ドアを開けると赤司様がいました 159

「母ちゃん。ほら、菜箸」
「あら、悪いわね。光樹。――赤司さん達にご馳走すのに、手づかみって訳にもいかないからねぇ」
「僕達はそれでも良かったけど」
 征一郎が柔らかい笑顔で言う。ほー、征一郎にはこんな顔が出来たんだ……。
「まぁ、ありがとう。確かにおはぎは手で作ったものだけど、菜箸で分けた方が気分はいいからね。――光樹、ありがとう」
「へへっ」
 オレは母ちゃんに褒められてちょっと嬉しくなる。マザコンかもしれないけど、いいんだ。男は皆マザコンだ。二人の赤司だって、きっと詩織サンを忘れない為にバスケをやっているに違いないんだ。
 ――オレは、母ちゃんの為にではなく、好きな娘の為に始めたことだったけど。
 ぼや~ん、と思い出の彼女の顔が浮かんで来る。もう名前も忘れてしまった。でも、君はオレの恩人だ。
 そうだ! 今日は柚子茶にしよう。オレは柚子の香りが大好きなんだ。あ、でも、餡子と柚子って合うんだろうか。やっぱり普通のお茶にした方が無難かなぁ。
 柚子茶――赤司達ってば、また高い物買って……と心の中でぶつぶつ言いながら飲んでみたら、結構美味しかった。香りも楽しめるしね。
 そういえば、柚子のおはぎって言うのもあったんだっけ。――確か、赤司達におはぎでもご馳走しようかと思って調べてみたところ。あれも美味しそうだったなぁ。
 あ、このことは赤司達には内緒だったんだっけ。
 いつか作ろうと思って忘れてたんだ。でも、母ちゃんのおはぎも旨いからなぁ……。
 オレは柚子茶を淹れる。
 リビングに行くと、赤司達が母ちゃんと楽しそうに話をしていた。
「やぁ、光樹」
「今、キミの子供時代の話を聞いてたんだ」
 征十郎と征一郎が笑っている。
「えー、やめてやめて」
 もし、オレの黒歴史が赤司達に知られたらどうしよう――そう思ったオレは母ちゃんを止めようとした。
「光樹……キミの顔は昔からそんなに変わってなかったんだって?」
「……そうかも」
 ――確かに背は伸びたけど。バスケのおかげかな。
「でもねぇ……写真で見比べると、『ああ、やっぱり大きくなったのね』と思う訳」
「やめろよ、母ちゃん、恥ずかしい……」
「恥じらう光樹も素敵だぞ。――それは柚子茶だな」
 征一郎は目敏い。
「まぁまぁ、そんな高い物を……」
「赤司達だって、母ちゃんの為に買ったんじゃないと思うよ」
 オレはつい、憎まれ口を叩いてしまった。母ちゃんが困ったような顔をした。
「まぁ、何なの? 光樹ったら……しばらく会わない間に随分生意気になって……でも、仕方がないかもしれないわねぇ。光樹も大学生だもの。いつまでも私の可愛い光樹のままでいることは出来ないわよねぇ……」
 ――初めからいないって、そんなヤツ。
「何を言いますか、お母様。光樹は今でも充分可愛いですよ。お母様の育て方が良かったおかげですよ」
 やめてくれよ、征十郎……。
「まぁ、ありがとう。征十郎君……征十郎君よね? 両方とも赤い目だから」
「ええ……でも、オレが征一郎に変装する為にカラコンをした時も、光樹にはバレてしまいましたから――やはり、オレ達のことをよく見てくれてるんだと思います」
 征十郎が説明してくれた。
「学校の連中には見破られなかったんだけどな――」
 征一郎が嬉しそうに続けて、息を吐く。
「あら、光樹も意外と鋭いのね。……人を見る目があるのね」
 母ちゃんがオレを見直してくれたらしい。オレは柚子茶を母ちゃんと赤司達に勧める。――母ちゃんは柚子茶を飲んで、
「あら、美味しいわね」
 と言ってくれた。オレも実は柚子茶が好きなんだ。オレも机の前に座って柚子茶を飲む。うん、自分で言うのも何だけど、上手く淹れられたみたいだな。征十郎も一口飲んで、満足したらしかった。
「本当、旨いよ。光樹。お茶を淹れるのが上手くなったな」
「そりゃあ……赤司達に教わったからね」
「あらあら。光樹のこと、赤司さん達に取られてしまったみたいね。……ちょっと寂しいわね」
「そんなことありませんよ。光樹はいつまでも、お義母さんの立派な息子さんですよ」
 征十郎が言った。オレも征十郎と同じ意見だ。母ちゃんがいたからこそ、今のオレがあるんだから。
「まぁまぁ。ありがとう。征十郎君……征一郎君も、光樹と仲良くしてくださってありがとう」
「いえいえ。オレも光樹のことは好きですから」
「本当にねぇ……私の老後は光樹はどうなるのかと思ってましたから……」
 母ちゃんがハンカチを取り出す。オーバーだっての。オレだって一人暮らしのつもりでこの部屋借りたんだぜ。――金は出してもらったけどな。
 ……やっぱり社会人への道はまだまだ遠い……。
