ドアを開けると赤司様がいました 158

「おはぎ持って? ほんとかい?」
 征十郎の目が輝いている。征十郎はそんなにおはぎが好きなのか。
「――うちのおはぎは甘いよ」
「うん。甘い物は大好きだよ。……光樹の作った饅頭も美味しかったね」
「そうかな……へへ……ありがと……」
 オレは鼻の下を擦った。自分の作った料理やお菓子を褒めてもらうのは嬉しいことだ。それも、将来は何だかバスケ界でも偉くなりそうな征十郎に褒めてもらったとなると――。
 待て待て、降旗光樹! バスケで認められないんじゃ意味ねぇじゃん。――オレはぶんぶんと首を振った。
「どうしたんだい? 光樹」
「いや、別に――」
 オレの心はもう、母ちゃんのおはぎに飛んでいた。誰もが旨いとは思わないかもしれねぇけど、家族全員喜んで食べた。あんこの匂いと味は、そのまま家庭での思い出に繋がっている――。
「ところで、オレはね……大学行く時から実はアメリカに渡ってバスケ留学することも考えてたんだ。そう言う話も出ていたことだし」
 ――まぁ、征十郎の元にはその類の話はわんさか来ただろう。オレと違ってな。
「今日はアンクルブレイクの特訓はお休みだな。光樹の母さんがいつ来るかわからないから」
 征一郎が言った。
「まぁ、そりゃそうなんだけど、母ちゃんが帰ってからでも――」
「それにしても、僕もおはぎは楽しみだな」
 征一郎もるんるん気分でいるようだ。本当は店で買ったものの方が美味しいんだけど――うちの母ちゃんのおはぎはおふくろの味だ。
 ……あのおはぎは、きっとどこにも売ってない。天国にだってないだろう。
「母ちゃん、征十郎と征一郎が楽しみにしてるって言ったら喜ぶよ」
「ああ……茶葉は買い置きがあるぞ。柚子茶もあるしな」
「うん」
 オレは食後の四方山話を楽しんでから、征十郎と一緒に片付けをし始めた。例によって、征十郎が手伝いたいと言い出したのだ。オレも母ちゃんがいつ来るかわからないので、早く綺麗にしたかったから、拭き方を頼むことにした。
 征一郎は机を拭いている。それを見て、オレはほっとした。
 良かったなぁ、征一郎――。すっかり元気になって。
 何がなし、表情もいつもより良いような気がする。オレはとても暖かい気持ちになった。
 そうだ。洗濯もしなきゃ。――オレはやってないから。
「征十郎。もう終わったから洗濯していいかなぁ」
「ああ――昨日はオレがやっておいたから」
「……済まん」
「いいっていいって。持ちつ持たれつ、だよ。でも、今日もちょっと洗濯物出て来たから、洗って来ようかな」
「オレがやるよ。だって、持ちつ持たれつ、なんだろ?」
 オレが言った。征十郎がにこっと笑った。
「ありがとう、光樹。でも、その気持ちだけで充分だよ」
「そうそう、洗濯は僕がやっておくから。――体が凄く軽いんだ。どんなに動いても疲れないぞ」
 そうか――ちょっと征一郎が羨ましいな。今まで苦労して来たとは言え。神様からもらったマナも美味しそうだったし。
「じゃあ……一緒にやろうか」
 オレが言った。征一郎が続ける。
「僕にまで気を使わなくていいぞ。光樹。――布団も洗おうかな」
「布団を洗うのはちょっと大変だよ……クリーニング屋に頼もうぜ」
「――そうか。では、そうしよう」
 征一郎がオレに向かって頷いた。実は一度、征十郎とかけ布団を洗ったことがあるが、何も無理して家で洗わなくても、クリーニング屋で充分、と言う結論に達した。
 まぁ、楽しくないこともなかったけど――。敷き布団の足踏み洗いとかは。
 征一郎が服を持って洗濯機のあるバスルームのドアを閉じた時だった。
 ピンポーン。
 インターフォンが鳴った。――きっと母ちゃんだ。
 オレより先に征十郎が出て行った。征一郎はまだ出て来ない。
 征十郎がガチャリとドアを開ける。――やっぱり母ちゃんだった。
「こんにちは。光樹のお母さん」
「あらあら、他人行儀な――私なんてただの『おばさん』でいいのよ。――光樹、おはぎ持って来たわよ。征十郎君も征一郎君もおはぎ好きみたいだから」
「ええ、まぁ、その――」
