ドアを開けると赤司様がいました 174

 部屋の中には焼き飯の匂いがまだ残っている。そういや、換気扇回すの忘れてたなー……あ、青峰と話してたんだった。
『聞いてんのか? フリ――』
「うんと、そのう、まぁ……」
「誰から?」
 オレが及び腰なのを不審に思ったのか、南野クンが訊く。
「青峰からだ」
「――青峰って、あの青峰大輝さんですか?!」
 南野クンの顔がぱっと輝いた。
「オレ、ファンなんですよ!」
「じゃあ、喋る? ――はい」
 オレは、南野クンに受話器を渡した。南野クンは頬を紅潮させながら受話器を受け取ると、何事かを青峰と話している。まぁ、聞いてる分には、ただのバスケ談義だ。南野クンは幼いながらもバスケには一家言ありそうだからな――。
 おっと、小学六年生で、もう中学生にもなる南野クンを幼いと言っちゃ失礼か。
 でも、南野クンは素直で礼儀正しくて――。こういう時期がキセキにもあったのだろうか……。
 いや、なかったろうな。……キセキって変なヤツらばっかだもん。
 あ、でも……赤司だったらこういう時期があったとしてもおかしくないって気はするな。オレが南野クンが好きなのは、きっと赤司に似ているからだ。どちらかと言うと、征十郎に似てるかな。
 黒子だったら……黒子も礼儀正しくて優しいヤツだよな。ちょっと無茶するところはあるけど。
(黒子は案外正義感が強いよ)
 そう言って、征十郎が笑ってたことがあった。オレは当然と思って聞き流していたのだが――。
 黒子のバスケって、NBAで通用するんだろうか。
 そりゃ、Jabberwockを負かすことは出来たけど、あれだってすげぇ僅差だもんな。
 それに――NBAの選手をきりきり舞いさせたって……結局あいつらNBA選手じゃねぇもん。
 八村選手だって苦労してるみたいだし、バスケに関しては日本はまだ後進国なんだよな……。南野クンがけらけら笑っている。青峰のヤツは、本人はどう思っているかしらないが、意外と子供に好かれる質らしい。
 ……青峰って、怖い顔してるんだけどな。
 でも、一旦気性を飲み込んでしまったら、これ程付き合いやすいヤツもいねぇ訳で――。
 そこが子供達からも人気があるところだろう。肌が浅黒くてかっこいいしな。あの青い髪は地毛なんだろうか。
 まぁ、キセキのヤツら、皆カラフルな髪の色してるもんな――。
 にしても、南野クンたら、オレといる時より楽しそうだな。――ちぇっ。
 いいけどさ。青峰って結構アホだぜ。ザリガニ取ってロブスターにしようとするようなヤツだからな。火神もそこまで馬鹿ではなかった気がする。帰国子女のくせに英語の点数が振るわなかった火神だけど。
 あ、そうだ。食器洗おう。
 オレは台所に立つ。洗剤の良い香りがする。勿論、地球に優しい洗剤使ってるぜ。エコだろ、エコ。ちょっとお高いけどさ。
 キミはすぐ値段のことを言うから――って、赤司に言われたことがある。どうせ貧乏人だよ。オレは。ふん。
 でも、必要な時にお金を使うのは決して悪いことではないと思う。
 洗剤を流し終わった後、オレは食器を拭いた。ふう。綺麗になった。南野クンはまだ喋っている。南野クンはお客様だから、手伝わせる訳にはいかないよな。
 ……ちょっと、寂しかったりして。
 征十郎だの征一郎だのがいる時はヤツらがあんまり規格外のことするんで寂しさなんて感じる余裕なんてなかったけど――。
 何だろう。この気持ち。南野クンを青峰に取られたようで……こう言うのをジェラシーと言うのかな。でも、南野クンに恋愛感情を抱いている訳では断じてない。そりゃ、南野クンは顔立ちも整っているし、いい子なんだが――。
 それに、南野クンに青峰と話すよう促したのはこのオレ自身だし。でも、まさかこんなに楽しそうに打ち解けるとはな。青峰が意外と子供に好かれていたのは知っていたが。
「あ、はーい」
 南野クンがこちらを振り向く。
「降旗さん、電話代わってだって」
「――ん。ありがと」
「礼を言うのはオレの方です。青峰さんと話せて嬉しかった……青峰さんと話す機会を作ってくれてありがとうございます」
 う……南野クンが眩しい……オレは大人げなかったぜ……。
 それにしても青峰のヤツ、何だろ。確か、(あんな技いつの間に身に着けた?)みたいな話だったような――。
「あ、電話代わりました」
『んだよ。オレらダチなんだからけーご使わなくてもいいだろ?』
 青峰大輝のダチか……悪い気はしないな。だって、青峰強面だけどいいとこあるし。
「そうなんだけどね……あ、家出の問題は解決した?」
『……あー、まぁ、一応な。それよりフリ、お前、ゾーンの扉開けただろ』
「そ……そんな大袈裟な……オレはいつも通りやってただけで……」
