ドアを開けると赤司様がいました 166

『ああ、そうだ。征十郎にも話をしておいたがね。何とかなりそうだよ。光樹君。征一郎の戸籍の話』
「ほんとですか――?!」
『ああ、その為に木原も協力してくれると言ってくれたからね』
 木原と言うのは、法務局の偉い人らしい。
『一刻も早く、戸籍を作ることが出来るといいんだが――』
「はい……」
『矢沢もいろいろ骨を折ってくれたようだよ。征一郎はまず出生が普通ではないからねぇ……でも、いい子のようだ。流石は我が息子。受け答えもしっかりしてたし、木原の評価も良かった』
「は……」
 征臣サンは本当に懐が深い。あの征一郎を最早既に息子と言い切ってしまった。オレは――目頭が熱くなった。
 征一郎は――彼のことだ。きっと如才なく受け答えをしたのだろう。そういうことにかけちゃ、征一郎も得意だもんな。
「あ、あの……木原さんにも宜しく言っておいてください」
『ああ、わかったよ』
 征臣サンの太くて美しい声は、オレをほっとさせる。うちの父ちゃんもいいけど、オレは、征臣サンの息子の征十郎――そして征一郎をちょっと羨ましく思った。
 オレも、いい家族を持っているから幸せだけど――。
『また遊びに来てくれ給え。光樹君』
「は、はい……」
 オレは思わずそう答えてしまった。オレは、赤司家の匂い――と言うか、雰囲気を思い出す。緊張はするものの、なかなか悪くなかった。でも……やっぱりオレはビビリの光樹で――。
 征臣サン達に迷惑をかけなかったか……いや、迷惑はもうとっくにかけてるよなぁ。オレ、赤司家で具合が悪くなったこともあるし。
 でも……皆、そんなオレに優しかった。
 征十郎も、征一郎も、優しいんだ……。
『木原も最善を尽くすと言っていた。後は彼に任せておけばいい』
「そうですか……」
『光樹君……私の義理の息子にならないかね? 私は本気だよ』
「はぁ、それは……周りの事情が許さないと――」
『無下に断ることはしないんだね。征十郎と征一郎。どちらと結婚しても、私は構わないよ。日本では同性同士の結婚は認めていないが……君達がどこの国に移住しようと、私は喜んで祝福するつもりだよ』
「母ちゃん……母にも、『どっちが本命なの?』と訊かれました」
『ああ、あのお母さんかい。……いい母親を持ったね。光樹君は』
「はぁ……」
 オレは何となくこそばゆかった。母ちゃんは自慢の母ちゃんだし、父ちゃんだって兄ちゃんだって自慢の家族だ。――兄ちゃんはどうやらオレのことが自慢らしいけど。そんな風に言ってくれるのは嬉しいなぁ。
 しかも、征臣サンみたいなナイスミドルから。
 母ちゃんが聞いたら、さぞかし喜んだろう。後で母ちゃんに話すか。もし忘れてなかったら。
『アメリカにも……征一郎の戸籍の問題が片付いたら、すぐに渡れるよう手配しておこう。もし、君が本気だったとしたら。征十郎はかなり乗り気のようだ』
「え? はぁ、いつかは……と思ってます」
 やっぱりオレは、NBAでプレイしてみたいもんな。力及ばず都落ち、なんてこともあるかもしれないけど。
 ――ううん。そう言う否定的なことばっか考えるから、ビビリになるんじゃねぇか、オレ!
 時には、赤司達のように思い切って行動することも必要だ。
 ……あいつらはやり過ぎのような気もするけど。
 オレだって、あの時はびっくりしたよ。ドアを開けたら赤司がいた時には――。二人に増えた時もびっくりした。
 赤司達って本当にオレを驚愕させる……。
『でも、征一郎の戸籍の問題は今日明日のことではないんだ。わかるね』
「はい」
『だから……アメリカ行きもそれまで待ってくれないか』
 征臣サンの言うことは矛盾してる……。
 いや、してないか。さっき征臣サンは、征一郎の戸籍の問題が片付いたら……と言ってたじゃないか。
 ――であれば、まだオレは日本にいていいんだ……。
 少し、ほっとした。オレは、まだ黒子達と一緒にいられる。黒子達とバスケが出来る。
 黒子も将来、NBAに行くのかなぁ。きっとセンセーションを巻き起こすぞ。透明青年なんて仇名がつけられたりして……。オレはくくっと笑った。
『どうしたね? 光樹君』
「いえ、別にこっちのことですが――友達のことを考えてました」
 黒子達は2号と遊ぶんだろうか……いいなぁ。今からでも遅くないだろうから、行ってみようかな。幸い、夜木の家はそんなに離れてないし。――大学のバスケ部には断り入れておこうかな。
『友達か。いいね。私にも学生時代には沢山のいい友達がいたよ。征十郎が生まれてからは……少し疎遠になったけれど』
 征臣サンの友達か――。
 征臣サン、いい人だからな。きっと友達もいい人揃いだろう。
『あの……その時、詩織サンと知り合ったんですか?』
