しながら言った。雨上がりの風の匂いが涼しくて心地良い。
「あそこで10番がパスミスをしなければもっと良かったんだけどな……」
 征一郎がぶつぶつ文句を言っている。うるさいわい。
 オレと赤司達、そして黛サンは濡れた道を並んで歩いていた。自動車とぶつかりそうになって慌てて避ける。バシャッとオレのズボンに泥がかかった。他の三人は無事なのに、どうしてオレだけこんな目に合うんだ。くそっ!
「着替えるか? 光樹」
 征十郎が親切に聞いて来る。征一郎が自転車に向かって猛スピード駆けて行き、前に回って言った。
「光樹に謝れ……僕の命令は絶対だ。もし謝らなければ僕の代わりに貴様を天国に送り返すからそう思え」
「ひっ、は、はいぃ……」
 オレはいいって言ったんだけど、その人はぺこぺこしながらクリーニング代まで出してくれた。征一郎のせいだろうけどね……。
「ははっ、相変わらずだね。あいつは……」
 征十郎が苦笑する。
「何を言う。お前だって相手に向かって地べた舐めさすとか物騒なこと言っていただろうが」
 征一郎が動じずに言い返す。そういえば、黒子からそんな話を聞いたことがあったような気がする。うん。赤司征十郎。やっぱり征一郎――もう一人のオマエと同一人物だよ。
「それより、着替えなくて大丈夫かい? 光樹」
「帰ったら洗うから平気」
 ちょっと気持ち悪いけどね。
「オマエら……噂には聞いてたが、ちょっと過保護じゃないか。降旗に対して」
 黛サンが呆れている。
「まるでチワワみたいに扱って――気持ちはわからんではないが、ちょっと問題じゃないか?」
「何が?」
「どこが?」
 ――二人は殆ど同時に訊く。黛サンはふかぁい溜息を吐いた。
「オマエら……本当に自覚なしなんだな。……もういい。それにしても、降旗。この状況をどう思う」
 う……矛先がこちらに回って来た。でも、チャンスかもしれない。こいつらのオレの扱いについて訴える……。
「なぁ、光樹。オマエは僕達には何も文句はないだろう? 僕達はそれはオマエを大事に大事に扱ってるんだからな」
 う……征十郎に睨まれると何も言えない。ヘタレなオレ――。
「それが変だって言ってるんだ。降旗ももういい加減成年男子だろう? それをオマエらと来たら病的にチワワ扱いしてるんだもんな――。降旗が何も言えないの、わかるぞ。だってオマエらオレから見てもちょっと怖いからな」
 ……オレが言いたかったことを黛サンが代わりに言ってくれる。
「オレのことを利用したとか、そう思ってんなら、もうちょっと降旗を普通に扱え。普通の男性として扱え」
 ――嗚呼、黛サン、あなたは何ていい人なんだ……。オレが言いたかったことまで言ってくれて、尚且つあの怖い怖い二人に注意をしてくれた。アンタ、試合では薄いけど、いい人だよ……。
 征十郎と征一郎はやはり思い当たる節があるのか、というか、あり過ぎるのか、二人して顔を見合わせている。
 ここはオレが仕切んなきゃダメかな。ただのチワワじゃないところ見せてやる!
