ドアを開けると赤司様がいました 161
――でも、母ちゃんがあれこれ言わないので、オレの方では相当ほっとしたのも事実だ。
「お義母さんにはわかっていて欲しかったんですがねぇ……」
征十郎は独り言ちた。まぁ、本当はオレも、母ちゃんになら話してもいいと思っていた。けど、母ちゃんがついうっかり口を滑らせないかと心配したのだ――母ちゃんは世間話が好きだから。
つい、征一郎のこともぽろっと洩らさないとも限らない。――それは、母ちゃん本人もわかっていることだろう。
「また遊びに来るわね。征十郎君」
「ああ、いえ。――お構いもしませんで」
「母ちゃん。せっかくだから柚子茶は残らず飲んで行ってよ」
「そうね。――赤司さん達が買ってくれたものだし……光樹の淹れたお茶だし」
母ちゃんは柚子茶をゆっくり飲み干した。ああ、漂っている柚子の香りが快い……。
「ああ、すっかり歓待されてしまったわね。ありがとう。征十郎君。ありがとう、光樹。――征一郎君にもお礼を言っておいてくださいね」
母ちゃんは深々と頭を下げた。
「いいですよ。お義母さん……」
――もうツッコむのも疲れたけどさ……征十郎。母ちゃんはまだ義理の母ではないだろ……。
母ちゃんがオレに近寄る。そして、オレにこう訊いた。
「光樹……アンタどっちが本命なの?」
オレはどっと疲れが出て来た。――母ちゃんも悪ノリするなよなぁ……。
母ちゃんは帰って行った。
コチ、コチ、コチ――。時計の音が聴こえる。オレは、時計の音がこんなに響くなんて思いも寄らなかった。
そういえば、いつもは征一郎もいるんだよなぁ。喧嘩する征十郎と征一郎達に、何とか執り成そうとするオレ。征一郎がいないだけで、こんなにも寂しいものだとは――。
「光樹。オレは征一郎からの連絡待ちだが、光樹はLINEでもしないのかい?」
「あ、ああ……するよ……」
本当はオレは気ぶっせいだったのだが、征十郎に勧められては仕方がない。オレはスマホを部屋から持って来て、リビングに戻って来た。征十郎は、いつもと同じ涼しい顔をしている。
――征一郎、早く連絡してくれ。頼むから……。
そう祈りながらもオレは、スマホの電源を入れた。
このスマホも買ってから随分経つなぁ……そろそろ買い替えた方がいいんじゃないだろうか。最初にそう言ったのは、オレでなく、赤司だけどね。
あ、メッセージが結構来てる。最新のメッセージは黄瀬からだった。
『こんちは。光樹。今、モデル仲間と街にいるよん♪』
はいはい。勝手にしやがれってなもんだね。
『黄瀬、自慢してるの? そんな自慢に付き合ってる暇ないんだけど』
『どしたの、降っち。ご機嫌斜めじゃん』
『ちょっとね…』
母ちゃんもいないし、征十郎は何事かを考えているだし……。オレ一人手持ち無沙汰なんだもんな……。
『…なんか、片手間に聞いちゃ悪い話?』
『そんな訳でもないんだけど…』
『あ、ちょっと待って。モデル仲間と別れるところだから』
しばらくして、また文章が画面に浮かんだ。
『で? 降っちどうしたの?』
『赤司家に法務局の偉い人が来てて、征一郎は帰っちゃったんだ』
『へぇ、どうしてまた?』
『戸籍の問題じゃないかとオレは思うんだけど…これは征十郎には訊いてないからね』
『そっか…征一郎っちは生まれが生まれだからね。キリストや桃太郎と同じくらい凄いかも』
いいんだけどさ――征一郎っちって言い辛くないか? 黄瀬……。オレだって前は噛んでばかりいたよ。
『黄瀬、征一郎っちって言いにくくない?』
『え? 別に』
黄瀬は滑舌も良さそうだしなぁ……ルックスいいし、モデルにならなかったら俳優になってたかも? 黄瀬って、馬鹿だけど演技は上手そうだもんな。台本覚えられるのか心配だけど、そこはアドリブでカバーして……。
『戸籍の問題ねぇ…いっそのこと、マリネラか何かに移住したらどっスか?』
『黄瀬…』
『あ、勿論冗談スよ。ただ、マリネラは宇宙人も住んでるから…』
『黄瀬も漫画読むんだな。パタリロだろ? それ…』
『うん、面白いよー。今でも買ってる。降っちも漫画読むっしょ?』
『…黛さんからのオススメは少しは読んでるけどね。でも、漫画よりバスケの方が好きなんだ』
『あはは、降っちは赤司っち達のお守りがあるもんね』
『…お守りされてんのはオレの方だと思うんだけど…』
『ううん。赤司っちはお守りする存在が必要なんだよ。それに、降っち結構しっかりしてるし。赤司っち達も降っちがいて良かったって喜んでたよ』