 ちょっとプライバシーに踏み込み過ぎかな、と思ったけど、オレは尋ねてみた。
『いいや、詩織とは見合い結婚だ。でも……当たりだったと思うよ』
 征臣サンと詩織サン……仲がいい夫婦だったと言うし、赤司達からもそう聞かされていた。
『いい息子にも恵まれたしね。征十郎が優秀なのは知っているだろう。きっと征一郎もそうだと思う。それに、詩織も優しかったし息子も優しいし――私は息子に厳しかったけれどな……』
 あれ? 征臣サン、さりげなく息子自慢しませんでした? 今……。
『詩織がいて幸せだったよ。私は』
 そっか。オレもいつかそんな恋を――既にしてるんだったな。赤司達相手に。赤司達は男だけど、いい男だと思うし、オレにいっぱい愛情を注いでくれている。
『私の息子達とは、上手くやれているかい?』
「ええ、そりゃもう……」
『良かった。息子達が我儘を言って君を困らせていないか、少々心配だったからね』
「あれ? 征臣サンの息子さん達は優しかったんじゃないんですか?」
『それはそうなのだが……やはりあの子達は坊ちゃん育ちだからね。厳しくしつけたとは言え、世間一般からは少しズレた子達に育ったんじゃないかと……』
 ――流石、征臣サン。息子達のことはわかってるね。
 オレも、確かに征十郎達は多少ズレてるんじゃないかと……。そりゃあ、優しいし頭もいいし勝利の申し子だし、一見何の不足もないように見えるんだけど――。
 例えば金銭感覚とか。高い商品とか平気で買ってくるし……。いつの間にかオレの部屋にも転がり込んで、一緒に暮らすことになっちゃったし。でも、赤司達といると楽しいし、今の生活に不満はない。
「征臣サン、いい息子さん達を育ててくださって、ありがとうございます」
『光樹君……』
「オレ、赤司達といれて、幸せです」
『いや、礼を言うのはこっちの方だよ。君が息子達の友達で本当に良かった』
「えへへ……」
 オレは思わず照れ笑いをしてしまった。あ、しまった。えへへ……なんて、征臣サンの前で下品だったかな。だが、征臣サンは気にしていなかったらしい。
『君が義理の息子になってくれたら、本当に嬉しいんだがなぁ……』
 そうだなぁ。オレも、赤司達が好きだしなぁ……。
 征十郎と征一郎、どちらかを選べと言われたら迷うけど……オレ、どっちも好きだもん。
 そう言ったら征臣サンですら怒るかもしれない。だけど――征十郎も征一郎もそれぞれに魅力的だし。オレがもし女性だったら逆ハーだよな。オレは頼りないけど、一応男だし。
 赤司達はお似合いの女性と結婚した方が幸せになれるんじゃないだろうか!
 ――いや、赤司が一人だった頃、あいつはLGBTになってしまった、とオレに告白したからなぁ……。
 それも、どうやらオレのせいらしい。オレに言われたって困るんだけどな。
 でも、それを面と向かって言えないのは、オレも赤司達に惹かれているから――あの頃から赤司に惹かれていたから……。
「過ぎたお言葉感謝ですが……」
 オレは征十郎の方に視線をやった。征十郎は何を考えているのか、うっすら微笑んでいる。――あ、もしかして、オレの心読んでる?
 うーん、読まれても平気だけど……いや、やっぱり気恥ずかしいかな……。
『きっと、詩織も君のことを気に入ってくれたと思うよ』
 あー、それ。詩織サン、オレの夢枕に立ったんだよな。確か、赤司のことを宜しく頼むって……。
 詩織サン、赤司達の母親なだけあって美人だったな……。征臣サンも美丈夫だけど。
「だといいんですが……」
 と、オレは返事をしておいた。
「オレ、征十郎君や征一郎君と出会えて本当に良かったです」
 そう――ずっとこんな幸せが続くといい。今もそう思っている。一人暮らしをしていいと両親に許された時はラッキーって思ったし、それが赤司と一緒という条件の下でだとわかった時は戸惑いもしたけれど。
 ドアを開けたら赤司達がいてくれた。それだけで充分だと思う。
 ……黒子のバスケは火神達に任せておけばいいや。オレは、赤司達と一緒にバスケがしたい。
「オレ、もしアメリカに行けたら、赤司達と同じチームでプレイがしたいです」
『それを聞いて、私も嬉しいよ』
 オレはまた、征十郎の方に目を遣った。征十郎はオレの方を見て頷いた。
(オレも、そう思ってるよ――)
 そう言いたげに。オレは心がほわんとなった。……今のオレの表情はきっとでれっとしていることだろう。

後書き
原作の征臣サンと詩織サンもきっと素敵な夫婦だったと思います。
征臣サンは充実した青春時代を送ってきたと思います。けれど、息子には厳しかったかな。
2020.07.26

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