 オレが自分の意志で借りたと思っていた部屋。でも、その部屋は赤司のものでもあって――。
 ドアを開けると赤司がいた。今は征一郎も一緒にいる。
 なんて、恵まれているんだろう。そして、こんな楽しい生活が待っているとは思わなかった。
 いずれ別れの時が来るとは知っていても――オレは征一郎が元気そうなのを見るのが楽しい。そう。征一郎は楽しそうなのだ。まるで、胸のつかえが取れたみたいに。
 問題は山積みだけど、何とかなるよな。だって、赤司家の人間だもん。征十郎も、征一郎も。
 特に、征一郎を取り巻く環境はシビアだが、それだって何とかなるだろう。征臣サンもいることだしな。あんな頼りがいがあって、理解も示してくれる親なんて珍しいよ。それに比べてうちの父ちゃんは――まぁ、普通だけどな。
 オレも柚子茶を一口飲む。……柚子って何でこんなに口当たりが爽やかで香りもいいんだろう。
 それに、このお茶はオレが淹れたものだ。例え、前に赤司に教わっていたとはいえ。――ああ、旨い。オレは舌鼓を打った。
「満足そうね。光樹」
「うん。母ちゃんあのね……柚子茶は征十郎から淹れ方を教わったんだ。――まぁ、これは、市販のヤツだけど。でも、高いし、旨いよ。征十郎が前に淹れてくれたものの方がオレの舌に合うけど」
「あら、征十郎君は何でも出来るのねぇ……普通はメイドとか使用人とかに頼まない? 大金持ちなんでしょう? 赤司家は」
「『何でも出来なければ赤司家の人間ではない』と父に言われましたので」
 征十郎が何か言う前に、征一郎が口を挟んだ。征一郎が続ける。
「今はもう、そんなこと言いだす父でもないんですが」
「お義母さん、オレがバスケを始めたのは母がいたからなんですよ」
 征十郎が咄嗟に話題を変える。ナイス! 征十郎!
「あら、征十郎君のお母様って確か――」
「亡くなりました。けれど、オレにバスケを勧めてくれたんです。――オレが忙しくて息抜きも出来なかったから……」
「そうだったの……いいお話ね……」
 母ちゃんはハンカチを目に当てた。征十郎が肩を竦める。
「さっき征一郎がちらっと言ったと思うんですけど――何でも出来なきゃ意味がない。そして勝たなきゃ努力は全て無駄になる。父がそう言ってたもので」
「お父様、そんな風に言う人には見えなかったけど?」
「変わったんですよ。父も。光樹始め、誠凛の皆さんのおかげでね」
 征十郎がオレのことを肘でつつく。いやぁ、それはどうかなぁ……。
 オレが変わったのは――。誠凛にはカワやフクや先輩方や……そして、何と言っても黒子と火神がいたし。
 そして、カントク。
 カントクはオレの資質に赤司より先に気が付いた。カントクは可愛い女の子だったけど、しっかりもしていたしな。やっぱり景虎サンの娘さんだけあって思い切りも良かったし。
(降旗クン。私はキミは弱そうに見えるけど、弱いなんて一言も言ってないわよ)
 ――その一言が嬉しかった。オレは、火神のスーパープレイなんか見て、自分は何て弱いんだってコンプレックス抱いていた時だったから。
(キミのその弱そうなところは、いつか必ず役に立つわよ)
 その、役に立った初めての舞台が洛山戦……しかも、赤司との一戦であったことは意外だったけど。
 皆が心配したりしてくれたり、呆れたりいしている中で、カントクだけがオレのことを信じてくれた。
 だから、カントクは日向サンと幸せになるといい。……実はちょっとだけ、カントクのことが好きだったんだけど。オレはその時は別の女の子に恋をしていたし。……今は、赤司達がいるし。
「何にやついているんだい? 光樹」
 征一郎が訊いて来る。
「ん……昔のこと思い出してた。高校一年の頃の洛山戦」
「あー……」
 征一郎にも思うところがあったらしい。ふうっと溜息を吐いた。
「あの時は、相田先輩にしてやられたよ」
「やはり、相田先輩には一日の長があるからね」
 そう言ってから征十郎が上品におはぎを食べる。
「――美味しいですよ。お義母さん」
 だから! 赤司達もそのお義母さんと言うのはやめてくれよ! オレはまぁ、赤司達のことは好きだし? プロポーズされれば――ムードに流されてしまえばOKしてしまうかもしれないけど?
 あー、でも、赤司は二人いるんだった。ややこしいなぁ、もう。
「こんなにいい息子が二人も出来るなんて、私は幸せね。――実の息子の出来が悪かったから……」
 出来が悪い息子ですみませんね!

後書き
柚子茶なら私も飲みたいです。
降旗クンはいい子ですよ。私が保証します。きっと赤司様達も私に賛成してくれるでしょう。
2020.06.30

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