ドアを開けると赤司様がいました 16
「ただいま~」
「――よぉ」
ドアを開けると青峰大輝がいました。
「あの~、青峰さん? どうしてここにいるんですか?」
「んあ? おめーが赤司にいじめられてねぇか心配で見に来たんだよ。――でも、大丈夫そうだな」
確かに、昔の赤司だったら一緒に住んでても恐縮していたかもしんないけど……。
「赤司、いいヤツだぜ。虐められてるなんて全然。かえってオレの方が世話になってるぐらいで……」
「不思議だな。赤司のヤツもそう言ってたぜ。あ、オレ、この間赤司に会ったんだ。そんで、フリのことも聞いたんで……」
『フリ』かぁ……。懐かしい呼び名だな。オレは降旗だから、河原や福田一年組には『フリ』って呼ばれてたっけ。ついでに言うと、河原は『カワ』、福田は『フク』。
「でもま、元気そうで良かったぜ。――おめー、意外と料理上手なんだってな。オレにもなんかご馳走してくれや」
「わ、わかった……」
ピラフでいいかな。赤司も好きだし。――三人分作って、一人分は赤司の為にとっておこう。
「出来ました」
オレは皿に分けて青峰の前に出した。
「すげぇ旨そう!」
青峰が褒めてくれたのも嬉しかった。
「さつきも結構作ってくれんだけど、ありゃ料理じゃねぇよなぁ。こっそり捨ててんぜ」
――嘘ばっかり。
そう言いながらもきちんと律儀に食べてるんだって、赤司言ってたもんな。青峰は桃井さんとお似合いに見えるけど、桃井さんは黒子一筋だもんなぁ……。そりゃ、黒子がいい男なことは認めるけれど、青峰だっていいヤツじゃん。
それに、黒子には火神がいる。
「ただいま。おや、美味しそうな匂いがするね」
「赤司、早かったね」
「青峰、来てたのか」
「おう。――余計なお世話かもしんねぇけど、鍵はちゃんとかけて行った方がいいぜ」
「ん? オレはいつでも鍵かけてるけど」
あー、しまった!
「鍵かけてなかったのオレかも。ごめんね。赤司」
「いや、今度から気をつければいいよ」
そう言って赤司はオレに対してにこっと笑った。
「家はいいのかい? 青峰」
「ん……ちょっと、今帰るとやべぇかも。父ちゃんと母ちゃん、喧嘩してんだ」
「飽きないね。全く」
「いつもはテツんとこに世話になってるんだけど、こっちの方が近いからな。いつでも遊びに来いって、赤司てめぇが言ってたじゃねぇか」
「そうだっけか?」
赤司は温和な目付きで青峰を見ていた。青峰……いや、キセキのヤツらは皆、赤司にとっては弟みたいなもんなんだろう。
「ピラフとってあるけど、あっためる?」
「ありがとう。じゃあお願い」
オレは電子レンジにピラフの載った皿を入れた。うちには電子レンジもあるのだ。――学生にあるまじき贅沢だよね。しかもオープン機能付き。ま、この機械のおかげで赤司のレパートリーも増えたし、オレのレパートリーもそれなりに増えた。
赤司は綺麗な動作でオレのピラフを胃に収めて行く。優雅だなぁ……。比べちゃ悪いけど、青峰とは比較になんない。育ちの良さのおかげかな。
――青峰はワイルドな魅力がある、と彼のファンなら言うだろう。
「光樹は食べないのかい?」
「――さっき食べたよ」
オレ達のことを、青峰はじっと見ている。気づいたのは赤司が先だった。
「どうしたんだい? 青峰」
「いや――仲いいなぁと思ってよ」
「そうだね。オレ達家族だもんね」
「うん」
赤司の言葉にオレは頷いた。オレも、赤司の存在に慣れて来た。もう、家族と言われてもテンパったりしない。
「……まぁ、いいけどよ。時々飯食いに寄ってっていいか? コンビニ弁当よりマシだから」
「ダメ」
赤司は舌を出した後、続けて言った。
「嘘だよ。いつでも来てくれたまえ。それに、光樹の料理はコンビニ弁当より旨いだろ?」
「さり気なく自慢しやがって……そう言うのをノロケって言うんだよ」
「ノロケ……そうなのかい? 光樹」
赤司が訊いてくる。オレはぶんぶんと首を横に振った。恋人がいたことのないオレに訊かれたってわかる訳がない。
あ、黒子が、オレの電話するたびに火神の自慢するとか、そういうこと?
