ドアを開けると赤司様がいました 17

 前回までの続き。
 オレは、不注意で赤司に窘められた。まぁ、オレが悪かったからね。でも、そんなに嫌でなかったのは、赤司の表情が穏やかだったせいだろう。
「さぁ、説教終わり! 外に出ようか、光樹。いいとこ見つけたんだ」
「……うん」

 土臭い、埃っぽい匂いがする。そんな匂いがオレは結構好きなんだ。
「ここだよ」
 見ると、大樹が雄々しく立っていた。すげぇなぁ。樹齢何年なんだろう。
「ほんと、いいとこだね」
「ここでなら勉強も捗りそうだろう?」
 ああ、それで参考書とか筆記用具とかも持って来いと言ったのか――。
 赤司って、オレのことよく面倒見てくれているよな。まめまめしいというか――。オレは赤司より一ヶ月ぐらい先に生まれたのに、情けないから。こういうのは年齢ではないとわかってはいても。
「ほら、深呼吸してごらん。緑の香りがするよ」
 赤司がそういうので、オレは深呼吸してみた。確かに緑の匂いがする。赤司がくすっと笑った。
「何だよ、赤司」
「――光樹って素直だなぁと思って」
「そう? 普通だと思うけど」
「キミといると、心が浄化されそうだよ」
 うーん、赤司っていいヤツだと思うけど、時々ものすごくオーバーだよな。オレはオレでしかないんだし。――オレがそう言うと、
「だからいいんだよ」
 と、赤司は答えてくれた。いつもオレなんかに付き合ってくれて、感謝だなぁ……。
「赤司、赤司のおかげでオレ、成績上がったよ」
「そう? 良かった」
 当然とも言いたげに、赤司が微笑んだ。それが嫌味に見えないのは、やはり表情のおかげだろうか。なんせ、赤司は一流大学T大の学生だもんな。
 一応勉強しているところも見たことがある。――が、そんなに時間はかけてないと思う。オレとの時間を大事にしてくれているのがわかる。
「うーん……いい天気だな……」
 赤司が伸びをする。
「そっスね」
 オレも伸びをする。
「何だい?」
「赤司のマネ!」
 赤司が、そっか、真似か、と笑ってくれた。この頃、赤司は笑顔の時が多い。
 高校時代は、そんな風に笑っただろうか。あまり接点がなかったらからわかんないけども。――それから、中学の時とかはどうだったんだろう……。
 オレは赤司のことを何にも知らない。
「赤司、昔もよくそんな風に笑ってたの?」
「いや」
 赤司は即座に否定した。そして続けた。
「光樹と過ごす時間が楽しいから、笑顔が増えたんだよ」
 そう言った赤司はきらきらしていた。夏の日差しが赤司を輝かせる。オレが女だったら即恋に落ちてた。
「母が死んでから――あまり楽しいことなんてなかったけど……あ、バスケは楽しかったな」
「そうだね。オレもバスケは好きだよ。――今から1on1しない?」
「だーめ。オレ達の本分は勉強にあるんだから」
 赤司がオレの額をツン、と突いた。
「赤司だって、家ではあんまり勉強しないじゃないか」
「あはは。言われてしまったなぁ……基礎的な学習は講義で習うけど――本当はもう少し勉強しなきゃならないと思ってるんだよ。でも、オレは光樹と遊んでいる方が楽しいから――」
「え? オレのせい?」
「いや、そうじゃないよ。――いつも誘惑に負けるオレが悪いんだ……」
 赤司は途端に憂い顔になった。
 ――赤司は確か、T大でも成績優秀だと聞く。
 何だか、さっきまで笑ってたのに、今の赤司は寂しそうだ。気にかかることでもあったかな。――オレが訊いちゃまずいかな。
 取り敢えず、今は試験勉強だ。オレは教科書を開いた。赤司が書いてくれた書き込みがびっしりと覆ってある。
「ねぇ、光樹。明日もここに来ないかい?」
「――うん!」
「それから、オレ達が大学卒業しても――」
 赤司のセリフの続きは、ざぁぁぁぁぁと梢が風に靡く音に消されてしまった。
