ドアを開けると赤司様がいました 178

 黛サンのお母さんは、長い髪をきっちりアップに結っている。センスのいい洋服を着て、なんてーの? 匂やかって言うのかな。こう言う人のこと。黛サンのお母さんはお辞儀をした。
「初めまして。千尋の母でございます」
 い、いや……そんな下手出られると、こっちの方が恐縮しちゃうよ……。
 でも礼儀正しい人なんだな……。黛サンと違って……。おっと。黛サンに悪い悪い。心読まれないで良かったぁ。赤司達は読もうと思えば人の心読めるようだけど。
 ……やっぱり赤司達は怖いような気がする……。
 日向サンも、あいつら――赤司達には気をつけた方がいいって言ってたもんなぁ。
 けど、オレ、今更気をつけたって……。
「あら、漫画を描いてらっしゃるの?」
 黛サンのお母さんがにこにこ笑った。ん? このお母さんはマンガ同人に理解があるのかな?
「うん、そうなんだ。母さん」
「頑張ってね。何か軽食でも持って来る?」
「降旗に焼き飯作ってもらうはずだったんだけど……」
 えへへ……。
「それは悪いわ。降旗さんはお客さんでしょう? ねぇ、降旗さん」
「客と言っても、オレ、メシスタントですから……」
「それより母さん、これ見てくれよ。そっちの降旗が描いたんだ。赤司達もとても上手だけれどな」
 オレが振り向くと、二人の赤司が手を振っていた。こいつら、ボイコットしようなんて言ってたことをおくびにも出さずに……! でも、それだってオレの為だったんだよね……。
 黛サンのお母さんがオレの描いたイラストを見ると、
「めんこい子だね~」
 と相好を崩した。しかし、めんこいって……。
「母は岩手の出身なんだ。あそこには『めんこいテレビ』というのもあるからな」
 ふぅん、何か可愛いな。ああ言うのをめんこい、と言うのか……。
「あ、オマエ今、田舎者だと思わなかったか?」
「思ってない思ってない」
 オレはブンブンと首を横に振った。それは、はっきり言って濡れ衣だ。それに、田舎者のどこが悪いと言うのだろう。オレだって、数代前は多分田舎の出で、東京に出て来たお上りさんだろうし。
「黛サン。光樹はそんなこと考えるヤツじゃない」
 征十郎が弁護してくれた。有り難い。それに、確かに征十郎の言う通りなんだ。
「ごめんなさいね、うちの千尋が……」
 黛サンのお母さんの口調には訛りがない。山の手弁とか言われるような滑らかな口調だ。
「それに、私もつい訛りが……」
「いいではありませんか。さぁ、黛サン。また作業に戻りましょう」
 結局征十郎が仕切っている。黛サンは、「ああ……」と答えてパソコンの前に座る。あ、液タブか。黛家には、壊れた液タブの他に液タブがもうひとつあるのだ。
「はぁ、この液タブは古いバージョンだから使いにくいんだけどなぁ……」
 と、こぼしていたが、オレからすれば贅沢な悩みだ。オレはそんなに同人活動には興味はないからいいけど。
 液タブより、バッシュとかバスケットボールとか欲しいなぁ、とオレは思う。やっぱりオレはバスケにすっかりハマってしまったんだろうね。
「では、私はサンドイッチを作って持って来ましょうね」
 ――流石親子。考えることが似てる……。
「お……オレも手伝いましゅ……」
 いけね、緊張してたのか舌噛んじゃった。けれども、黛サンのお母さんは気にしなかったようだった。
「何か作業していたんではなかったの?」
「いいんです。オレの分は終わりましたから」
「母さん。降旗に焼き飯作ってもらおうかと思ってたんだけど……」
「焼き飯って何かしら?」
「チャーハンやピラフの親戚みたいなものだよ。結構旨いよ」
「じゃあ、おばさん、降旗くんに作り方教わってもいいかしら? お客さんに働かせて悪いけど……」
 人妻でもおばさんでも、綺麗な女の人に頼りにされると、男として嬉しい。――赤司達には小動物扱いされてるもんなぁ、オレ。オレはどんと胸を叩いてこう言った。
「任せてください!」
 オレは、自分でも手際良く作れたと思う。オレの説明を黛サンのお母さんは必死にメモっていた。オレのは自己流で、そんなに褒められた代物じゃないんだけど、参考にしてもらえるなら嬉しい。
「香ばしい匂いね。――ありがとう、降旗さん。秘伝の焼き飯の作り方を教えてくれて」
「いえいえ」
 それに、秘伝と言う程のもんでもないんだよなぁ……。黛サン家には食材がいっぱいあったから助かったよ。
 オレと黛サンのお母さんが焼き飯を持っていくと、突然、
「終わったー!」
 と言う叫び声が聞こえた。――征一郎?
