ドアを開けると赤司様がいました 171

 そういえば、味噌のいい香りが漂っている。――あ……。
「ありがとう、征一郎」
 征十郎が征一郎に礼を言った。オレが言おうと思ってたのに……。味噌汁、確かもう食べれる状態のはず。オレ達の分も取っておいたから。冷蔵庫に味噌汁入れた時、征十郎が言っていた。
(ちょっと作り過ぎちゃったね)
 そして、ふわっと笑ったので、オレはつい見惚れてしまった。本当に綺麗に微笑むんだもんな、あいつ……。
 怒るとすげぇ怖いくせして――。
「食べようか。光樹」
「うん」
「ああ、それから、冷蔵庫、もう既に殆ど空っぽだぞ」
「そうだね……早く買い物行かないと」
「僕が買って来るよ」
 征一郎が言ってくれた。
「征十郎は大学だし、光樹はバイトだろう?」
「ああ……うん……征一郎……そのう……いろいろありがとう」
 オレも征一郎に礼を言った。征一郎がふわりと微笑む。その笑みがとても――征十郎にそっくりだった。流石同一人物。
「さ、早く食べよう。光樹も席について。おかずは何品か足しておいたぞ」
 うーん、征一郎にも世話になったな、オレ達……。征十郎が手を合わせた。
「さてと、いただきます」

