ドアを開けると赤司様がいました 163

 ――征十郎はまだ話をしている。
 柚子茶……飲みたいな。まだ征十郎のは残ってたはず。でも、そしたら……か、間接キス?!
 オレの顔がぼうっと熱くなった。
(間接キスだね)
 いつぞや、そう涼しい顔で言っていた征十郎は凄いよ……オレは、そうとしか思えなかった。我慢しようと思ったけど、柚子茶の味と香りの記憶がおいでおいでをしている。市販のだってとても美味しいし。
 ……く、くそっ。この誘惑には抗えないな。
 征十郎。まだ柚子茶の素は少しだけどあるからいいよな。一口だけ飲むけど、いいよな。
 ああ、いい香り……。
 オレは、征十郎の湯呑みに口をつけた。そして、それを傾ける。
 見ると、征十郎が目を瞠っている。――しまった。
 征十郎がにやりと笑った。何だよぉ。くそっ。何が言いたいんだ。征十郎。――その征十郎は澄ました顔で電話に戻っているけれど。内容は結構深刻だ。征一郎の未来がかかっているからな。
 ――電話の主は征臣サンらしい。ひそひそぼそぼそ……征十郎の声が響いている。
 オレは、電話は征十郎に任せて、LINEに戻ることにした。
『やっぱ、征一郎もいろいろあんだなぁ』
 高尾がのんびりしたメッセージを送った。いろいろある――どころじゃねぇよ。もう。
『ですよね。征一郎君は人を人とも思わないところがあって、ボクは彼も結構苦手だったんですが』
 黒子は影は薄いけど、ちょくちょく、(よく言った!)と思うことがある。征一郎だって、そういう黒子を気に入ってたんだろうな。それに、黒子の言うことは正論も多い。
 オレは、黒子にいろいろ教えてもらった。
 ――特に、人を見た目で判断しないこと。いや、それはカントクにも教えてもらったことだけどな。カントクって、見た目は可愛い女子高生なのに、怒ると怖いもんな。
 怒ると怖いのは赤司達も同様で――このオレも、きっと怒ると怖い……んだろうな。自分じゃあまりわからないけれど。
『なぁ、黒子』
『何ですか? 降旗君』
『あのさ、黒子はさ…結構怒ると怖いけど、オレは? オレも怒ると怖い?』
『降旗君…』
 黒子は画面の向こうで絶句したようだった。
『ぎゃーはっはっはっ!』
 代わりに返事をしたのは高尾だった。
『何だよ、高尾…』
『降旗が怒ると怖いって? 怒らなくたって充分こえぇよ。だって、あの赤司達二人と住んでるんだろ?』
 オレはちょっとむかっときた。
『何だよ。――赤司達、ああ見えていいヤツらだよ』
『降旗が…一見ビビリの降旗が赤司の弁護をしてるよ』
 それから、高尾の返事がなくなった。どうしたのかと思っていたら――。
『オレだ。緑間だ。…高尾の代わりに返事をする。さっきから高尾が腹を抱えて笑っているが、何があったんだ?』
『ああ、それなら、発言を遡ってください』
『おい、黒子…』
『いいんですよ。黄瀬君にも自分の発言の責任は取らせないと』
『えー? オレなら平気だよ。緑間っちの癇癪には慣れてるし、ここから緑間っちの家は遠いし…』
 黄瀬はあくまで淡々としている。いじられキャラのくせに、こいつの方がオレよりは神経が太い。
『黄瀬ー!』
『はーい。何スか?』
『オマエは…オレと高尾のことをそんな風に見てたのか…』
 あー、さっきの黄瀬の発言か……。確か、緑間はあっちの方はまだ枯れてないってセリフだな。
『オマエというヤツは……! オレと高尾のこと気にするより、自分のこと心配しろ!』
『ミドリン。怒ると血圧上がるわよ』
 そうそう。桃井サンのおっしゃる通り。緑間って血の気が多いからな。見た目はクールだけど。高尾の方がよっぽど冷静だよな……。征十郎も普段は温厚だけど、やっぱり怒ると流石の迫力だし、征一郎はいつも天帝のオーラを纏っていたし――。
 うん。やっぱりオレ、自分で言うのも何だけど、怖いと高尾に言われても仕方ないのかもしれない。昔の友人の高良京司にも驚かれたしな……。
 でも、それってやっぱり征十郎や征一郎、つまり、二人の赤司達のおかげで――。
 征十郎がこっちを見て控えめにピースサインをする。ドヤ顔なのは気のせいだろうか。
 ――そして、征十郎はまた電話に戻って行った。
 あの様子だと……話し合いは上手く行っているんだろうか。電話――征十郎にしては長い方だ。征十郎は説明を簡潔に出来る能力を自慢にしていたからなぁ。確かに征十郎の説明はわかりやすいし。
 まだ電話は終わらないみたいだけど……オレはLINEの発言を遡る。
 LINEでは緑間が怒りまくってる。