「あ……」
 征一郎はちょっと照れたような顔をした。征十郎や黛サンがくすくすと笑う。
「変なところを見られてしまったな……」
 征一郎がぽりぽりとこめかみを掻く。
「気にすんな。征一郎。――焼き飯だぞ」
「殆ど――というか全部降旗さんが作ってくれたのよ。感謝していただきなさいね」
「まぁ、いいんだけど、お袋の分は?」
「ちゃんと作ってもらいましたよ。――降旗さん、ありがとうございました。あ、そうだわ。後でレシピを書いてもらった方が良かったかしら。つい、降旗さんに任せきりにして……」
「それはいけないな、母さん」
「そうよねぇ。何かお礼しなきゃ」
「いいんです。オレは――オレも好きでやったことだし。料理はそんなに負担じゃありませんし」
「そうですか? 悪いわね――あ、ケーキがあったわね」
「ケーキ……」
 生クリームのヤツだろうか。だとしたら――是非とも食べたい。
「イチゴのショートケーキよ。あ、でも……三人分しかないの。父さんと私は我慢するからいいんだけど……千尋、お客様にケーキあげなさい」
「……そんな気を遣わなくてもいいヤツらばっかりだよ」
「でも、アンタは先輩なんだから――ごめんなさいね。我儘息子で」
 このお詫びはオレ達に向かって言ったんだろうな。……多分。
「いえいえ。僕の方がもっと我儘だったかもしれませんよ」
 征一郎が口を挟む。
「僕が、黛サンを利用してたから――」
「征一郎。それは言いっこなしだぜ。母さん、オレは赤司のおかげで、バスケ部での最後の一年は楽しく過ごせたんだ」
「――良かったわね。千尋。……あなたは内気だから、母さん、いじめられてやしないかって心配してたの。ラノベとか言うものにハマってたこともあったし――このままオタク一直線かと心配してたのよ」
 ……黛サンが漫画やラノベを好きなのは、今でもだ。
「うん。征十郎――もう修羅場は終わったから、焼き飯食べたらバスケでもしないか?」
「――いいな。だけど、食べてすぐ運動とは……バスケは結構ハードだしな」
「修羅場もハードだったけどな。昔はもっと凄かったらしいぞ」
 ――と、征一郎。
「漫画家の生活なんて、人間の生活じゃなかったらしい」
「大変ねぇ、どんなお仕事も。――ケーキと紅茶、持って来るわね」
 正直言ってイチゴのショートケーキは食べたい。でも、ここは黛サンに譲るのが礼儀だよな……。黛サンは目上の人だし、赤司達には世話になってるし。
「降旗……オレのケーキを食べてもいいけど?」
「え、でも、悪いっス……」
「なぁに。イチゴショートはまた母さんに買ってもらえばいいさ。なんせ、降旗は我が家の大切なゲストなんだからな。アップルハニーを頼んだのもオレだし」
 嗚呼、黛サンもいい人だ――。
 でも、そう言われると、オレはつい遠慮してしまう。こう言うのも人情と呼ぶべきものなんだろうか。
「遠慮すんな。オマエもオレ達の大切なバスケ仲間だ。今日は修羅場に付き合わせて悪かったな。でも、征十郎や征一郎のおかげもあって、早く終わったよ。降旗も、ご苦労様。オマエ達がいなかったら、突発本は落とすところだったよ」
「はは……」
 征十郎も照れ笑いをする。照れてる表情までそっくりだなぁ、征一郎に征十郎。
「じゃあ、食べながらバスケ観戦でもしようか。ちょうどいいDVDを手に入れたんだ」
 黛サンの目がきらんと光ったような気がしたのは気のせいだろうか。黛サンの部屋には何とテレビもある。うちのよりちょっと小さいけど。――というか、うちのテレビが無駄に大き過ぎるんだよ。
 ……細かいところまでしっかり映るからいいけどさ。確か、買ったのは征十郎じゃなかったっけ?
 それはさておき。オレ達は画面を食い入るように見つめた。
「あの選手、スクリーン上手いな。オレも見習いたいな。――こう言うのを観るのも勉強なんだよな。バスケは観るのも楽しいし。――なぁ、赤司……オレにバスケの楽しさ、教えてくれてありがとうな……」
 黛サンの横顔に涙の筋が伝う。彼の表情はそのままで。征十郎にバスケを勧めたのは征十郎(征一郎も含む)の母親の詩織サンで――だから多分、オレ達は詩織サンには頭が上がらない。

後書き
イチゴのショートケーキ、私も食べたいです。大好物なんです。
妹はチョコレートケーキのほうがいいようですが。
……クリスマスケーキは交互に生クリームケーキとチョコレートケーキを食べることになっています。
2020.09.15

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