「コーヒー飲んで行かないかい? 光樹」
「のんびりしてたら遅刻しちゃうよ」
「そうだね。征一郎。途中まで一緒に行かないかい? どうせスーパーは通り道だし」
「頼む。帰りはバスで帰るよ」
 ――タクシーで帰ると言わないようになっただけ、征一郎も経済観念がしっかりして来たな。良かった良かった。赤司達はお金持ちの坊ちゃんなだけあって、性格は几帳面なんだけど、どうも、湯水のように金を使ってたんで……。
「業務用スーパーまで頼むよ」
 本当に、立派になって……。オレはちょっと涙が滲んできた。……こんなことでは泣かないけど。
「いいのかい? ちょっと遠いよ」
「ああ。そこで味噌とか買ったら、いろいろあちこち寄るから。醤油はこの間買って来たからね。光樹と」
「うん……」
 あの時は、征一郎が消えると聞かされたのでショックを受けた。今は、もう笑い話だけどね。――クロコとカガミが力になってくれた。オレ達の神様。征一郎も、目に見えて元気になった。
 ――まぁ、昨日は疲れてたみたいだけど。
 そういや、征一郎に詳しい話聞くの忘れてたな。……後で訊こう。いろいろあって紛れるかもしれないけれど、それならそれで。
「光樹! 子供達に宜しくね!」
「わかった!」
 征十郎は意外と子供が好きなのだ。ミニバスチームの子供達はいい子が多いしね。……オレはふふっと笑った。
 赤司達の乗った車が走って行くのをオレは見送る。前言撤回かな。赤司達の乗ってるのは外車だもんなぁ。しかも、地球の環境に良いのかどうかもわからない。今時は外車も環境問題に気をつけているということだが。
 やっぱりオレは国産車を選ぶね。今回は走って行くけど。
 オレはたっと駆け出した。やがて、大栄ミニバスチームが使っている体育館のある施設が見えてくる。
 ふう……いい運動になった。東京は空気が汚れているから、体の為にいいかどうかはちょっとわからないんだけどね……。でも、地方に引っ越すなんて今更だし、こっちにも友達多いから。
 ――なんか、一雨来そうだな……空がゴロゴロ鳴ってる……。
 オレも車で来れば良かったか……自分の車は持ってるし。
 それよりも、バスケだ、バスケ。コートに行くと、子供達がきらきらした瞳で待っていた。
「おはようございまーす。光樹お兄ちゃん」
「ああ、おはよう」
 やっぱり子供は可愛いなぁ。――って、何だよ。しがみついてる子もいる。
「重いよ」
「へへっ」
 この子は水野くんだ。――ミニバスチームの子供達の名前は全員覚えている。今日も宜しく!
「おはよう、降旗クン」
 小笠原コーチが挨拶をしてくれた。
「ねぇ、ダンク教えて!」
「うーん、キミにはちょっと早いかな。……ダンクも日頃の努力の成果と言うことを、キミ達も知ってるだろう」
 小笠原コーチは流石大人で、いいことを言ってくれる。
 オレも、こんな大人になれるかな。子供達のお手本となるような大人に。
「こんにちは~」
 あれ? 何か……女の人が数人ぞろぞろと……若い人や、年配と呼ばれる方まで様々だ。子供達も集まって来る。
「あのう……何ですか? これ」
 オレはつい指さしてしまった。
「降旗クン……キミ、スターの自覚ないね」
「は?」
「この方達は全員、キミを見に来た人達だよ。――いや、正確に言うと、キミのダンクを見たい人達かな。という訳で、頑張るんだよ」
 ええーっ?! ほんとかい?!
 オレ、目立つのイヤだなぁ。……それに、ちょっとブランクが開いてしまったし。こう言うのは一日でもサボるとダメなのだ。
 赤司達……力を貸してくれ……。
 オレは、離れている赤司達に向かって祈った。昨日のことは、オレが決めたことだから、赤司達には何の責任もないことだけど――赤司達のことを考えるとほっとするし。
 それは、赤司達が本物の理力を持っていると言うことだろう。違うかな。
 今は……ダンクを成功させることだけを考える。
 だって、せっかく来てくれたのに、手ぶらで返しちゃ可哀想じゃないか。それに……失敗したらオレだって恥かくし。
 恥はどうでもいいんだ。数年前のウィンター・カップの時にイヤと言う程弱さを見せつけてしまった。あの赤司にも。――あの時のことは、思い出すたび穴があったら入りたくなるぜ……。
 でも、今は、赤司達はオレを同等に扱ってくれる。まぁ――ちょっと世話焼き過ぎじゃないか、と思うことはあるけどさ。赤司達にはオレも随分可愛がられている。まるで弟のように。
 ――オレの方が生まれた時期は早いんだけどな。
「と言う訳で、はい」
 小笠原コーチがバスケットボールを差し出した。
「キミのダンク、私も見たいんだが」
「――その前に着替えてきます!」
 ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。内容は、バスケのこと、子供達のこと――そして、オレのダンクのこと。この人達、ミニバスの選手達のお母さんだな。
 ちょっと落ち着こう。オレは更衣室を借りた。
 ……そして、深呼吸をする。外では雨がしとしと降っていて、気のせいか湿っぽい匂いもする。けれど、こんな日も悪くない。――オレは雨の日も好きなんだ。けれど……雷が落ちて来なきゃいいな……。
 赤司……。
 オレは、赤司の作ったリストバンドを見る。これは何よりの宝物だ。お守りみたいなもんだ。
 赤司達……オレを助けてください。
 何だか、有山と戦った時より緊張する。一度、ミニバスチームで見せたオレのあのダンクは――まぐれみたいなもんだ。あんなダンクは二度と出来ないだろう……。
 いやいや。そんな考えは振り払ってしまえ。光樹よ――例えまぐれでも、一度は会心のダンクシュートが出来たんだ。今度もまた出来る……んじゃないかな。運頼みだけど。
 でも、そんなオレは有山から、バスケに打ち込むきっかけを与えてくれたって言われたじゃないか。
 あの時、オレは、とても嬉しかった。
 力が及ばなくても――とにかく全力でやろう。
(降旗クンて、真面目よね。どこまでも普通なのが素晴らしいわ)
 カントクもそう言ってくれたっけ。ここの古谷監督でなく、誠凛の相田監督のことだけど。
(光樹はそのままでいいんだ)
 赤司も確かそう言ってくれたような気がする。いつ、どこのどんな赤司だったか忘れたけど。
 うん、そうだね。――いっちょ、やったるか。失敗して苦笑されたって、そん時はそん時だ。ミニバスチームのバイトが終わったら、今日は練習みっちりやろう。
 オレは動きやすいTシャツに着替えた。そして、更衣室を出る。――南野クンが、笑顔で立っていた。
「南野クン!」
 今日は来ないかと思ってたのに――嬉しいぜ。オレ、南野クンのことが好きだもんなぁ。
「OBも来ていいと言われましたから」
「ああ、いや、来てくれて嬉しいよ……ありがとう」
「それに……降旗さんが緊張されてもオレ困るし――」
 そっか。オレのことが心配で来てくれたんだな。……いい子だよ。本当に。でも、ちょっとプレッシャーはあるけどね。
 ……そのプレッシャーが心地いいだなんて、オレもマゾかな。赤司達に知らぬ間に調教されたんじゃねぇか? そう考えると、オレは自分が本当にチワワのような気がしてちょっと凹むんだけど。
 オレは、小笠原コーチからボールを渡された。赤司……。オレの心の中には、それしかなかった。

後書き
征一郎くんもエンゲル係数考えるようになったんだね。
オリキャラの南野クンも私のお気に入りのキャラです。
2020.08.15

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