ドアを開けると赤司様がいました 170

 ……電話が鳴った。また征臣サンからかな。
 材料を切っている征十郎の傍を通り抜けて、オレは受話器を取った。その途端――。
『降旗! この大馬鹿!』
 という怒声が飛んできた。有山の声だ。
『人がせっかくバスケに打ち込もうとしているところなのに、そのきっかけとなったお前がバスケ部休んでどうすんだよ!』
 そう言われてもなぁ……オレにだっていろいろ事情というものがあるし……それに今は春休みだし。
「ごめん……同居人が大事な時期なんだ」
『あ? 受験でも控えてんのかよ』
「そう言う訳じゃないんだけど……」
『ああ、そうだったな。お前、赤司と一緒に住んでるんだったな。――今日は仕方ねぇ。でも、後で顔出せよ』
「うん、わかった」
『オレだってせっかくお前のおかげでやる気になってたのに……』
 そうだったのか……。休んでしまって悪いことしてしまったかな。オレは、どうしてもそう考えてしまう。上手く行ったら他人のおかげ。下手をうったら自分の責任。カントクが前に言っていた。
(降旗君……何でもしょいこまない方がいいと思うわよ)
 ――何でもしょいこむ性分なのは黒子の方だと思うけどな……。
『宮園も気にしていたぜ。用事はそれだけだ。じゃあな』
 向こうから勝手に電話を切ってしまった。
 有山の一言がオレには嬉しかった。オレは待たれている。大学のバスケ部に。有山や、宮園先生に――でも……オレはいつか、アメリカに渡るかもしれない。赤司達と一緒に。
 その時は、大学には何て言ったらいいのだろう。
 征一郎には戸籍が必要で、それは今日明日のことじゃないにしても――。
 味噌の香りがたって来た。じゃがいもと油あげの味噌汁だ。何と言うこともない料理だけど、赤司達がえらく気に入ってしまって――。今日の料理はただの総菜だが、その総菜をご馳走に変えてしいまう魔法を赤司達は持っていた。
 それに……総菜は飽きない。
 総菜料理を作るのはうちの母ちゃんのとくいなことでもある。でも、赤司達の旨くって――。
 オレは、なんて幸せ者なんだろうな……。
 オレの身を案じてくれる友達がいて、オレを大事にしてくれる同居人(恋人?)がいて。
 そういや、2号元気だったかな。後で黒子に確かめてみようっと。
「出来だよ」
 征十郎は手際がいい。オレがもたもたしている間に、必要なおかずを作ってしまった。時間の使い方が上手いというのが、赤司達の自慢だからな。――いいなぁ。オレも真似してみたいよ。
「早いね。征十郎」
「うん、まぁ……ここに一年もいれば、自炊にも慣れて来たよ」
「はぁ……」
 でも、征十郎はもともと料理も上手かった気がする。チート男め……と思う気持ちもない訳ではないけれど……。
 ――征十郎のスマホが鳴った。食堂の机の上におきっぱにしてあったのだ。
「征一郎からだ。今から帰るって」
「でも、味噌汁とか冷めてしまうんじゃ……」
「そうだね。でも、あっためなおせばいいと思うよ」
「うん……」
 でも、味噌汁ってのは作り立てが美味しいんだよな。――赤司達の作った味噌汁なら冷めても美味しいけど。赤司達は二人とも、女だったら良妻賢母になっていたと思う。
 まぁ、男であっても充分、何でも出来る王子様だけどな。
 その王子様が何でオレに目をつけたのかは知らない。弱過ぎて、保護欲そそったんだろうか――昔、そう言っていたクラスメートがいた。
(降旗ってさぁ……弱くってほっとけないんだよな)
 弱くて悪かったな、とその時は思ったが、表立って反抗は出来なかった。そのクラスメートの言う通りだと、心のどこかでは思っていたのかもしれない。他のヤツらも、まぁまぁ似たようなものだろう。
 違うと言ってくれたのはカントクと――そして、赤司だけだった。
 ――赤司は一旦はオレの弱そうな外見に騙されてくれたのだが、高校で二年目のウィンター・カップの時からはオレはもう既にマークされていた。
 黒子と火神、それにルーキー達のおかげで辛くも勝利をもぎ取ったんだけど……。
 黒子はやっぱり別格だよな。
「食べないかい? 光樹」
「ん……征一郎は待たなくていいの?」
「征一郎は今頃こっちに向かってる途中だよ。安心していい。それに、征一郎が戸籍などの問題で何か悩んでいることがあれば聞いてあげればいいから――冷めないうちに食べようよ」
