ドアを開けると赤司様がいました 177

 アップルハニーは、『時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹』に出て来る犬である。――ていうか、オレなんかの絵で構わねぇの?
「降旗、お前の描いたアップルハニーが凄い評判良かったんだ」
「うんうん、流石だねぇ。見る目のあるヤツは違うな」
 と、何故か征十郎もドヤ顔。
「描いてもいいけど――オレ、下手だよ」
「そこがいいんだって。さぁさぁ、描いて。どんどん描いて」
 黛サンは強引にオレを部屋に引っ張り込んだ。どうでもいいけど、黛サンの部屋、いい匂いがするなぁ……と思ったら、近くに薔薇が生けてあった。これで作者が女なら少女漫画家の世界だなぁ……。
「はい」
 紙と鉛筆を渡された。
「あ、ありがと……」
「礼を言うのはこちらの方だ。降旗、ありがとう」
 まぁ、雨もあがったし、屋外コートでバスケでもしようかと考えていたんだけど、濡れてて条件が悪そうだからなぁ……まぁ、それも悪条件でも練習こなす機会になって、オレにとっちゃいいかもしれないけど……。
 それにしても、オレのアップルハニーがそんなに好評だったなんて――なんか、嬉しいなぁ……。
「……まぁ、パソコンで頼むと言うやり方もあったんだけどな。降旗、あんまりパソコン得意じゃなさそうだもんな」
 確かに、オレはあまりパソコンはいじらねぇけど、LINEならよくする。
「因みにこの話は征一郎から聞いた」
「なっ……千尋……いや、黛サン、ばらさないでくださいよ!」
「オレは別にいいよ。征一郎の言う通りだし。赤司達はパソコンでなんかやってるみたいだけど」
 赤司達はパソコンもバリバリ使いこなしている。流石は赤司達。
 オレ達は和やかに談笑しながら作業を進める。黛サンだけ、ドリンク片手にパソコンの画面見て頑張っていた。
「黛サンは新しい液タブが欲しいらしいよ」
 ――と、征一郎が密かに言う。
「液タブ?」
「液晶タブレット。画面に直接描けるヤツ。というか、キミも扱ったことがあるだろう」
 あー、あん時のあれか。結構楽しかった記憶がある。
「今まで使った液タブは壊れてしまったんだ。液タブは消耗品と言うからなぁ……」
「そっかー。災難だったね」
「なぁに、気にしてないさ。親だってそんな理由で仕送りはしないけれど、オレだって小金は貯めてる。こう言う時の為に。だから平気さ」
「ふぅん」
 一枚目のアップルハニーが出来上がった。黛サンは色鉛筆も貸してくれた。オレは前よりも上手くアップルハニーを描くことが出来るようになった気がする。液タブなんてもんじゃないからかもしれないけど。
「ふーむ……」
 黛サンがオレのアップルハニーを見ている。
「降旗……オマエ、アナログの方が得意だな?」
「そんな……得意だなんて……オレの絵なんか、鉛筆で描いても、液タブで描いてもそう変わりはない……」
「色鉛筆での塗りだけならプロ級だぞ。オレは正直言って降旗はもっと下手かと思ってたけど……どんな絵にも取り柄はあるもんだな……」
「いやぁ……」
 オレは茶色の頭を掻いた。
「よし、予定は変更だ。降旗。林檎塗ってくれ」
「――ええっ?! でも、パソコンの方が綺麗に塗れるんじゃ……」
 それに、林檎たんはこの本のヒロインだろ? そんな大事なキャラをオレが塗っていいんだろうか……。
「綺麗だからいいとは限らないからな。手書きの方が味がある、ということもある」
 そ、そうか……よし!
「ああ、ちょっと待っててくれ。線画をプリントアウトするから」
「黛サン、光樹が気に入ったようですね」
「そうなんだ、征一郎。でも、オマエの想い人は取らないから安心してくれ」
「え……わかりますか?」
「……オマエ、散々征十郎や降旗の自慢ばかりしてたじゃないか……」
 へぇ……そんなことがあったんだ……。でも、征十郎はともかく、オレのことまで自慢してくれてたなんて――。怖いところもあるけれど、やっぱり征一郎もいいヤツだなぁ……。
 プリンターは順調に動いている。う、うわっ! 林檎たんだ! 綺麗! 可愛い!
 ――こんなオレが色鉛筆で汚して……じゃなかった、色塗っていいんだろうか。大体、オレは、前に同人はこれきりにしようと思ったはず。一旦目をつけられたら黛千尋からは逃れられないと言う訳か。
