ドアを開けると赤司様がいました 176

 そうだよなぁ……南野クンはあんなにバスケが好きなのに……。やっぱり、親御さんの言うことをきいてバスケ辞めたんだろうか……気の毒な話だな。
 いつか、伸び伸びとバスケが出来る日が来るといいね。
(オレ、勉強しなきゃいけないから……バスケは遊びだってお母さんも言うし――)
 雨の中、そう言っていた南野クンの声が忘れられない。赤司とは正反対だ。赤司は母の詩織サンの勧めでバスケを始めたのだから。習い事のフルコースで疲れていた赤司を詩織サンが宥めようとしたのだろう。
 詩織サンには感謝だ――そして、バスケしているオレを応援している母ちゃんや兄ちゃんにも感謝だ。
 世の中にはバスケをしたくても出来ないヤツがいるんだから。紫原のことだって――あれはあいつが贅沢なんだよ、うん。
「ところで、光樹はオレにも焼き飯作ってくれるのかい?」
 征十郎はにこにこしながら言う。焼き飯は我が家の定番料理だ。
「任せてよ!」
 ついでにオレの分も作るか――お腹減って来たもんなぁ。オレは大食いなんだろうか。それとも、まだ体の方は成長期なんだろうか。オレは赤司達より背が低いから、もっとでかくなりたいなぁ。
 征一郎のヤツ、結構買って来たな。だが、ここでは助かる。
 オレは慣れた手つきで手を動かす。やがて、香ばしい匂いが漂って来た。オレも結構やるでないの。
 こういう自信がついたのは、赤司達のおかげなんだけどね。
「愛妻料理か――」
 征十郎が変なことを言ったような気がするけど、聞かなかったことにする。
「お待たせっ!」
「おお、これは美味しそうだ。光樹の焼き飯は飽きが来ないからな……」
「えへ……」
「オレもレシピ見て作ったんだけど、手順は同じなのに、どうしても光樹と同じ味が出ないんだよな」
 それは褒め過ぎだよ……征十郎……。
「征十郎はご飯食べて来なかったの?」
「来なかったね。早く家に帰りたかったから。オレが何か作ろうと思ってたけど、光樹の焼き飯の方がいいね」
 そう言って、征十郎は「いただきます」と言ってから、上品にスプーンですくった分を口に運ぶ。
「ああ……美味しい……」
「えへへ。ありがと……」
「おや、それは?」
「オレの分。腹減っちゃってさ。太るかな」
 ダイエットなんか考えたことなかったけど、太るとバスケに支障が出て来るかな、なんて考えたりもしてんだ。今日はいっぱい運動したけどさ。ミニバスチームの皆と。でも、食べ過ぎで動きが鈍くなるのは嫌だ。
「いいんだよ、キミはもう少し肉をつけた方がいい。抱いた時、思ったより細身だったんで心配になったくらいだよ。沢山食べてスタミナつけるんだね」
 う……こう言う会話は征一郎の前では出来ないなぁ……征一郎がいい顔しないから、ていう理由もあるけど、何というか……恥ずかしい……。
「征一郎は黛サンのところで役に立っているのかなぁ」
 征一郎の名前が征十郎の口から出たので、オレはドキッとした。
「ま、漫画を描く才能に関しては心配はしてないんだけどね」
 そうなんだよ、チート男。オレはバスケしか能がないけど……赤司達何でも出来るもんなぁ。漫画を描くことまで。
 だから、征一郎がアシスタントに呼ばれるんだろうけど……。
 待てよ。あの二人、いつ知り合いになったんだ?
 まぁ、荻原シゲヒロの知り合いでもあったんだから、黛サンと知り合いになったとしても、無理もないと言えば無理もないけど。
「どうしたい? 光樹。手が止まってるよ」
「――ん、そう?」
「何か悩みでもある?」
「別に、悩みと言う程のもんでもないんだけど……そういえばさ、征一郎はどんな関係で黛サンと知り合いになったの?」
「あのラノベからだ。後、オレが描いた林檎たん本」
 征十郎が林檎たんと言うのはねぇ……なかなか慣れないなぁ……。でも、征一郎は征十郎と同じ好みしてるんだな。
「黛サンに興味を持った征一郎にオレが紹介したと言う訳だ」
 なるほどねぇ……。
 赤司達は顔が広いからな。積極的な性格のせいでもあるかもしれないけれど。情報網も発達してるし。オレは、何でも出来て、どんな人とでも仲良く出来る赤司達が羨ましい。しかも、バスケはプロ級と来てる。
 でも、何も出来ないオレに、赤司達は好意的だからなぁ……ふへへ、嬉しくて笑いが止まらないよ……。
「――可愛い笑顔だな。光樹。何なら今すぐにでも押し倒したいよ」
 う……微妙な冗談言うなぁ。征十郎は……相変わらず……。でも、冗談と言い切れないところもあるからなぁ。
 電話が鳴った。
「――何だろ」
