ドアを開けると赤司様がいました 167

 征十郎がくすっと笑った。嬉しかったんだろうか――オレのだらしない顔を見て。な、何だよ……。オレがちょっと睨んでやると、征十郎はますます相好を崩す。……何だってんだろ。
「貸して」
 征十郎の甘い香りがふわりと飛んでオレの鼻先をくすぐる。征十郎はオレの手から受話器を取った。そして、何事か喋った後、電話を切った。
「ふう……」
「あ、あのさ、征十郎。オレ、大学に電話したいんだけど……」
「電話? どこに?」
「大学。今日は休むって。――オレも黒子と一緒に2号と一緒に遊びたいから。征十郎も一緒に行かない?」
「オレは、征一郎が心配だから……」
 オレは、あんぐりと口を開けた。でも、そうか。そうだよな――。
「大学はやっぱり休むよ。そんで、オレ、今日は征十郎と一緒にいる」
 オレがそう言うと、征十郎が感極まった様子で、
「光樹……」
 と、呟いた。――だから、オレは大学に休みの報告を入れておいた。いつもだったらもう既に大学に行ってる時間だ。でもなぁ……今回は征十郎についててやりたかったから。
 オレは大学のバスケ部は好きだ。2号とどっちが好きかと問われれば困ってしまうけど――。
 宮園先生にはいつも迷惑かけてんな。オレ。どっちにしても、オレの中ではもう、大学のバスケ部を休むことは決めてしまった。
「オレに……気を使わなくてもいいんだぞ」
 征十郎はそう言ってくれたが、オレは征十郎の手を取った。
「気なんか使ってないよ。征十郎。オレは、征十郎と共にいる」
 征十郎が、まるで花が開くように綺麗な顔をして微笑んだ。オレのでれっとした顔とは大違いだ。美形は、照れ笑いをする時も美しいんだな……。オレとは大違い。オレはつい見惚れてしまっていた。
「ん? 何かオレの顔についてるかい? 光樹――」
 目と口と鼻が――じゃなくって!
「赤司の笑顔って綺麗だな、と思って」
「ありがとう。光樹の笑顔は可愛いよ」
 可愛い? 見られたもんかないかと思うけどなぁ……。特に、表情が崩れた時なんかは。オレだって男の笑顔なんて見なくたっていいだろうと思ったんだけど、征十郎のは特別だな。
 ――赤司が女に大モテなの、わかるよ。
「座らないか? 光樹」
 征十郎がソファを勧めてくれた。オレはそこに座った。征十郎も隣に座る。
「あのな、これは前にも言ったことがあるかと思うんだけど……」
「うん」
「オレは、もう一人の僕の中からキミのことを見ていたよ。初対面の頃からキミのことは気になってた。――チワワのくせにオレに逆らったんだからね」
 いや、あれはあんまり赤司――いや、もうひとりの赤司が怖かったから……。
 なんて言えないんだよね。チワワメンタルのオレには。
「キミの怯えた顔……あれが頭に焼き付いて離れなかった。そして、キミを傷つけたいと思った……火神が来ておじゃんになったけどね」
 うわー、良かったぁ……あの時、火神が来てくれて本当に良かったー!
 ありがとう、神様! ありがとう、火神大我様!
「あの時、オレ、何か言ってなかったかい?」
「あ、ああ……『僕に逆らう者は親でも殺す』……と」
 ほんと、本当に怖かったんだからね! あの時の赤司は! ちょっと中二病患ってたけど、それよりも迫力があって怖かった……。中二病が様になる男なんてこの世にもちゃんといるんだなって思った。
 ……まぁ、火神は天然だけどね。それにあいつ、優しいし。……2号にも。
 火神のヤツ、大きな体を縮めてぶるぶる震える程2号のこと怖がってたのに、犬嫌いを克服すると、2号の散歩するまでに成長したんだもんなぁ。
 誠凛の皆、成長している。カントクだってカレーを作れるようになったし。赤司のおかげで今度は雑煮を作れるようにもなった。桃井サンもちゃんと働いてたんだけどね。
 ――黒子の周りのヤツら、皆成長してる。黒子のバスケは、皆を大人にさせて行くバスケだ。赤司達だって、黒子と火神には一目置いているようだったし。
「済まないね。光樹。あの時は、もう一人のオレが――いや、オレだって『言ってやれ』ってけしかけたんだから文句は言えないんだけど……」
 けしかけたのか。征十郎のヤツ。
 征十郎は大人だとオレは思ってたけど、そんな一面もあるんだなぁ。オレはぷくくっ、と笑った。
「何がおかしい。光樹」
「いや、征十郎にも子供っぽいところがあるんだなぁ、と思って」
「オレのどこが子供っぽいって言うんだい。ったく。……それでね。話続けていい?」
「どうぞ」
「オレが再びキミと相まみえたのは――ウィンター・カップの洛山戦の時だったね。高一の頃の。あれは、時々話題にもするし、インパクトもあるからよく覚えているよ」
「実渕サンと?」
「――黛ともだ」
「へぇ……」
 黛サンとは何となく距離が近くなったように感ずる。だってオレ、漫画好きだったし。バスケが最高なのは勿論だけど。
