ドアを開けると赤司様がいました 173

「光樹、『業務用スーパーの食材は当たり外れが大きい』と征十郎が言っていたから、普通のスーパーで買い物して来たよ」
 そういえば、征一郎は業務用のスーパーに行くって言っていたっけ。
 ――助かった。今回は特に。南野クンがいたからね。あまり不味い料理は出したくない。
「でも、天帝の眼で当たりを探しても良かったんだけどね」
 ああ、その手があったか――。

「焼き飯を食べ終わったら、僕は黛サンのところへ行くよ」
 征一郎がそう言った。
「黛サン?」
 南野クンが首を傾げる。静かな午後だった。雨の音以外は。さっきまで、ガチャガチャしてたのが嘘みたいに。――騒音の源は主にオレだけど。
 焼き飯のいい匂いが辺りに漂う。オレはそれを皿に盛って運ぶ。
「黛サンは同人活動やってる人だよ」
「本当?!」
 征一郎の言葉に、南野クンが目をきらきらさせた。
「オレのおじいちゃんも、同人活動やってるんです。俳句とか。オレも俳句は詠むけど、おじいちゃんのようになかなか上手くはいかなくて――あ、征一郎さんだったら、俳句のコツ知ってますか?」
 それを聞いて、オレは苦笑いをした。南野クンは純粋だ。――本当のことを言うわけにはいかないな。こりゃ。征一郎も同じような意見だったらしい。
「まぁ、ちょっと、俳句の同人とは違うんだけどな……」
「――征一郎さんて、いい人ですね。話も面白いし、オレ、好きになりましたよ」
「ありがとう。柚子茶でも淹れてくるよ」
 征一郎が、柚子茶を淹れた湯呑みを差し出した。
「わぁ、いい匂い」
「まぁ、市販のだけど――」
「いただきまーす」
 その後、南野クンは、美味しい!とした舌鼓を打った。そういえば、オレ達が南野クン達に柚子あげたこともあったっけ。だけど、今はそれよりも、早く、あのこと話さないとな……。
「あのね、南野クン、話があるんだけど……」
「何ですか? あ、焼き飯美味しいです」
「ああ……ありがと」
 ――そして、オレは後を続けた。
「……オレ――いや、オレ達、近いうちにアメリカに行くかもしれない」
「アメリカに知り合いでもいるんですか?」
「まぁね……でも、理由はそれだけじゃないんだ」
「――何でしょう」
 そう言って、南野クンはご飯をごくんと飲み込む。
「オレ達、NBAの選手を目指してるんだ」
 ほんと言うと、赤司達にはその資格はあるけれど、オレなんか実力なんててんでないと思う――と言ったら、黒子に怒られるかな。黒子のヤツ、バスケをやるのに資格なんてないって、言ったらしいからな。ナッシュに。――征十郎から聞いた話なんだが。
 それを聞いた時、オレは溜飲が下がったね。あの性格悪いナッシュのチーム――Jabberwockに黒子達が勝ったところをオレは見たんだから、ますます痛快だった。赤司も大活躍したしな。
 というか、赤司は大活躍だったもんな。二人の性格が統合されて、力も合わさって――。
 征十郎と征一郎は、あの時の能力を二人とも持っている。征十郎の力も、征一郎の力も――。チート男が二人いる……!
「NBA?!」
 南野クンが驚きの声を上げる。まぁ、そりゃそうだろうな。オレみたいなヘタレが、NBA目指すなんてなぁ……いくら何でも高みを目指し過ぎか……。
「で、でも、目標は高い方がいいって言うし――」
 オレはちょっとテンパりながら喋る。
「降旗さんだったら、きっと出来ます!」
 ――え、ええっ?!
「ねぇ、南野クンだっけ? 君もそう思うだろう?」
 征一郎が隣に座っている南野クンの頭を撫でながら言う。
「はい! オレ、赤司さん達や降旗さんなら、立派なNBAプレイヤーになれると思います」
 模範解答だね、南野クン。でも、嬉しいよ……。
「南野クン――僕はね、光樹と征十郎と同じチームでプレイしたいんだ。アメリカのバスケ界でも」
「え……?」
 南野クンは当惑したような声を出した。そりゃそうだよなぁ……。単独でNBAならまだしも、三人組でNBAに行くのは、なぁ。オレだってそんなケース、聞いたことないぜ。
「それは……難しいような気がします……」
