ドアを開けると赤司様がいました 164

『黒子だってさ、度胸ある方じゃん』
『黒子っちは正論の申し子っスからね~』
 黄瀬がうんうんと頷いている猫のスタンプと共にメッセージを送る。
『ボクは…そんなに…確かに怖いものは少ないですけど』
『オマエ自身が意外と怖いのだよ』
 緑間もツッコむ。ほらね。
 オレは深呼吸をした。嗅ぎ慣れた家の中の匂い。きっと何十年経とうとも、ふっと思い出すことがあるんだろうな……。でも、オレは今は幸せだから。いつまでこの部屋にいられるかどうかわからないけれど。
『うーん…』
 黒子は考え込んでいるようだ。黒子はこう言う時、スタンプはあまり使わないのかもしれない。黄瀬や高尾はバンバン使っているけれどね。スタンプって結構便利だから。
 オレ? オレは気分次第だなぁ……。
 2号のスタンプは可愛いよなぁ。誰が作ったんだろう……。
『ちょっと納得いかないところがありますがねぇ…』
 ――少し、間が空いた。
『何を言う。ナッシュに喧嘩を売ったと景虎さんから聞いたが? よほどの腹が座ってないとそんなことは出来ないのだよ。オレは黒子があんなに馬鹿だとは思わなかったのだよ――と、真ちゃんが』
 今は高尾が緑間の自動筆記をしているらしい。
『それは高尾クンの作文ですか?』
『いんや。ほぼ真ちゃんが言ったことと同じ。因みにオレも真ちゃんに賛成』
『高尾君…』
『ああ、ごめんな。黒子。オレ、嘘つけない性格なもんだから』
『それでよく緑間君と付き合ってられますね』
『うん。だって真ちゃんウソ嫌いだもん』
『オレも高尾っちと同じ意見』
『ねー』
 やはり、黄瀬と高尾はどこか似ている。でも……二人とも案外真面目なんだ。――特に、バスケに関しては。でも、ノリは相当似ている。
『あれ? 黄瀬はしょっちゅう真ちゃんにウソついてたんじゃなかったの?』
『誰がそんなこと言ったんスかー』
『いやぁ、真ちゃんが…』
『ボクはそんなに怖いのでしょうか…』
 黄瀬と高尾が話しているのをよそに、黒子は地味に傷ついたらしい。黒子の持ってる勇気、オレ、結構好きだし羨ましいと思うけどな……。あのJabberwockのナッシュに物申すなんて、ビビリのオレでは無理だもん。
 ――赤司達にはいろいろ言えるけどさ。慣れて来たから。
 と言うと、またこいつらに、
『お前も結構怖い』
 と言われるから言わない。
 さっきから、桃井サンは黒子を励ましている。
『私はテツ君のこと、怖いと思ってないから』
 とか、
『私はテツ君のこと好き…ううん。愛してるから』
 などと言っている。いいなぁ、黒子。リア充爆発しろ。――まぁ、オレもリア充だけど。赤司達がもし女だったなら。
『あ、そうだ。ボク、降旗君のダンク動画、何度も観ましたよ』
 急に話題変えるな。黒子。
『あ、テツ君。元気になった。良かった~。やっぱりバスケと降旗君は偉大ねっ』
 ――なんて言っている。オレには桃井サンも偉大に見える。
 そういや、あいつはどうしたんだろう。桃井サンといつもいるあいつは……。
『なぁ、桃井サン、青峰どしたん?』
『それが先生につかまっちゃって強制補習授業だって。桜井君が言ってた』
 桜井良も青峰と同じ大学らしい。桜井はいいんだけど、青峰がよく大学行けたよな……。
『青峰は何て言ってた?』
『わかんないけど、不満たらたらなんじゃないかな。私は面倒見が良くていい先生だと思うんだけど……あの青峰君に付き合ってるんだからねぇ~。そうそう。ダンクの動画、私も観たよ。ねぇ、降旗君、うちの大学に来ない?』
『え…ええっ?!』
 そりゃ、桃井サンからのスカウトは嬉しいけど、オレの行く先はまだ見えて来ない。やっぱりオレは今の大学が好きだし、新しく友達も出来た。
『桃井サン…そう言う冗談はやめにした方がいいですよ』
 黒子が窘める。こう言う時、やはり黒子は頼りになる。
『冗談じゃないんだけどなぁ…降旗君が来てくれると、うちのバスケ部もっと活性化すると思うの』
『でも、レベル高くない?』
『だって、青峰君だって入れたのよ。ミドリンのコロコロ鉛筆のおかげでテストも順調だし。青峰君はスポーツ推薦で入学したんだけどねぇ』
 そうか……コロコロ鉛筆はやはり効き目あったのか。でも、そう言うのに頼ってばかりいると、人間ダメになって来る気がする。
『流石にね…私もミドリンの鉛筆は反則だと思ったから取り上げたけど』
『いいなぁ。真ちゃんはオレに鉛筆くれないんだ』
 高尾が残念そうだ。しょぼんとした猫のスタンプを送って来る。緑間だったら絶対使わない。あいつ、猫嫌いだって言うから。尤も、緑間はスタンプ自体そんなに使わない――ような気がしたけど。
『高尾君なら実力で大丈夫だと、ミドリンが太鼓判押してくれたのよ、きっと』
 桃井サンは人を慰めるのが上手い。だから、帝光中や桐皇でもマネージャーをやれていたのだろうか。桃井サンは昔から美人の敏腕マネージャーとして有名で、情報収集に長けているけれども、最終的に必要なのは……。