『ゾーンに選ばれた者か……お前、結構大変なヤツかもしんねーぞ。第一印象と違って』
「えー? 選ばれたのは赤司達の方でしょ」
『その赤司どもにも選ばれたじゃねーか。オマエはよ』
「うーん……」
 赤司達がオレに向けてくれる愛情は本物だと思う。けど、どこかで疑っている自分がいる。オレは、素直な質ではない。むしろ、
(これは何という災難なんだ――)
 と、思う方で……。
『フリ、フリ、どうした、おーい……』
「あのさ、青峰、オレ、そんな大したヤツじゃねぇよ――」
『謙遜すんなって……ちっ、こいつの場合は謙遜でねぇから困るよな……』
 つか、青峰って謙遜なんて言葉、知ってたんだ。オレは、青峰に対して失礼なことを考える。南野クンの方に視線を遣ると、南野クンはほけっとしていた。口を開けたまま、天井に目を遣っていて、そんな南野クンを見てオレは、この少年は何考えているんだろうと思った。
 一躍有名になったキセキ。そのキセキの一人、青峰大輝と話しちゃったもんだから、感激で何も言えないのだろうか。
 でも、赤司にはそんなに感動してなかったようだな。南野クン。――赤司の方が凄いのに。
 あれ? オレ、赤司の肩持ってないか――?
 で、でも、赤司の方が凄いのは紛れもない事実だし……。
 まぁ、ただ、赤司は人をリラックスさせる術に長けてるからな。日向サンだって、
(あいつには心読まれてしかも優しくフォローされた)
 ――って、言ってたもんな。それに……征一郎はともかく、征十郎は確かに人を安心させる。だから……オレなんかから見れば、征十郎の方がよっぽど怖いけどねぇ……。
『フリー。聞いてんのかよ、てめー』
「そうだな、全然聞いてなかったけど?」
 オレだって、青峰とこんなに軽口が叩けるようになった。青峰が、かははっと笑った。
『良かったな。フリ。明るくなって』
「えー、そうかなぁ……」
『おう。前におめーが赤司と向き合った時は、可哀想なくらい震えてたもんな――』
「ああ……」
 でも、それも、もう遠い記憶となってしまっている。オレ、赤司の前で動けなかったもんな――。
 赤司が二重人格だなんて知らなかったけど。しかも、もう一人の人格が肉体纏って動けるようになったなんて、こりゃ完全に人外だよな。――なんて言ったら征一郎に怒られるかな。
『あの時は赤司が怖かったね』
「オレにしてみりゃ、おめーも十分こえぇよ」
 ――何でだろう。よくそう言われるけど、意味がわからない。
『テツもこえぇしな』
「黒子がぁ?」
 オレはつい間の抜けた声を出してしまった。
「……だって、あいつ、ぜってぇ怖い物ねぇぜ」
 黒子に怖い物なんて……あ、そう言えば全然思いつかない! 考えてみれば、ウスいというだけで、黒子は特に、暗くも気が弱くもなかった。
 かえって、熱血漢なところがあったよなぁ。自分のウスさ利用して、伝説のパン買って来たり、カントクのポイズンクッキングから逃れたり――。
 すりーよ、黒子、オマエはずるい!
 あの赤司達ですら、一目置いてるところがあるもんな。
 でも、黒子はいいヤツだから、嫌いになんてなれねぇんだよな。年上には礼儀正しく、同級生や後輩には優しくて――。
 そんな黒子でも怒る時は怒るけど――。んで、あいつは怒るととんでもない無茶をするけれど。赤司達からオマエのことはちゃんと聞いてんだからな。ネタは上がってんだぜ。黒子。
「うん。考えてみれば、黒子も怖い」
『――だろ?』
「それに、桃井サンによく抱き着かれて、死ねばいい、と思った」
『気持ちはわかるが、そんなこと言ったら、てめぇが赤司に殺されんぞ。愛の心中とか言ってな』
「そんなこと――」
 ないとも限らないか……あの赤司だもんな……。征十郎は紳士だけど、怒ると征一郎より怖いと思う。
『さつきは美人だし、胸もでけぇから、外見だけなら圏内だけどよぉ……料理の腕がな……』
「あ、火神は料理上手いよ」
『食ったことあんのか?! てめー……! ちきしょー! 羨ましいぜ! 火神の手料理! あー、死ぬ前に一度でいいから食ってみてぇぜ……オレ、好き嫌いはねぇしよ。ゴーヤ以外はな』
 死ぬ前にって、何を大袈裟な……やっぱりアンタも桃井サンに似てるとこあんだな。青峰……とオレは思った。でも、ほんとに旨かったもんな……ただ野菜炒めたものだけでも……黒子はゆで卵が得意だそうだから、火神と黒子もメシ関係は大丈夫そうだな。

後書き
ゆで卵ねぇ……黒子クンは得意料理からして地味ですね(笑)。
火神クンと黒子クンとなら、食いっぱぐれることはなさそうです。
2020.08.24

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