ドアを開けると赤司様がいました 165

 そうだ……それに……オレは、赤司達と一緒に日本人プレイヤーとしてNBAで暴れるつもりではなかったのか……。いや、オレはきっちりとした型通りのつまらないバスケしか出来ないんだけどさ。
 それに、赤司達と一緒のチームになれるとは限らないし。
 赤司征十郎はきっと、高校生の頃からNBAのスカウトから話が来たんじゃないかな。そう言う噂も聞いたことあるし。
 それが……何でこんな貧乏くさい――とは言い過ぎか、この部屋はオレや赤司達がいつも清潔にしてるから――アパートの一室で暮らすことを選んだんだろう……。
 緑間と高尾の存在も大きかったのかもしれないが……本当に、オレと暮らしたかったのか? 赤司達は。この、平凡を絵に描いたようなオレと――。
 焦茶がかった色の髪に、多少猫っぽい目。身長は赤司達より少々低い。征一郎にして、
(オマエがコートに上った時は弱過ぎてどうしようかと思ったよ――)
 と言われたビビリの性格。でも、征十郎も征一郎も、そんなオレに好意を持っているらしい――少なくとも嫌ってはいないだろう。嫌いなヤツとわざわざ一緒に暮らしたりしない。
 緑間だって、高尾が好きだから、一緒に住んでるんだ。火神と黒子だって――。
 そうだ。いつの頃からか忘れたが、火神も黒子と一緒に住んでるんだ。あいつら妙に仲が良かったからな。入学時は反目し合っていた――つうか、火神が一方的に黒子に対してイライラしてたんだけど。
 黒子はいつでもマイペースだもんな。
 ――あ、そうだ。黒子と言えば……。
『黒子。2号元気にしてる?』
『はい。今日も夜木君にどういう感じか訊いてみたんですが』
『遊びに行ったりとかはしねーの?』
『遊びに…行きたいですねぇ。朝日奈君も来ているみたいですが』
『今度一緒に遊びに行こうよ』
『…はい』
 ――良かった。いつもの黒子だ。
『はわわ…テツ君と2号君、テツ君と2号君…』
 桃井サンの発言はまるで譫言みたいだ。
『カメラ、カメラで写真撮ってきて! ううん。スマホでもいいんだけど、とにかく撮って来て欲しいの! お願い、降旗君。テツ君と2号君の写真、絶対大事にするから! 家宝にするから!』
 ありゃ~。桃井サンがとち狂っちゃってるよ。いつも比較的冷静な彼女が、黒子が関わると興奮してしまうのはどういう訳か……。本当に黒子のことが好きなんだなぁ……。
 オレ、桃井サンの黒子への愛情表現は実はフェイクで、本当は青峰が好きなんだとばかり思ってたよ。
 でも、こうなると――わからないなぁ。
『桃井さんも一緒に行きましょうか?』
『え? いいの? テツ君』
 黒子の誘いに桃井サンが問う。
『ええ。桃井さんも犬が好きみたいですし』
 ――特に、黒子そっくりの犬がね。……と、オレは密かに思う。テツヤ2号(犬)は、黒子と目がそっくりだ。だから、小金井センパイが悪ノリしちゃって……。
 おかげで火神の犬嫌いが治ったんだから結果オーライだけどさ。
 火神って、2号の散歩にも行ってたもんな。犬が好きなのか、黒子が好きなのか、それともその両方なのかわからないけど。
 ……黒子って地味なくせにモテるよなぁ……。
 桃井サンからのアタックについてはどう思ってるんだろう。黒子って。黒子についてはよくわからないことが多い。一応火神が好きみたいだけど……そういや、火神と寝たりしたんだろうか……。
 オレはそこまで考えると、体がかーっと熱くなった。
 ――赤司に抱かれた時のことを思い出したのだ。黒子はもう体験したんだろうか。あの、苦しくて、でも気持ちいいあの行為を。
 赤司は上手かったからな。比較の対象がないのが残念だけど。オレ、初めてだったもん。
 火神はバスケットボール以外何にも興味がなさそうだったしな。黒子と一緒に暮らしていても。でも、黒子もバスケ馬鹿だからな。
 ……バスケ馬鹿同士、話が合うのかもしれない。
 それは、オレや赤司達にも言えることだが。
 取り敢えず、黒子達のことは置いておこう。いつか桃井サン達と夜木のところへ行けたらいいな。オレは、明日はミニバスチームのバイトがあってムリだけど。
 オレがダンクを決めてから、皆の、オレに対する評価が変わった。それは何もミニバスチームだけではない。