「ようし! 皆! コートに行こうぜ」
「おい、降旗。バスケットゴールのある公園はこっち。そっちじゃない」
 かかなくていい恥をかいてしまった――。
 黛サン家の近くの公園にバスケットゴールが出来たらしいのだ。皆でわいわい言いながら向かっていると――二人の人影が。なんか見覚えのあるヤツらだな。というか……。
「火神! 黒子!」
「――あ、降旗君!」
 黒子がすぐに振り向いた。火神も笑顔になって、
「よう、フリ。あ、赤司に黛サンも」
「黛サン――僕のライバルさんですよね」
 黒子が言った。黒子――黛サンに喧嘩売ったりしねぇよな……。いくら黒子の方が正しかったとは言え、黒子には前科があるからなぁ。あの緑間ですら呆れながら話してくれたよ……。
「そうだな。久しぶり」
 黛サンは冷静に黒子に返事をする。黒子はにこっと笑った。
「一緒にバスケやりませんか?」
 そういや、黒子もバスケットボールを持っている。オレ達も持ってきてるんだけどな……。
「いいな、やろう」
 征十郎がまず黒子に賛成した。バスケットボールは、新しい方がいいてんで、オレ達――いや、黛サンが使っているボールを使うことにした。黒子の持って来たボール、もうボロボロだもんな。それだけ使い込んでいると言う証拠だけど。
「ところでさぁ、火神。オマエん家に青峰来なかった?」
「青峰? いや、来てねぇけど?」
 うーん、入れ違いになったか……気の毒な青峰。あ、そうだ。LINEで誘おう。どうせ青峰ん家はこの近くだし。家にいるかどうかわかんねぇけど、スマホで捕まるかも。
『青峰ー。バスケやらねぇ?』
『やらねぇ』
 鼻ホジで答える青峰の姿が見えるようだ。
『でも、あの…火神もいるんだけど…』
『火神が? それ早く言えよ!』
 ガバッと立ち上がるところも見えたみたいだ。青峰は火神が好きなくせに、スタンプはマイちゃんだ。どうもこの男もよくわからない。――オレは場所を伝えた。
『何だよ。すぐ近くじゃねーか。オレが来ねぇうちに逃げ出さないよう言っとけ』
 はいはい、伝えておきますよ。オレはスマホを閉じた。
「どうした? フリ」
 火神が訊いて来る。
「ん……今から青峰来るって。逃げんなってさ」
「ああ、あいつ……昔、キセキのヤツらと集合した時に、オレに対して溜息ついてたな。『なんだ、オメーもいんのかよ』って。いちゃわりーのかよって話だよなぁ?」
「…………」
 火神ったら、青峰の気持ちを知ってて――。
「照れ隠しだったんですよ。火神君にならわかるでしょう?」
 と、黒子が言う。流石黒子。青峰の観察もちゃんとしてたんだな。
「う……そりゃ、まぁ……」
「青峰君は火神君のことが好きなんですよ」
 そう言って、黒子が意味ありげに笑った。
「でも、浮気しないでくださいね」
「なっ、してねーよ」
「ふぅん、青峰は火神が好きだったのか……青峰は女好きだとずっと思ってたんだけどな……」
 黛サンが面白そうに言う。
「青峰君は今でも女好きですよ」
 そっかー。でも、女好きなのに火神に恋してしまった青峰。自分の心に気づいた時にはさぞかし戸惑ったに違いない。何故なら――オレもその気持ちはよくわかるから。オレの場合は赤司達相手にだけど。
 征十郎も征一郎も大好きだし、征十郎とは何と一緒に寝たこともあるからな……。
「さぁさぁ、バスケをやろうじゃないか」
「そうだぞ。でなきゃ、何の為に、ここに来たか、わからないじゃないか」
 征十郎の言葉を柔軟をしている征一郎が引き継ぐ。征一郎、オマエなぁ……喋るか柔軟するかどっちかにしろよ。
「よぉ、やってんな」
 青峰がやって来た。相変わらず強面だな。でも、どこか可愛いところもあることをオレ達は知っている。
「よっ、青峰」
 火神が普通に挨拶する。青峰がはーっと溜息を吐く。
「あのなぁ、そんな嬉しそうな顔すんなよ」
「え? オレはいたって普通だぜ。な、黒子」
「はい」
 もしかしたら青峰、オマエが嬉しいんじゃないか。そう言いたかったがやめにしたのは、もしかしてボコボコにされるかもしれないというちょっとした恐怖心からだった。だって青峰こえーもん。
「火神君、浮気……」
「しねぇよ、馬鹿」
「…………?」
 さっきの皆のやり取りを知らない青峰は首を傾げる。黛サンにまで火神への好意がバレバレになってしまったとは、今は夢にも思うまい。黒子が言ってたこと、青峰にバラしちまったら、黒子が殺されないか心配だ。
 ……でも、黒子もつえーしな。精神的には、という意味だけど。肉体的には……力こぶも全然ねぇもんな。
 ま、いいや。オレは……オレもちょっと柔軟しようかな。
「あれ? 光樹もアップかい?」
 ――と、征十郎。
「うん。怪我したら困るから」
「でも……まだ暗くなるのは早いからね。キミはミニバスで体いっぱい動かしたんじゃなかったのかい?」
 ああ……それに、ミニバスチームの使う体育館に行く時にはランニングもしたしな。体はほぐれているはずだけど、一応な。

後書き
青峰クンや火神クンを何故か知ってる黛サン。
まぁ、日本バスケ界では有名な方かも知れませんしね。青峰クンと火神クン。
火神クンのいた誠凛と黛サンのいた洛山とは対戦もしているし。
2020.09.19

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