 オレはせかせかと色鉛筆を動かす。うん、バスケ程じゃないけど、結構楽しい。それに、黛サンだって期待してくれてるようだし。
 陰影もちゃんと考えなきゃな……オレは、前は本能というか、勘みたいなもので描いてたけど……。
 オレは塗り終わった林檎たんの絵を黛サンに渡した。
「うーむむ、ふーむ……」
 黛サンは凝視している。こ、今回はダメだったかな……。
「よし、OK!」
 黛サンはニヤッと笑った。――オレはほっとした。
「これで入稿が見えて来たな。おい、征十郎に征一郎。この林檎たんの塗り、すごいよな? 降旗は色鉛筆なら、オマエ達とタメ張れるんじゃないかな?」
「ええ、そうですね、本当に」
「可愛い林檎たんじゃないか」
 征十郎と征一郎が次々に褒める。オレは、「えへへ……」と照れ笑いしながら頭を掻く。
「ちょっと何かつまめるもの作って来てくれないか? 降旗。モノクロじゃオマエは役に立たないからな」
「待ってください! それはどういう意味ですか?!」
 征一郎が黛サンに食ってかかる。
「いや、征一郎……!」
「確かに事実ですが、それは黛サンの言うことじゃないでしょう!」
 いや、征一郎、オマエだって事実だって認めてるじゃねぇか。
「悪いがオレは正直者なもんでね。でも、いいじゃないか。降旗は色鉛筆画が綺麗なんだから」
「ま、まぁ、それは……」
「カラーはもういいよ。降旗。ごめんな。あんなこと言っちゃって」
 黛サンは素直に謝ってくれた。でも、オレが下手なのは本当のことなんだから――。
「ううん、いいですよ、そんなことは」
 オレは言った。
「征一郎、よく言ってくれたね。黛サンが自分の非を認めなかったら、そして、光樹が黛サンを許せなかったなら、オレも参戦するところだったよ」
 ……征十郎まで……。嬉しいけど、ほんと、オレは下手なんだもんなぁ……。
「僕も、征十郎と共にボイコットするところだったよ」
「おいおい、勘弁してくれよ……」
 黛サンは冗談ぽく言ったが、心なしか動揺しているようだった。
 話が一段落したところで――。
「じゃあ、何か作って来ます」
 こういう時はやっぱりおにぎりか何かかな。
「あるものでお願いするよ。降旗。サンドイッチなら出来ると思うから。パンも買ってあるし」
 サンドイッチね。いいね。それ作ろう。
「焼き飯でもいいからな」
「焼き飯かぁ……」
 うーん、複雑だな……食べるのはともかく、作る方はもう飽きちゃったんだよね。焼き飯。リクエストされるのは嬉しいんだけど……。それに、焼き飯はオレの得意料理でもあるんだけど。、
「ああ、黛サン、オレ、光樹の焼き飯食べて来ましたから」
「僕もだ」
「そっか……そう聞くとますます食べたくなって来てしまうのが人情というものだよな……なぁ、征一郎に征十郎、わかるだろう?」
「はい、とてもよくわかります」
「そうだな……光樹の焼き飯は飽きないし……」
 嬉しいな……飽きたなんて言わないで、作ってやろうかな。オレも結構単純だな。でも、嬉しいものは嬉しいんだ。オレは腕まくりをした。――と、その時、ノックの音がした。
「千尋、どなたか来てるの?」
「あ、お袋だ」
 そうか――黛サンのお母さんか。前に行った時はいなかったんだっけ。その後も会えずじまいだったし。どんな人なんだろう。ドキドキ……。ドアが開く。黛サンのお母さんは、五十がらみの美人だった。オレの母ちゃんと同じくらいの年だな。
 ――でも、黛サンのお母さんの方がずうっと美人。……これは母ちゃんに対しては言えないことだけど。黛サンもイケメンだもんな……。
「あら、あなた方は――?」
「こんにちは。黛サンのお母さん」
 征十郎が言う。初めまして――と征一郎が言う。
「母さん。こちら、赤司征一郎。赤司征十郎の双子の弟なんだって。それから、こっちにいるのは降旗光樹。征十郎や征一郎の友人なんだ」

後書き
さぁ、描こう、ぎょうさん描こう♪
私も液タブが欲しいですが、高そうです。
まずは板タブで我慢しますか。最初の頃はともかく、今は不自由してませんし。
2020.09.10

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