 動画うpされたことで喧嘩売られたりもしたもんな。オレ自身はなんも変わってないのに、周りだけが変わっていくと言うか……それは、赤司と暮らし始めてからも思ったことだったけど。
 リリィって女にも嫌がらせされたしなぁ。あ、懐かしい……。
『オレも2号に会ってみたい』
 高尾が話題に加わった。
『どうせだからさ、今から行かね?』
『いいっスね~!』
 しばらくROMっていたらしい黄瀬が、高尾の提案に賛成した。
『降っちも一緒にどうスか~?』
 黄瀬が誘ってくれる。それは嬉しいんだけど、でも……。
『オレは、征十郎の傍にいてやりたい』
『そっスか、そっスよね…』
 黄瀬がニコッと笑ったスタンプをくれた。
『降っちは赤司っちラブだもんね~』
『な…』
 オレの胸が熱くなった。た、確かにオレは赤司に恋してたし、今だってそうだけど……。オレの場合は憧れも強くて――。
『黄瀬君…降旗君をあまり困らせないであげてください』
『え、困ってた? 降っち』
『いや、そんなこともないけど…』
『そうですか。だとしたら、良かったです』
 ごめんな、黒子。今度一緒に遊びに行こうって言ったのはオレなのにな。オレだって夜木に会いたいよ。でも、征一郎がどうなるのかも気になるし――。また、今度な。そう言い置いて、オレは征十郎の方を見る。
 黒子と四方山話をしている間、征十郎は電話を続けていた。
 オレ達はアメリカへ行くかもしれない。いや、行きたい。――それはまだ、秘密にしておいたけれど。まだ、その時ではないと思うから。身辺の整理も終わらせたいし。
 それに――オレにはミニバスチームの子供達がいる。
 そりゃ、アメリカに行ったって話は出来るけど、疎遠になっちゃうかもな……。
 アメリカに渡るには後どのぐらいかかるかわからないけれど――。
(母ちゃん、オレ、いつかアメリカに行きたい)
 今日、母ちゃんにオレが言った言葉だ。母ちゃんは、バスケ絡みね、とすぐわかってくれた。そして、赤司達が関係していることも。
(母ちゃんは、オレがアメリカに行ったらどうする?)
(好きなようにおやんなさい。光樹。あなたのもしもの時の為に、貯金もしてあるから、それでアメリカに……ね。――でも、その時はお父さんにも話しておくのよ)
(当然!)
 兄貴にも電話しねぇとなぁ……オレのアメリカ行き、結構かかりそう。
 ああ、それから、カワやフクにも――。
 オレがそんなことを考えていると、征十郎が言った。
「光樹。父さんがお前の声を聞きたいんだそうだ」
「ん……」
 何で征臣サンがオレなんかの声を聞きたいのかわからない。けど、嬉しい。
『オレ、征臣サンと話をして来る』
『行ってら』
 高尾が手を振る猫のスタンプを使う。
『まったねー』
 黄瀬も同じようなスタンプを使いながら言う。
『降旗君。ボク、朝日奈君と夜木君に宜しく言っておきます』
 ――これは黒子。
『じゃあね。降旗君』
 桃井サンも別れの挨拶をしてくれる。
「ほら早く――光樹」
 征十郎はオレに受話器を手渡した。征十郎がずっと持っていたせいか、受話器はほんのりと温かく感じる。
「もしもし――」
『ああ、光樹君かね』
「はい、そうですが――こんにちは。征臣サン」
『いやぁ、キミは、本当にいい声をしているねぇ。電話でだとそれがよくわかるよ。うちの愚息が……征十郎と征一郎が世話になってるよ』
「はい……」
 征臣サンの言葉を聞いて、オレはほっとするのを感じた。確かに、この人について行けば、何も困ったことは起こらないという感じ。征臣サンの会社の人間は幸せだろうな。
 ――征臣サンの声も低くてよく通る、男らしいバリトンだ。
『ああ、アメリカ行きを考えていることは征十郎から聞いたよ。――本気なのかね?』
 う……改めて本気なのかと問われると……。
 オレだって日本に愛着があるもんなぁ。今の大学にだって――。母ちゃんは味方になってくれそうだけど。
 ……父ちゃんがどう言うかわからないなぁ。オレと同じでビビリだし。征十郎は、「慎重なんだよ」と言ってくれたけど……。

後書き
降旗クンのアメリカ行きは本気なのか――。
考える時間はまだあると思うぞよ。
2020.07.22

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