 征十郎が受話器を取った。そして、困った顔をした。
「いやぁ、それは……そのことに関しては、オレの一存では……光樹も来ていいって? ていうか、光樹にこそ来て欲しいって? メシスタントとしてですか? ――え? はい、今話します……」
「何? 何だって?」
「黛サンから。――オレと光樹にアシストに来て欲しいって……」
 黛サン……バスケはどうなった……。
「予定していた突発本、落としそうなんだって」
「落としたっていいじゃん。別に――」
「そうか……光樹は同人界にくわしくなかったんだったな……行かなきゃ行かないでもいいけど、オレは行くよ」
「待って。突発本落としたら、何か悪いことでもあるの?」
「――本を落とすことはね、結構よくあることだけど、信用に関わるんだって。黛サンは律義な人だから――」
「謝れば済むことではないの?」
「そうなんだけど、黛サン、責任感も強いから――だから、一時は黒子の代わりも果たせた訳だし……突発本も出すってネットで発表しちゃったらしいし」
「その本はいつまで?」
「――明日」
「明日?」
「――明日のイベントに間に合えばいいって」
「そっか。オレはもう、いっぱいバスケで体動かしたけど、まだ余力があるから、その、行ってもいいけど……」
「ほんとかい?!」
 征十郎がとても嬉しそうに笑った。
「はい、はい……光樹も行けるそうです。はい、はい……待っててください」
 征十郎は受話器を置いた。
「黛サン、喜んでたよ」
 そう言う征十郎も嬉しそうな顔をしていた。
「黛サンにはいっぱい世話になったから、少しずつでも返さなきゃ」
 征十郎、アンタも律義だよ。
「ちょっと急ぎたいから車で行きたいんだけど……」
「じゃあ、オレの車で行こう」
「え? オレの車じゃダメかい?」
「征十郎……お前の車で行ったらどんなに目立つか……それに、この間、フェラーリで送ってもらったし……」
 征十郎のドラテクは完璧なんだけど……オレは正直ちょっと居心地が悪かった。皆がオレ達を注目しているみたいで――自意識過剰なのかもしれないけど……。
「じゃあ、光樹の国産車で行こう。安い国産車で行くのも悪くはないかもしれないしね」
 安くて悪かったな。でも、あの赤司征十郎が、国産車で、ショーファーでもないオレの車で移動するなんて、女子学生達とかは思いも寄らないかもしれない。
 ――ま、中古車だから、確かに安いし、オレでも動かせるんだけど。
 いつか自分のお金で車買いたいなぁ……。勿論国産車! 新車を買うのが夢なんだけどなぁ……はぁ……。
 と言うことをいつだったか赤司達に話したら、
(よし、今度の誕生会には車を光樹にプレゼントしよう!)
 と言うことになって、オレは(ええ~っ?!)となってしまった。遠慮させてもらったよ、当然。
 こう言うのは自分で働いて貯めた金で買うからこそいいのさ――なんて、赤司達に言ったって通じるかどうかわからねぇよなぁ……。
 オレも赤司達にはいっぱい世話になっているからお返ししなきゃ。
「オレが運転するかい? それとも光樹」
「……オレが運転させてもらいます」
「――光樹の運転は安全運転だからね。スピードも……10キロぐらいならオーバーしても構わないのに、光樹はちゃんと決められたスピードを守るからね。真面目なんだ……偉いよ」
 そう言って、征十郎はオレの頭を撫でる。う……子供扱い……というか、わんこ扱いしないで欲しいな。わんこは車なんて運転できないけど。あ、アニメとかだったら別だけど。
 オレは、運転をさせていただくことに……いや、運転をすることになった。窓を開けると春風の匂いがする。今はこの辺はあまり車も通っていない。まぁ、数台は通り過ぎたけど。
 そして――黛サン家に着いた。征十郎がチャイムを押す。黛サンがガチャっと扉を開けた。
「赤司、降旗、来てくれて助かった!」
 黛サンの洋服には一点のシミもなかった。そっか。今はデジタルが主流だもんな。ただ、顔にちょっと疲れが出ているような気がする。けれど、声はいつもの通りの黛サンだ。
 オレは軽食作る係……というか、メシスタントかなぁ、なんて気軽に考えていると――黛サンが言った。早速だが、降旗にはアップルハニーを描いて欲しい、と。ええっ?! オレにも仕事あんの?!

後書き
アップルハニーは私が作ったキャラです。
降旗クンが描いたのを見てみたいよ、ほんと。無理なのは承知で。
2020.09.05

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