ドアを開けると赤司様がいました 168

 景虎サンは、確か全日本選手だった。まぁ、今ではちょい悪オヤジっぽいけど。
 全日本選手と言えば――。
 海常の監督、武内源太サンは若い頃は活発な青少年で、ゲンゲンの仇名で親しまれていたらしい。――まぁ、今ではすっかり太ってオッサン臭くなって、見る影もなくなってしまったが……。
「キミは職人気質だよな、光樹――」
 ああ、そうだ。ゲンゲンどころじゃなかった。今、オレは征十郎と話していたところだったんだ……。
「え……そうかな……」
「ああ、だから、相田先輩もキミを信用することが出来たんじゃないかな」
 そういえば、夢の中だったかどこかで、『海を渡って来た職人』と言われたことがあるような気がするんだけど――。オレがそう言うと、赤司が思いっきり頷いてくれた。
「『海を渡って来た職人』か――。うん。キミにぴったりのフレーズだよ。それは日本でのことじゃないんだろう?」
「うん……NBAの夢を見た時に……何となく覚えてたんだ……」
「そうだね。それが正夢になるといい。これからもビシビシ鍛えていくからな。オレがコーチ役じゃ、イヤかい?」
「そんなとんでもない……!」
 オレはぶんぶんと大きく首を横に振った。あの赤司征十郎がコーチだなんて……オレには勿体無さ過ぎるよ。だけど、それだけ期待されてるということなんだろうな。オレだって、逃げてばかりじゃいけない。
 赤司達にはもう既にいろんなこと、教えてもらってるけどね。勉強やバスケ、ちょっといけないことなど、いろいろ……。
 赤司がこの家に来てくれて良かった。それはもう、今まで何十回も思ったことだけど。
 それに――悔しいけれど、赤司達は教えるのも上手い。こいつらには不可能なことはないのか?! チートなのか?!
 うう……とオレが唸っていると、征十郎が顔を覗き込んで、
「――光樹?」
 と、訊いて来た。
「ああ、いや、何でもないんだけど……赤司達って不可能なことはないのかなって思って……」
 すると、征十郎はオレの額にキスをした。唇の感触が柔らかい。
「オレにだって不可能なことはあるよ。例えば――キミの初恋の相手の思い出だって、オレには消せそうにない」
「え? そんなこと、オレ言ったことある?」
「うーん……黒子もそんなことを言っていたな……」
 黒子め……。でも、黒子がそんな失言をするとは珍しい。きっとわざとだな。
「黒子はね、そんな光樹の初恋の相手から、光樹をもぎ離して欲しいと……勿論オレもそのつもりだけどね……黒子はオレの恋を応援してくれているみたいだよ。それが光樹の為にもなるって、ちゃんと考えているらしいよ」
 そうだったのか……黒子もちゃんと考えてるんだな。やっぱり。理由もなくそんなこと話すヤツじゃないと思ってたけどね。
 大丈夫だよ、黒子――。
 オレは心の中で黒子に語りかけた。オレは、ほんと、今は赤司達の方が好きだから。だって、こいつら優しいんだもん。そりゃ、酷いことしたこともあったかもしれないけど。荻原とかに――。
 でも、その問題はちゃんと片付いたんだ。荻原だって、赤司達のこと許しているはず。
 それに――高一のウィンター・カップの時、荻原は黒子の応援に来てくれたんだ。バスケットボール持って、笑顔で。
 あの時の心境をのちに黒子に教えられた時は、こっちまでじーんと来てしまったもんだ。
(荻原君は、ボクが思っている以上に、ずっとずっと強い人でした)
 ――だよなぁ。才能の差に打ちのめされて、荻原は確かに一度はバスケを捨てたかもしれない。でも、また戻って来た。荻原もまた、バスケを捨てられる男じゃなかったんだ。バスケに選ばれた男だったんだ。
 荻原は時々、黒子とバスケの練習をしているらしい。
(荻原君もバスケが上手くなってます。こっちまで嬉しくなってしまいます)
 ライバルが強くなっているのを見ると、嬉しくなって来るもんだ。だから、オレは――中学時代の青峰が可哀想だと思う。
 青峰は気の毒だった。本気で戦いたいのに相手がいない。キセキの世代がいなければ、ヤツは捨て鉢になっていたことだろう。かと言って、相手チームを馬鹿にしたプレイはどうかと思うんだけど。
 そんな青峰にバスケへの情熱を再び与えたのは、黒子と火神だった。
 ……黙ってしまったオレを気にするようでもなく、征十郎は微笑んでオレを見つめている。
「赤司はさ――ううん、キセキはさ、黒子がいて良かったと思うよ」
 そして、オレ達にとっても、黒子は希望の光だった。……いや、黒子は影か。黒子の光と言えば、火神だもんな。
(オレも黒子のことは尊敬しているのだよ)
 ――いつか、緑間がオレとのLINEで言った言葉。発端は黄瀬の何気ない一言だったと思う。
(オレ、マジで黒子っちのこと尊敬してるっスよ)
 黄瀬涼太。あいつはいけすかないところもあるけど、黒子のこと話してる時は、わんこみたいで可愛い――じゃなくって!
「……そうだね。黒子には随分助けられたよ。Jabberwock戦の時にもね。――その時、オレは一旦もう一人のオレに別れを告げられたけど……もう一人のオレ、いや、征一郎が戻って来てくれたのはキミのおかげだ。ありがとう」