『どうしたの?』
『あ、降旗君、助けて~、ミドリンが怖いの~』
 桃井サンは、大学生になった今も緑間のことをミドリンと呼んでいる。初めて聞いた時はびっくりしたものだ。初対面が中学生の時だから仕方ないとしても……。
 今でもミドリンと呼んでいる桃井サンも怖いもの知らずかもしれない。赤司達程ではないにしろ、緑間も充分怖い。
『きーちゃんがミドリンを煽っているの』
『何だって?! 黄瀬が?!』
 はぁ~。無神経なヤツかもとは思ったけど、確信犯なのか? それにしても、緑間を怒らせる度胸が黄瀬にあるとは知らなかった。
『きーちゃんが、オレのバスケ部は絶対負けない。特に男とキャッキャウフフしてる男にはね~って』
『あー、それ、さっき見たヤツだ』
『それを見て、ミドリンが、それは誰のことなのだよって…よせばいいのに、きーちゃんも自覚あるんだ、なんて言って…』
『ボクもちょっとムカッとしました。緑間君の気持ち、わかります』
『あれ? 黒子って昔、緑間苦手って言ってなかったっけ』
『昔の話ですよ。今はいいライバルです。それに、ボクにだって火神君の存在が…』
『うわ~ん。やっぱり私、火神君が羨ましいよぉ~』
『あうあう、黒子っち…オレも火神っちが羨ましいっス~。枕を濡らして寝る夜はもうイヤっス~』
『…黄瀬君。君には笠松さんがいるでしょうが』
『黒子っちも欲しいんス~』
 やーれやれ。こいつはどうしようもねぇな……。
 ここに火神がいたら殺されるぞ。全く……。
『黄瀬…お前に言いたいことがある』
 緑間がメッセージを送る。
『何スか? 緑間っち』
『死ね』
『…』
 黄瀬は黙ってしまったらしい。……やっぱり『死ね』は言い過ぎじゃねぇか? いくら同じ中学で、黄瀬がどうしようもない性格をしていたからって――オレも結構言う方かな。
 それに、『死ね』の一言で本当に死んじゃう子もいるからね……。黄瀬にはまぁ、その手の繊細さは皆無だけど。
『まぁまぁ、緑間君。黄瀬君だって悪気があった訳じゃないのだし』
 黒子が執りなそうとする。
『それはわかっているのだよ。悪気があったのなら、本当に許さないのだよ。…あ、高尾…』
 高尾が緑間の傍にいるらしい。
『高尾のヤツが、少ない友達は大事にしろ、だと言っているのだよ。…余計なお世話なのだよ』
 まぁ、確かにオレもそう思う。確かに緑間は友達少なさそうだし、高尾以外に友達がいるのかどうかすらわからない。キセキの面々だって、緑間を友達と認識しているのかどうかすらわからない。
 だけど、こいつらは――火神や黒子やキセキ達は、力を合わせてJabberwockを倒したのだ。
 オレもそれに参加したかった……なんて、おこがましいにも程があるだろうか。オレ、赤司のプレッシャーに負けそうになったからな。それに、結局オレでは勝てなかったし。
 とにかく、赤司との初試合ではオレはシュート決めることが出来たんだ。
 でも、赤司達はオレのずっと先を行っていて――。
 オレは……凡人だ。黒子みたいに影が薄くて、一見弱そうなのとも違う。こんなオレがNBAを目指すなんて……ムリじゃないだろうか。
 結局、バスケを諦めて引退するのが関の山じゃないだろうか。いくら、赤司達が支えてくれているとは言え。
『なぁ、黒子。…オレ、いつかNBAで試合したいよ…』
『降旗君…』
『ぎゃーっはっはっはっ! 降旗がNBAだって~?!』
 高尾のヤツ、笑いのめしてくれやがって……。確かに、今の実力じゃ夢のまた夢さ。一生叶うはずのない夢かもしれない。けど……夢を見るのは自由だろ?
『ああ、ごめんごめん。真ちゃんがね、降旗は指導者次第で力はつくと言ってるよ』
 ――ありがとう、緑間。友達少ないなんて心の中で言ってごめん。
『そう言えば、相田サンは降旗の使い道、わかってたようだったからね。流石の赤司も罠がでか過ぎて結局引っかかってしまったし』
『カントクはそこらの指導者と訳が違います。降旗君の才能をいち早く見抜いていました。後は…降旗君がもう少し精神的にタフになればいいのですが…でも、心配はなさそうですけどね。赤司君達と同居する度胸があるのだから』
 黒子……お前には今はまだ勝てる気はしないよ。でも、いつかは……! ――なんて、思っているオレもいる訳さ。

後書き
降旗君もいつか黒子につっかう相手になるといいね。
でも、黒子くんは異人種ですからねぇ……。
2020.07.13

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