(――バスケは観るもんじゃなくてやるもんだよ。オレは赤司のおかげで、つくづくそう思っている)
 黛サンが言うので、
(じゃあ、何で漫画描いてるの?)
 ――と訊いたら、
(漫画とバスケ、両方出来るオレはかっこいいと思わねぇか?)
 と、言って、オレの茶色の頭を撫で回した。
(……漫画とバスケ、オレよりももっと上手いヤツもいるけどな……)
 と、黛サンはぼやいていた。それって結局、征十郎のことだよな。征一郎だって何でも出来る。漫画を描けるかどうかまでは知らないが、少なくとも彼自身が冗談で描いたと評する水彩画は上手かった。
 ちっ。この家にはハイスペックしかいねぇのかよ。オレを除いて。
「ああ、けど、相田先輩――いや、相田監督とキミにはしてやられたなぁ……」
 オレだってカントクの作戦、元から知っていた訳ではない。洛山戦でコートに立った時は、何でここでオレ?!――と思ったものだ。
「けれど、経験の浅いチワワは可愛いねぇ。――洛山にもビデオ班がいる。その証拠に、もうあの作戦は使えなかっただろ?」
「――うん」
「でも、それを相田先輩は知っていたからな。向こうも同じ手はもう使わなかった。指導者としては、相田先輩は一流だ。うちの大学に来てくれたことに感謝するよ」
「はぁ……」
 確かに、カントクは一流だった。顔も可愛いし、作戦を練るのも上手いだなんて――尤も、料理は得意じゃない……というか、あれは毒だ、ポイズンクッキングだ、と皆は騒いでいたが。
 桃井サンも料理の腕はカントクとどっこいどっこいだったしなぁ……二人ともあんなに可愛いのに、料理が出来ないなんて女として勿体ない。
 カントクの食事は日向サンが作るだろうからいいとして――桃井サンはどうするんだろう。黒子には火神がいるし、青峰なんて料理出来そうにないしなぁ……。
「可哀想だなぁ……桃井サン……」
「何だい? オレは今は相田先輩のことを話してたんだよ。それとも、相田先輩のことから、桃井のことを連想した?」
「まぁ、実はそうなんだ」
「桃井のことは心配いらない。青峰が何とかするさ。――桃井よりは青峰の方が料理は上手だからね」
「え?! そうなの?!」
 オレに向かって赤司が頷く。
「少なくとも、青峰の料理は、訳のわからない物体が『オオ~ン』と奇声を上げたりはしない」
 ……そりゃ、まぁ、ねぇ……。
「少なくとも、青峰の料理は普通に食える」
 ザリガニ育ててロブスターにしようとしていたこともあったらしいけどねぇ……これは桃井サン情報。桃井サンは青峰の幼馴染だから、ヤツのいろいろなこと知ってんだ。本人が忘れていることまで知ってる。
 まぁ、子供だったんだね……。青峰も。
 なら、青峰と桃井サンが結婚しても、青峰が料理作ってりゃ安泰か。いや、良かった良かった。
「それでね。試合でのことだけど……」
 征十郎がオレの手を掴む。
「あの時、オレも少々戸惑ったけど……実はほんのちょっと、『可愛い』と思ってしまったんだ。……きっと、もう一人のオレ――征一郎もそうだったと思う」
「は、ども……」
 でも、男の可愛いが何になる、とはオレも思ったことで。
 そもそも、征十郎がオレに対して思った『可愛い』は、チワワとか2号を見て『可愛い』と思うのと同じじゃないかと……。
 どうせオレはチワワ野郎だよ。不機嫌な感情が顔に出ていたらしい。征十郎は少し困ったように微笑んだ。
「気を悪くしたかい?」
「ちょっとね……どうせオレはチワワみたいな男だよ、と……」
「――ふふ、光樹は正直に話してくれて助かるよ。確かにキミはチワワっぽいところもあるけど……多分、あの時、オレはキミに恋に落ちたんだろうな……そして、もう一人のオレも……そういうところでは、オレ達は結構気が合ったからね」
 あの赤司征十郎相手にこんな風に腹を割って話せる日が来るなんて……あの時は想像もつかなかった……。
「キミを罠に使うとは、相田先輩も考えたものだよ」
 そうだね。だって、カントク只者じゃないもん。因みに言うと、普通の女子高生でもなかった。可愛いけど凶暴で……おっと、こんなこと言うとカントクに殺されるな。
「相田先輩には謀られたけど、キミは知っててやったのかい?」
「いや、オレは知らなかったけど……」
「相田先輩の独断でやったのか……ますます凄いな、相田先輩……オレ達を出し抜くなんて。まぁ、あの景虎サンの娘だと言われれば納得出来るけど……ちゃんと役目を果たした光樹も偉いよ。相田先輩は光樹を信じていたんだね」

後書き
降旗クンも赤司様も可愛いです。
青峰クン、ザリガニ育ててもロブスターにはならないよ(笑)。
2020.07.31

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