「しかも光樹呼びと来たか……黄瀬のヤツに聞いた時は『まさか』と思ってたけど……こんなチワワだったのになぁ……フリも大きくなって……」
あ、そういや、黄瀬ともチワワの話してたな。赤司がチワワの話題出したんだっけ。
可哀想だなぁ。赤司。ここ、ペット禁止だからなぁ。
「赤司って、チワワ好きなの?」
「そうだなぁ……嫌いって話は聞かねぇなぁ……」
青峰が思慮深げな顔をしている。ふーん。赤司はやっぱりチワワ好きなんだ。
しかし、こうして見ると青峰もなかなかいい男だ。固定のファンとかいるんだろうなぁ……声もいいし。
赤司は以前は猫飼いたいって言ってたな。動物全般が好きなんだろうか。牧場で牛や馬も育てているし。尤も、世話するのは牧場の人だけど。
「赤司は動物好きなの?」
「そうだな。嫌いではないな。――言うことを聞く猫なら好きだ。聞かない猫は嫌いだが」
赤司の目が今、一瞬物騒にぎらっと光ったのは気のせいかな。
「フリは言うこと聞く猫か?」
「青峰……光樹は人間だよ。猫と一緒にするはずないじゃないか」
「そうだよなぁ。……いくら、てめぇが常識外れでも、そんな、なぁ……」
「でもオレは、光樹が猫だったら良かったと思うこともあるよ。どこにでも連れていけて」
「――猫は寿命が短いからオレらより先に死んじまうじゃねぇか。そういうこと、考えたことあんのかよ」
「そうだねぇ。じゃあ、今のままが一番いいのかな」
「――それにしても赤司。寿命の長いチワワが見つかって良かったな。大事にすればあと五十年はもつぜ」
青峰は変なことを言う。そんな長生きするチワワなんている訳ないだろ。
「ああ。精々大事にするさ」
赤司も澄まして言う。赤司はオレに内緒でチワワ飼ってるんだろうか。あ、そういえば、赤司には実家もあったんだ。オレにも実家があるように。
赤司の実家って、きっとすげぇんだろうなぁ……。んで、夜はダンスパーティーするとか。上流階級だな。
オレがぼーっと白昼夢を見てると、青峰のまとう雰囲気がふと優しくなったような気がした。あ、そだそだ。オレ、皿片づけなきゃ。
「洗うね。赤司」
「ああ、任せたよ光樹」
オレは三人分の皿を洗う。洗う前に古い布で脂分を拭く。もう食器用洗剤なんかに頼らなくていいぞ。
洋服洗う時は洗剤使うけど。赤司は綺麗好きだから。
それに、オレは赤司の匂いが好きだ。それは何となくだ。人を惹きつける匂いというのがあるのなら。
「じゃあ、フリ。おめー赤司のこと頼んだぞ。――オレは外ぶらついてるわ。いい天気だから」
青峰が帰り際に力づける為にかオレの肩をぽんぽんと叩いてくれた。オレは頷く。そうだね。せっかく一緒に暮らしてるんだから、仲良くしなくちゃね。
「じゃあな、青峰」
赤司が上機嫌で別れの挨拶をした。青峰は「おう」と答えてアパートの階段を降りて行った。
「いいヤツだろ? 青峰って」
赤司が愛しい弟の話でもするような表情で言った。
「うん。ていうか、キセキって基本全員いいヤツじゃん。その……もう一人の赤司も」
「ありがとう。もう一人のオレが聞いたら喜ぶと思うよ。彼も光樹が好きだったからね」
――それも知らなかった。だって、赤司ってオレのこと見下してんだろうなって思ってたもん。赤司についてはオレ、知らないことばっかりだ。青峰が訪ねて来てくれたことは嬉しいけど――今度から鍵はちゃんとかけとこう。
「光樹。これからは鍵をちゃんとかけておくんだよ」
ああ、やっぱり赤司もそれ、気になってたのか……。
「反省しております」
「今日は青峰だったからいいようなものの、もし押し込み強盗だったら、オレ達もしかしたら今頃命はなかったからね」
うっ……それは考えてなかった。……しかし、赤司はそんなに気を回して疲れないのかな。まぁ、今回のことはオレが悪かったんだけれど。
「オレ達の家を荒らされるのはやはり気分のいいもんじゃないからね。例え相手が青峰でも」
「すみませんでした……」
後書き
青峰クンも親切で来たんだと思います。青峰も結構いいヤツですから。
ただ、青峰でも勝手に入られては困る、という赤司の気持ちもわかります。
2019.06.01
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