 だよね、難しいよね。流石南野クン。やっぱりしっかり現実見てんな。――南野クンがにっこり笑った。
「でも、降旗さん達になら、出来ると思います」
 南野クンもやっぱり子供だったか……。でも、小学生……いや、中学生であんまり冷めているのもちょっとな……。
「まぁ、険しい道なことはわかってるよ。でもね、僕達は三位一体だから」
「三位一体……」
 南野クンが征一郎の言葉を繰り返す。オレも――出来ることなら赤司達と同じチームで、赤司達をアシストしたいよ……。
 でも、オレに対するスカウトの数が、それが絶望的なことを物語っている。だって0だもん。
「光樹のことは……正直ながらフロックだと見做すヤツが多い」
 やっぱり……。
「でも、頑張ろうな。めげるんじゃないぞ。光樹」
「わかってますって」
「見る目のある人にとっちゃ、キミは面白い人材なんだから」
 面白い、ね……上手いとかかっこいいとかじゃない訳か。
「それに……僕の他のキセキの連中にも目をつけている人はいる。やはりJabberwock戦は大きかったな。ナッシュ達はNBAバスケ選手をきりきり舞いさせたんだから――」
 そのJabberwockに勝った赤司達はすげぇよ。黄瀬も青峰も緑間も――紫原も。
 やっぱりあいつら人間じゃねぇや。人外だよ……。
 オレは、ま、結婚して巣に収まって平凡に生きるんだろうなって漠然と予感してたのに、赤司達が現れて、運命が変わって――。
 ドアを開けたら赤司がいて――そこから、平凡な平凡でない日常が始まったのだ。
「ご馳走様。食器洗ったら僕はもう行くから」
「黛サンに宜しく~」
 オレは、部屋を立ち去る征一郎を見送った。
 さてと、これからどうするかだなぁ……南野クンはスマホやってるし。相手してくれなきゃ寂しいじゃんかよぉ。
 ――て泣きつく程オレも子供じゃないもんで。南野クンは中学生になるならずなんだし、そんな少年に慰め求めちゃ大人としての沽券に関わるからな――。
「見てください! 降旗さん!」
 ――ん? あ、これ、オレじゃん。オレが今まさにダンクシュートの見本を見せるところ……?
 もしかして南野クン、これ見ててくれたの――? 恥ずかしいな。あの頃の記憶は抜けてんだ。オレは……無意識のうちでやっちゃってたから。水底にいた時のようなあの感覚――。
 オレは、あの時、何かを掴んだ感触を覚えた。
 オレも――ゾーンへの扉開くことが出来たかな。青峰がよく言ってたことだけどな。ゾーンには扉があるって。
 火神がゾーンに目覚めた時も、あまりの獰猛さに手がつけられなかったもんな。――相手チームが。
 オレは、ふわっと宙に浮いていた。
 ――嘘だろ?!
 だって、このオレが、このチワワの降旗光樹がこんな動き出来る訳がない。
「これは……別人じゃねぇの?」
 或いは合成か。でも、合成する意味がわかんねーしな……。
「何言ってるんですか! 降旗さん!」
 南野クンが熱を込めて言った。
「これは正真正銘、降旗さんの実力ですよ」
 そうか。だとしたら――あいつらのおかげとしか思えない。高校生の頃からチート男だったあの赤司――。
「あのね。オレは、自分一人だけで何とかやろうとしたら、きっと何にも出来ないまま終わってたよ。オレを高めてくれたのは……赤司達だよ」
「へぇ……」
 南野クンは相変わらずスマホに熱中している。
 赤司――。オレ、アンタに感謝してるよ。アンタらのおかげでオレは、ゾーンにすら入れるようになったんだ。氷室サンは、結局ダメみたいだったけど――。で、でも、オレですらゾーンに入れたんだ。氷室サンだってきっと……。 電話が鳴った。
「あ、待ってね」
 オレは受話器を取る。
『おらー、フリー!』
 受話器の向こうから銅鑼声が響いた。――青峰大輝だ。青峰が、ふん、と鼻を鳴らすのが聴こえる。……もしかして、笑った?
『んだよ、あの動画……いつの間にあんな技身に着けやがってよぉ……』

後書き
降旗クンに赤司達。三位一体。
青峰クンから電話があったけど――?
2020.08.21

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