ドアを開けると赤司様がいました 160

「そんなことありません!」
「そんなことはないぞ。お義母さん!」
 二人の赤司が同時に叫んだ。――だから! 征一郎までお義母さんて呼ぶなよ!
「あら、あらあらあら……」
 母ちゃんが目を丸くしている。オレはその様子を見届けてからおはぎを食った。餡この味と香り。ああ、我が家の味だ……。
「光樹。……良かったわねぇ。二人の赤司さんに愛されて。――私の両親が知ったらさぞ喜ぶことでしょうよ。父も母もそれは光樹を可愛がってたしねぇ……光樹、アンタも知ってるでしょ?」
「うん、まぁね……」
 オレは、へへっと笑った。うちの親戚はどういう訳かオレを構いたがった。じいちゃんやばあちゃんだって例外ではない。
 そういや、いとこ達はどうしてんのかな。……最近、会う機会もあまりないんだけど。母ちゃんによれば、オレに会えなくて、いとこ達も本当は寂しがっているらしい。
(ま、別々の道を行くのは仕様がないけど、電話ぐらいはしてやりなさいね)
 ――母ちゃんはそう言った。だけど、俺は電話もしてない。薄情者と言われても反論出来ないね。これじゃ。
 それでも、「まぁいいか」と片付けちまうオレもオレだよなぁ……。
「光樹……天国のお祖父さんやお祖母さんに会いたいかい?」
 征一郎が訊いて来る。そりゃまぁ、会えるなら会いたいよ……。
「そうだねぇ……会いたい」
「なら、強く願えばいいよ。僕だってうんと強く強く願ったから――おっと、すみません、お義母さん、つい、光樹と話してて……」
「いいのよ」
 母ちゃんはにこにこ笑っている。
「それよりも、私は赤司さん達が光樹と仲良くしてくれるのが嬉しいの」
「そうですか……」
 母ちゃんはずず……と、柚子茶を啜る。母ちゃんは、
「優しい味……きっと、今の光樹の心そのものなのね」
 と、言ってくれた。
「僕に頼んでくれたら、淹れてやったのに……美味しいからいいけど……」
 征一郎は多少不満顔だ。でも、茶の味については文句は言われなかった。これ、お湯割りだからね。失敗する確率は低いんじゃないかな。
「いつか、自家製の柚子茶をオレが作ってあげるよ」
 と、征十郎。それだって、オレも征十郎から習ったから淹れてあげられるけど……。
 オレのもなかなかのもんだと思うけど、でも、やっぱりオレがさっき母ちゃんに言った通り、征十郎の淹れた柚子茶の方が更に美味しいと思う。なんかコツでもあんのかな。
「今はちょっとね……征一郎が店で買って来てしまったから……」
「でも、おかげで赤司達がいなくてもオレは気軽に柚子茶を楽しめるよ」
 オレのその台詞を聞いて、征一郎がにま~っと笑った。
「ほら、僕はちゃんと役に立ってるだろ?」
「な、何だい? その顔は……」
 征十郎は些かたじたじとなっているようだった。征十郎は征一郎のことを出来の悪い弟呼ばわりしてたこともあったけど――あったと思う――、征一郎も負けてはいない。
「まぁまぁ、今はお茶とおはぎを楽しもうよ」
 結局オレが口を挟む形となる。
「そうだな。こんなことでかっかしたって仕様がない」
 征十郎も案外簡単に引き下がった。元気でいて欲しいけど、いたらいたでなんか言ってやりたいような弟分なのだろう。征十郎にとって征一郎は。
「柚子茶そのものもいいのね。高かったでしょう」
「いや、そんなには……」
「いいや、高かったよ!」
 何か言おうとする征一郎をオレは問答無用で遮る。
「あら……ごめんなさいね。征一郎君……光樹。お礼は言ったの?」
「一応……」
「一応じゃないでしょ? もう本当にごめんなさいね。気のきかない息子で……光樹。ちゃんと柚子茶の代金も支払うのよ。バイト代は生活費に入れてるんでしょうね」
「入れてるよ。ちゃんと」
 いつも通りの母ちゃんはやっぱちょっと口うるさい。
「お義母さん。生活には困ってませんけど、光樹と暮らすようになってから、オレはエンゲル係数を気にする癖を身に着けることが出来ましたよ」