「う……そう言えば腹減った……」
「だろ? オレ達はまだまだ伸び盛りなんだ。何と言っても、まだ十代だしな」
「ギリギリ……だけどな」
 そう、オレは今年二十歳になる。征一郎は……えーと、征一郎の誕生日はふたつあるんだよな。征十郎が生まれた日と、征一郎が自力で現れた日と。
 征一郎が現れたのは確か二月……。二月の末頃だったな……。
「征十郎。征一郎が現れたのって、いつだった?」
「何だい、光樹。もう忘れたのかい? 二月二十五日だよ」
 そうだ。春が近くなって、やけに天気が良かった日のことだ。
「来年は、その日も祝おうね」
「おう。きっと征一郎も喜ぶな」
 ――オレも征一郎の喜ぶ顔が見たい。征十郎はくすっと笑った。な……何だよ……。
「このこと、話してもいいかい? 光樹も征一郎の誕生日を心待ちにしていること。そして――征一郎の誕生を祝福していること」
「えー、恥ずかしいから秘密にしておいてくんないかなぁ……」
「わかったよ。可愛いなぁ、光樹は」
 赤司達はオレを可愛い、可愛いと言い、座敷犬みたく扱っている。――それにさしたる不満はないが……いや、やっぱり不満はあるな。オレの心の中の男の部分がそうさせる。
 ――降旗光樹。オマエ、このままで本当に幸せなのか、と。
 大抵の場合は、「幸せだ」と答えることが出来るが、今のように心に迷いがあると……オレは箸を止める。
「光樹……?」
 征十郎が首を傾げる。――その時だった。アパートのチャイムが鳴ったのは。きっと征一郎だ。
「やぁ……ただいま、征十郎。光樹……」
 征一郎は疲れているようだった。
「あ、ご飯出来てるけど……?」
「悪い、少し疲れた。着替えたら――寝る」
 珍しい。規則正しい生活を送っている征一郎が、風呂も入らずに寝るだなんて……。まぁ、夜更かしすることもあるけど。
「ああ、シャワーぐらいは浴びようかな」
 ……やっぱりいつもの征一郎だ。
「明日はバイトだろう? 光樹」
「そうだね。土曜日だから」
「僕が送って行ってやろうか?」
「いえ――遠慮するっス」
 征一郎の申し出をオレは即座に断った。オレにも車がない訳じゃないし――それに、赤司達の車って外車だからやけに目立つし……ミニバスチームの皆は大喜びするかもしれないけれど。
 ミニバスチームには一人車キチがいて、この車はどこどこの会社で作られた何年製のものだ……なんて言い当ててしまうんだ。国産車にも勿論詳しい。
 征一郎がシャワーを浴びに行った。
「あいつの話も聞きたかったのにな……」
「明日にしたら?」
「そうだな。――いや、明日はオレも忙しいんだった。大学のことで」
 まだ春休みなのに大変だな。征十郎。――いや、オレだってバイトがあるけどさ。あれは楽しいから……。
 シャワーだけだからすぐに終わるかと思ったのに、結局、征一郎は三十分ぐらい時間をかけて、出た。
「それじゃ、おやすみ」
 征一郎は部屋に引っ込んでしまった。オレは征十郎と顔を見合わせた。
「どうする? 光樹。征一郎がいないんじゃ起きててもつまらないだろう。テレビでも観るかい?」
「いや、もうテレビはいいや。オレも風呂入って寝るよ」
「オレも後で入るよ。それじゃ、おやすみなさい」
 そして――オレの短いようで長い一日は終わった。オレはバスケットボールを抱いて眠った。

「……おはよう」
 テーブルには赤司が座っていた。征十郎? 征一郎? どっちだろう……目を開かなかったり、喋ったりしてくれないとわからない。赤司は目を閉じたまま、昨日の残り物を堪能していた。
「……赤司?」
 オレは赤司に声をかけた。ぱちっと赤司が目を開く。――ああ、征一郎か。オレはちょっとほっとした。
「おはよう。――やぁ、征一郎。昨日の食べてくれたのか?」
「ああ、味噌汁も温めておいてやったぞ。冷蔵庫に保存してくれていたから、美味しいままだったな」

後書き
オリキャラの有山クンも降旗クンが心配なようです。
味噌汁ちゃんと、保存してたんだね。多分、征十郎クンが。
2020.08.13

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