『へぇ…』
オレみたいなお荷物がねぇ……。赤司って二人とも変わってんな……。
『赤司っちは弟が欲しかったみたいだしねぇ。降っちが赤司っちや征一郎っちの兄弟だよ』
兄弟ねぇ……。それ以上のことはしてるんだけど……。
『それに…降っちは二人の赤司っちの恋人でしょう?』
黄瀬が指紋のついた指先のスタンプを送って来た。
『う…』
『隠さなくていいって。赤司っちは堂々と公言するだろうし、それに、降っちも満更じゃないんじゃない? オレだって、男の相手は女じゃなきゃ嫌だ、なんてことは言わないよ。オレ、黒子っちや笠松センパイが好きだし』
『笠松さんは普通の男じゃないか』
『そこがいいの。あ、電車来た。オレ、今帰るとこー』
そんなこと聞いてないんだけどな……。でも、黄瀬のおかげで少しは気持ちが軽くなった。――ありがとう。黄瀬。黄瀬はコミュニケーション能力が発達してんだなぁ。高尾とは違う意味で。
モデル仲間の間でも人気者なんだろうな、きっと。勉強は多分出来ないと思うけど、黄瀬は立派なムードメーカーになれるよ。
『ちょっと黄瀬君。ボクの心は…その…』
黒子が割って入った。
『わかってるよ。黒子っち。黒子っちは火神っちが好きなんだもんね。…わかるよ。火神っちいい男だもん。男と言うか、漢って感じかな。オレも火神っちは好きだよ。友達としてだけど』
『だよな! 火神っていい友達だよな! 黒子もダチだけど、ちょっと得体のしれないところがあるもんな。あ、勿論黒子はいいヤツだよ』
『ありがとうございます』
と、黒子。
『ああ、まぁ、確かに黒子っちはね…でも、そんなミステリアスなところも大好きなんだよね』
黄瀬がホクホク顔のスタンプを送って来る。こっちまでほっこりとなった。
『火神っちと黒子っち。お似合いっスからね~。オレは笠松センパイにしようかな。あの人、確かまだフリーだから。女に縁がないんスよ。まぁ、チャンスがあってオレとしては喜ばしいことなんスけどね』
そして、にやりと笑うスタンプ。
何だ。黄瀬のヤツ、意外と性格悪いな。
でも、ちょっと気持ちわかるかもしれない。あの人は恋愛関係で上手く行ってないから、自分が恋人になりたい、ってことは。
オレだって――マドンナのキャンパスが結婚した時はちょっと複雑だったもんな。赤司――征十郎のことで紛れてしまったけれども。
そういえば、帰る前に母ちゃん言ってたっけ。
(光樹。アンタ、征十郎君のことをちゃんと名前で呼べるようになったじゃない)
それは、必要に迫られてなんだけど――。
征十郎も征一郎も赤司だし、下の名前で呼ばないと区別がつかないんだから仕方ないじゃないか。
まぁ、ちょっと呼びづらいんだけど。征十郎なんて仰々しい名前、何でつけたんだよ。征臣サン。――征臣サンだよね。赤司のこと征十郎って名付けたの。何となく征臣サンのセンスっぽいもん。
と、よしなしごとを考えている訳だ。オレは。
黄瀬は黒子と喋っていた。
『他の人達、来ませんかね』
『えー、いいじゃん、もっと二人で喋ろうよー』
『降旗君もいるんですが』
『ああ、オレのことは忘れてくれて構わないよ。征十郎と一緒に征一郎待ってるから』
『だってさ。仲良くしようよ。黒子っち』
『…仕方ないですねぇ。でもボクは、笠松さんと黄瀬君が上手く行くことを願っていますよ』
『黒子っち…やっぱり黒子っちも大好きだー!』
『…ボクは、黄瀬君にも幸せになってもらいたいんです。けれど、何でボクの周りには男同士のカップルが多いんでしょう』
それは、オレも不思議に思う。オレは赤司――征十郎の方――と結ばれたこともあるし……。
類友ってヤツなんだろうか。けれど、子供が生まれないのは残念だよなぁ……。
黄瀬も黒子も特に男好きって訳じゃないんだろうけど、何で男に惚れるかね……。
赤司達だって、本来ならばノンケだったはず。征十郎はオレのせいでLGBTになったってオレのことを責めたけど、今は結構楽しそうじゃないか。
――オレだって、赤司達といると楽しい。あの時、征十郎を誘ったのはこのオレだし、マドンナのキャンパスとも普通に付き合っていたし、オレも実はバイなのかもしれない。
後書き
実は自分もバイではないかと疑う降旗クン。
だけど、違うよね。降旗クンは赤司様達が相手だから恋したのですよね。
2020.07.08
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