 征十郎は珍しく言葉を探しているようだった。オレにはわかっている。征十郎は特におはぎが好きな訳ではない。――いや、好きなんだろうけど、オレの母親が作ったおはぎだから好きなんだ。
 ――何だろう。どうしてそんなことがわかるんだろう。
 征十郎や征一郎の言ってたことなんて、今まで単なる冗談だと思ってたのに――。
 オレが信じられなかったのは、征十郎のことでも、征一郎のことでもなく、自分のことだったのかもしれない。
「あがってください」
 征十郎が母ちゃんの為に場所を開ける。
「母ちゃん!」
 オレは、ドアから少し離れたところから叫んだ。やっぱり母ちゃんが来てくれると嬉しい。母ちゃんは着物姿だ。
 母ちゃんが着物を着ると、三割がた、いい女に見える。オレは、それが昔、どれ程得意だったか。――まぁ、わざわざ着物着てきちゃって、と言う思いもないではないけど。
(降旗クンのお母さんて、美人よね!)
 そう言ってくれたクラスメートがいた。名前は忘れたけど。
「お義母さん、いつ見てもお綺麗ですね」
「あら、ありがとう。こう見えても努力してるのよ」
 母ちゃんがホホ……と笑った。二人の赤司の前で、多少気取っているみたいだ。
 ――オレはいつもの母ちゃんの方がいいなぁ。どうせまたすぐにいつもの母ちゃんに戻るんだろうけど。
「どうぞ。お座りください」
 征十郎が母ちゃんにソファを勧めた。バスルームから出て来た征一郎が、
「お義母さん、おはようございます」
 ――と、言った。だから、誰がお義母さんだよ……。
 でも、そんなに不快なジョークでもないな。オレが女だったら、もう舞い上がってしまっていたかも。
 しかし、二人の若い、いい男に着物姿のいい年したおばさん――これじゃまるでホストクラブだ。ドンペリがあったらぴったりハマってたな。ちょいセコめのホストクラブだ。
「あ、そうそう。これおはぎ。皆で食べてね」
「今、いただきますよ。お皿持って来ますね」
 オレは、征十郎と視線が合う。征十郎が嬉しそうに笑った。
「光樹。キミも休んでいてくれ給え」
「いや、洗濯してるよ」
「もう僕がやってるって――全自動だから楽に終わるよ」
 征一郎が口を出す。
「まぁ、光樹ったらそんなことまで赤司家のお坊ちゃんにさせて――大丈夫ですのよ。光樹は。赤司さん達が面倒見てくれなくても」
「オレ達が好きでやっていることです」
 流石、征十郎は如才がない。
「僕も好きでやってるんですよ。そうだろ? 光樹」
 征一郎がオレに向かって微笑みかけた。今までで一番いい笑顔だ。体がしんどくなくなったと言うのは、本当かもしれない。
 クロコ――神様に感謝だなぁ……。
 もしかして、黒子が、副業で神様をやっているのかもしれない。そう思わせる程、黒子テツヤは高校の頃から何だか不思議なヤツだった。赤司達より得体が知れないかもしれない。
 黒子と火神は、一度は赤司達に勝った選手だもんな――。
「……皿を持って来るか」
「オレが行くよ。征十郎」
「そうかい」
 こういう時は譲ってくれる征十郎だが、今回はオレの母が来てるってんで張り切っているらしい。オレと征十郎は二枚ずつ皿を運んだ。
 母ちゃんが風呂敷包みから重箱に入ったおはぎを出す。
「粗末なもので悪いんですが――」
「いいえ!」
 征十郎と征一郎が同時に叫ぶ。
「けれど、征十郎さんに征一郎さん……おはぎが好きだなんて意外ねぇ……こんな物を……」
「いえいえ。オレ達はワカメと紅生姜以外なら何だって食べますよ」
「赤司さん達、本当は湯豆腐が好きなんですってね、光樹から聞いたわ」
「ええ、まぁ……だってさっぱりしてますからね。湯豆腐は」
「柚子をかけて食べるのも美味しいですよ」
 母ちゃん、征十郎、征一郎が湯豆腐の話をしている。――母ちゃんも湯豆腐は好きなのだ。湯豆腐にそれほど情熱を持たないオレは、お茶を出す為にキッチンへ向かった。あ、そうだ。おはぎを分ける為の菜箸持って行かなきゃ。

後書き
おはぎはそう好きじゃないけど、湯豆腐が大好きです。
……何か、お腹が空いて来たな……。
2020.06.28

BACK/HOME