「え? 何?」
「――何でもない」
「何しているのだよ。お前ら」
 この低い声。まさか――!
「緑間……と、高尾?」
「よっ。マジバ事件以来じゃーん」
 高尾が言う。こいつも頭はいいんだけど、何となく普段の言動はチャラいって言うか――真面目人間の緑間が高尾のどこに惹かれたのかは謎だ。
「あん時は笑ったよねぇ、真ちゃん」
「――笑ったのはお前だけなのだよ。高尾」
 緑間はW大に通っている。T大に落ちたからと本人は言っているが、本当は高尾と同じ大学に行きたいからW大も受けたんだよ――と赤司が教えてくれた。
 あいつもT大を狙える学力は充分にあったのにね――そう言った赤司。赤司よりも高尾を選んだのか。緑間。
「今日はオレ達も勉強しに来たのだよ」
「あ、あの……」
 マジバでは訊けなかったこと。――緑間、高尾と暮らしてどう?
 ――何だか興味本位で訊くのは失礼かな、とも思った。でも、やっぱり知りたいしなぁ……。
「緑間。高尾。一緒に住んでいるんだったよね。どうだい? キミ達の暮らしは」
 赤司様がオレの迷いを粉々にしてくれた。
「まずまずと言ったところなのだよ」
 緑間がフレームをカチャカチャ言わせた。
「オレ、すっげー幸せだけど? 真ちゃんと一緒にいられて。いろんなことしたよね。真ちゃん」
「あ、ああ……」
 あれ? 緑間テンパってる?
「夜も一緒だもんねー。――てっ!」
「そういうことは人前で言うことではないのだよ」
 夜も一緒って……そういうこと……? 緑間も何だかいつもと違うし――。
「赤司サンは? もう降旗クンのこと食っちゃいました?」
 なっ! 高尾ってば、何を馬鹿なことを――! オレが叫ぶより前に、緑間が高尾の頭を殴った。
「高尾……赤司達にもプライバシーというものがあるのだよ」
「だから痛いって! 真ちゃん今思いっきり殴ったっしょ! これ以上オレの頭が悪くなったらどうすんの! 慰謝料取るよ! 訴えるよ!」
「ふん」
「大体、訊いて来たのは赤司の方じゃんか……」
 ……傍で見ているだけじゃ、緑間が高尾に夢中なんて嘘だろう?って思ってしまうんだけど――。
「光樹。あれが緑間の親愛の情なんだよ。――緑間、いつもより生き生きしてるだろう?」
 赤司がこそっと囁く。緑間がいつもより生き生きしてるっつったって、いつもの緑間、知らないからなぁ……。
 高尾の目が狡そうに輝く。でも、今度は何も言わなかった。高尾は何となく猫に似ている。緑間、赤司の話では確か猫が嫌いなはずなのに――人間型の猫は気に入っているのだろうか……。
 オレが緑間の方を向くと、緑間はバツが悪そうに視線を逸らした。やっぱり、喧嘩する程仲がいいってことかなぁ。
「こんな暑いところで勉強なんて、気が知れないのだよ」
 緑間が言った。確かにさっきより暑くなってきたっぽい。それに、汗ばんでも来た。オレはシャツの襟を引っ張った。――赤司がこう提案する。
「じゃあ、図書館行こうか? そこなら冷房が効いてるだろ?」
「ちょっと待て。オレ達も図書館へ行く途中だったのだよ。一緒に勉強会でもするつもりか?」
「ダメかい?」
「別段構わん。赤司と降旗だったら、高尾のように馬鹿笑いで勉強を中断させることもないだろうしな」
 真ちゃんたら酷い――と高尾もぽかぽか緑間を叩く。勿論手加減はしているのだろう。赤司がくすくすと笑った。
「お前達、相変わらずラブラブだね」
 ……バイオレンスな恋人同士だな……。

後書き
緑高! 緑高!
……すみません、つい興奮してしまいました。緑高が好きなもので。
赤降も勿論好きです。
2019.06.03

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