 赤司の言葉に、オレはぽりぽりと空いた方の手で頭を掻いた。征一郎が戻って来れたのは、征一郎の精神力が強かったからで、オレの力じゃない。
「でも、オレは、赤司達が好きだから――」
 するっと言えてしまった。いや、こう言う時は、正直に打ち明けてしまった方がいいんだ。下手に秘密にしておくと、後々害になる。今ならば、何度だって言える。オレは、赤司達を愛してる。
「ありがとう。――征一郎のことも好きになってくれて……」
「うんっ!」
 征十郎はだいぶ征一郎に甘くなった。それでいいと思う。本人同士の喧嘩なんて、あまり見たいものだとは思わないしね。
「光樹のバスケは堅実だからな。職人のバスケだよ。さっきキミも職人と言っていたけれど、キミのバスケを観た人の中にも、そう感じる人もいるんじゃないかな」
 そうだね。いたね。――カントクが。
 オレは、カントクとのやり取りを思い出していた。
(降旗君て、一見弱そうよね――)
(……やっぱりオレは弱いんだ……)
(あら、弱いなんて一言も言ってませんけど?)
(弱そうってのと、どこがどう違うんスか)
(弱そうに見えるのは、降旗君の武器よ。――上手く使えば、赤司君を出し抜くことも出来るわ。降旗君は職人気質だから、誠凛のバスケ職人になれるわよ)
 そう言って、カントクはオレの背中をどんと力強く叩いた。何だかよくわからないけど、カントクには認められたようで嬉しかった。もう誠凛は卒業したし、今はカントクとは別々の大学に行ったけど――。
 あの時のカントクの台詞はオレの宝物だ。
 ――オレは、カントクとのやり取りをかいつまんで赤司に話した。赤司を出し抜くことが出来ると言われたことは伏せておいて。だって、それではあまりにも――買い被りって言うものじゃん。
 赤司達にもオレを買い被るくせはあるんだけど……。
「バスケの職人か――いい言葉だね」
「うん……オレ、誠凛に行って良かった」
「高二の頃――ウィンター・カップが終わってから、オレ、洛山に光樹を誘ったよね」
「うん、冗談だと思ってたけど――」
「冗談なんかじゃなかったんだよ。あれは。キミも成長していたし、それに、あの頃にはもうオレはキミへの恋心を自覚していたしね……見透かされるのが嫌で、あまり強くは出れなかったんだけど……」
「ははっ……」
 何で征十郎がオレなんかを気にしていたのかわからない。ただ、黛サンが、
(こうして見ると、ほんと普通の青年なんだよなぁ……赤司が何で気に入ったんだか……まぁ、神様は意外と公平なんだな……)
 と、謎の言葉を残していた気がする。
「オレは、誠凛が好きだったんだ」
「そうだね!」
 征十郎がぱあっと笑った。
「誠凛のことが好きな光樹が、オレは好きだったよ」
「だって、皆いいヤツらだもん」
「オレもそう思うよ。――でね、密かに光樹の情報は集めていた。オレ、誠凛にも友達がいたからね」
 そりゃそうだろう。赤司達の情報網は凄い。そんなことまで知ってたのか――と、オレもびっくりしたことがある。
「それでね……キミ、クラスメートの一人に、『大学に行ったら一人暮らしをする予定だ』と言っただろ?」
 あー……言ったな……。そう言えば……。
「それで、オレの部下にキミのことを調べるように言ってね……キミのお母様に交渉したのもその部下だった」
 そう言や、母ちゃんが言ってたっけ。
 光樹。アパートで誰に会っても、取り乱すんじゃないよ――って。
 母ちゃんは赤司のこと、知ってたんだ。それでびっくりさせようと思って……。あの母ちゃんだったらそういうこともあるかもな。
 そして、オレは新生活に胸ふくらませて――まさか、赤司征十郎がいるとは思わなかったけど……ドアを開けたらいたんだもんな。赤司が。あの時のこと、昨日のことのように思い出される。
 そして、今は征一郎も加わって――何とかかんとかわいわいやってる。
 兄ちゃんにも少し話したことがあるけれど――オレ、今、幸せだよ。征十郎も征一郎もいて、幸せだよ。そりゃ、恐縮してしまうこともあったけど……。
 オレ、赤司達と暮らすことが出来て良かった。
 赤司達も、オレがいて良かったって思ってくれるならいいんだけど……ちょっと訊いてみようか。
「征十郎――」
「何だい?」
「オレといて、退屈じゃなかった? オレは、赤司達といて楽しかったけど――」
「……オレだって楽しいよ。オレは、こういうことで嘘を吐く器用さは持ち合わせていないからね」
 何を言うんだ。このチート男が。でも、多分楽しいと言ってくれるのは本当だと思う。だって、そんなことで嘘を吐く意味がわからないもん。
「ねぇ、光樹。将来は征一郎とオレと光樹で結婚式挙げないかい?」
「まったまたー。そんな冗談を」
 オレは、ちっとも冗談を言っている訳ではないんだけどね――そう言って、征十郎は無邪気に微笑んだ。

後書き
若い頃のゲンゲンはかっこよかったです。
三人で結婚式……いいですねぇ。式には是非よんでください(笑)。
2020.08.05

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