 ――だって、赤司の経済観念って結構ザルだったもんなぁ……。お金持ちのお坊ちゃんで、金の苦労なんかしたことなかったんだろうけど。征臣サンは何も言わなかったんだろうか。
 そりゃ、オレだってそれなりの家で育ててはもらったけど。でも、赤司の家はレベルが桁外れだもんなぁ……。
「光樹はお二人に迷惑かけてない?」
「全然!」
「ちっとも!」
 母ちゃんの言葉征十郎と征一郎が同時に答える。二人は(あ……)とでも言うように互いに顔を見合わせる。
「いいのよ。光樹のことは。遠慮せずどんどん使ってちょうだい」
「はぁ……」
 征一郎に征十郎、母ちゃんの言うことは本気にしなくていいからね。――本気にするとオレが困るから。ま、ほんと言うと家事はそんなに苦じゃないけど。
「母ちゃん、柚子茶のお代わりいる?」
「そうね。もらうわ」
 ――その時、電話が鳴った。征十郎が出た。
「はい、もしもし、ああ、はい――征一郎、キミにだ」
「誰からだい? せっかくお義母様と話していたのに――」
「父さんからだ。いいから早く!」
「はいはい」
 立ち上がった征一郎が征臣サンと話しているようだ。
「え……東京法務局……? 東京法務局が僕に何の用ですか?」
 ああ、そうか。もしかして戸籍の件か? オレも法務局が征一郎に何の用か気になる。やっぱ、戸籍の件だろうな……それしか思い当たることがない。
「うん、うん、わかった、今行く!」
 征一郎はガチャンと電話を切った。
「僕、実家に行って来ます。――法務局のお偉いさんが来ているらしいんだ。その……僕の件で。お義母様にもせっかく会えたのに、お名残惜しいんですが……それじゃ、征十郎に光樹、行ってくる。征十郎、車出してもいいな?」
「オレも行こう」
「いいんだ。征十郎はお義母様の相手をしていてくれ。……これは僕の問題だから」
「そうか……」
 征十郎はほっとしたようだったけど、同時に寂しそうでもあった。
「じゃあ、お義母様、行って来ます」
「わかりました。行ってらっしゃい」
 ――征一郎が出て行ってしまった。オレはどうしようかと考えあぐねていた。
「では私も帰った方がいいかしら……」
 何だよ、遠慮なんてらしくねぇぞ。――母ちゃん。
「それよりも前に――お義母さんにお話があります」
 え? 話すことって何?
「――あらまぁ、何かしら?」
 改まった様子で、母ちゃんが言う。もしかしたらオレにプロポーズするんじゃないの……? 征十郎が口を開いた。
「征一郎がオレの双子の弟だって言うこと……あれは真実ではありません」
「征十郎!」
 んなこと、母ちゃんに言わなくてもいいだろう! ……母ちゃんは結構口が軽いぞ!
「どういう……ことなの?」
 母ちゃんの表情が俄かに厳しくなった。
「あれはオレの――分身なんです」
 ああ、言っちまった、征十郎……。かくなる上は!
「母ちゃん、絶対に絶対にご近所さんには言わないでね」
「光樹……アンタ、母親を何だと思ってるの?」
 母ちゃんが眉を顰める。ふんだ。オレを出来の悪い息子と言った母ちゃんへの一種の意趣返しにはなったかな。
「それで、征一郎は――」
「もういいわ」
 母ちゃんが遮った。
「だって、征一郎君が訳ありだってことは何となく知ってたもの。ついこの間まで影も形もなかった青年なのに、いきなり現れて――何か事情があるんだくらいのことはわかるわ」
「そ、そうですか……」
「私は光樹の言う通り口が軽いからね」
 そう言って母ちゃんはオレの方を軽く睨んだ。オレは冷たい汗が流れたように感じた。

後書き
降旗母に事情を話そうとする征十郎クン。
でも、降旗母は必要があれば聞いてくれるでしょう。今はその時ではないと思っているのかも。
2020.07.06

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