 ――女の勘、なのだそうだ。
 桃井サンもいい加減謎の女だよなぁ。カントクの方が桃井サンより一年上だけど、胸の大きさはカントクの方が負けてる。カントクはそれをすごく気にしてるんだ……。
 正月に雑煮作る時にも胸の話が出てたし……。
 くっきりはっきり「胸がない」と言わないで「胸が控えめだから」と表現した実渕サンはとても優しい、フェミニストだと思う。
 実渕サンは女の子達に同族意識持ってんのかなぁ……。それはそれでちょっとアレだけど。実渕サンオネエだもんな。日向サンが、
「あの人がオネエだなんて思いたくなかったぜ……」
 なんて泣きながら言ってたもんな。高校に在学中。
 オレは関係ないから無責任に面白がってられるけど、高尾はターゲットにされていたらしい。実渕さん曰く、「可愛い」らしい。
 でも、高尾にはもう緑間がいるもんな。実渕サンは懐が深いから、喜んで応援するだろう。
 実渕サン、元気かな。根武谷サンや葉山サンも。
 オレは全然連絡してないんだけど、赤司は時々情報交換をしているらしい。特に実渕サンと。
 黛サンとはオレもラノベとか漫画の話で盛り上がるんだけど。でも、一番盛り上がるのは、バスケの話題でだな。
 黛サンはバスケに関する漫画もそのうち描くつもりらしい。頑張って――と言いたい。例の蜂蜜本の時にはお世話になったから。
(オマエがもうちょっと近くに住んでればなぁ……貸したい本だって他にいっぱいあるのに……)
 とか言ってたけど、そしたらオレ、漫画に夢中になって勉強もやらなくなるだろうし、バスケに入れ込むこともしなくなるだろう。だから――黛サンとの距離はこれぐらいでいいのだろう。
 黛サンは同人活動とバスケを両立させているらしい。立派なもんだ。オレはそんなに器用じゃねぇもんな。赤司は二人とも何でもやれそうだけど。二人とも時間の使い方が上手いのを自慢にしていた。
 いいなぁ……。
 その赤司達にも今が試練の時みたいだが――。
 赤司……征一郎に戸籍が出来ればいいんだけど……。
 LINEでは文面が流れていく。高尾がこう書いて寄越した。
『桃井サンはさ、降旗じゃなく、黒子が同じ大学の方がいんじゃね?』
『え…やぁだ、高尾君たら~。テツ君と同じ学校なんて、私嬉し過ぎて照れちゃう~』
 そして、赤面した女の子のスタンプ。でも、決して萌え系ではない。――萌え系と言う言葉も、黛サンから習った言葉だ。
 桃井サンは可愛いからな。リアルが忙し過ぎて、オタクに転向する暇がないんだろうな。それはオレもだけど。赤司達についてはわからない。何でも受け入れそうでもあるし、でも、はっきり自分の好みと言うのもありそうだ。
 たまに、黛サンのところへアシスタントに行っているらしい。ああ、征十郎のことだ。征一郎が現れてからは、征十郎も黛サンどころではなくなっているらしい。
 でも、また黛サンのところへ行きたいなぁ。コミケとやらも楽しかったし。
 黛サンの話では、赤司達とオレとの同人誌を作っている子もいるらしい。火のないところに煙は立たずと言っても――何だか複雑だなぁ……。
『ボクは桃井サンが来てくださっても構いませんが…桃井サン有能ですし』
『きゃ~っ! テツ君にほめられた~。嬉しい~』
『…でも、桃井サンには青峰君がいますから』
『う…でも、青峰君には火神君がいるじゃない』
『火神君は渡しませんよ、と青峰君に伝えておいてください』
『そっか…なんか、やっぱりテツ君は火神君のものになっちゃったね…ちょっと、寂しいな…』
 ――桃井サンはとてもいい女だと思う。黒子と火神の関係にも偏見なんて持ってないし、寂しいと言いながらも、応援はしているらしいし……。自分より黒子の幸せを願ってるんじゃないだろうか。
 桃井サンは、青峰なんかには勿体ないと思う。青峰だっていい男には違いないんだけど……火神にエレクトするようなヤツだもんなぁ……。
 でも、桃井サンには青峰と幸せになって欲しい。だって、青峰だって幼い頃は桃井サンと結婚すると誓ってたらしいから――これは征一郎からの情報。
 それに……青峰は桃井サンと結ばれなくても、一生彼女を守るつもりでいる……と、これは征十郎が言っていたことだ。
 やっぱり青峰もいい男だったりするんだな。……皆、幸せになって欲しいよな……。
 ――赤司達にも幸せになって欲しい。二人とも、オレがいれば幸せだって言ってくれるけど、本当にそうなのかな。いけねいけね。弱気はダメだ。降旗光樹。――オレはパチンと自分の頬を叩いた。

後書き
降旗君もまだちょっと後ろ向きなところが治っていない……。
もっと自信持っていいんだよ。降旗クン。
2020.07.19

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