ドアを開けると赤司様がいました 157

「そんなに影薄いですか?」
 神様が言った。この神様……誰かにそっくりなんだよな……この釣り竿で神様を吊り上げている男も見おぼえあるし……。
 ――わかった!
「黒子に火神! オマエらこんなところで何やってんだよ!」
 オレはつい叫んで二人を指差した。
「初めまして。ボクはクロコと言います。カタカナで」
「オレは……カガミ、だ……クロコ、オマエ、重くなったな……!」
「カガミ君の力が足りないだけです」
 うわー、容赦ねぇな、黒子……じゃなかった、クロコ……。
「そんなことはどうでもいい。クロコ、キミに話がある。――単刀直入に言うが、僕はもう少しの間だけ、光樹達と一緒にいていいだろうか」
 うわー、相変わらずズバッと訊くなぁ、征一郎のヤツ……。オレも人のことは言えないけど……。
「オレからも、頼む」
 そして――征十郎が土下座をした。なかなか見られるような光景じゃない。征十郎も実は征一郎と同じくらい気位が高くて――だから、絶対に他人に土下座なんてするようなヤツじゃないと思ってたのに。
 それ程までに、征十郎も征一郎と一緒にいたいんだな。オレはじーんと胸が熱くなった。
「――オレからも、お願いします! オレ達から征一郎を取らないでください!」
 征十郎にならってオレも膝をついて頭を下げた。
「征十郎……光樹……」
 征一郎の声が呆然としているようだった。
「顔を上げてください。二人とも」
 クロコが言った。オレは顔を上げる。クロコは神々しい光に包まれて、にこっと笑っている。ああ、似合わないヒゲ生やしてても、どんなに影が薄くても、神様は神様なんだなぁ、と、オレは妙に納得した。
 神様の光のおかげで、オレは、周りの様子もわかる。
「ボクは、征一郎君を応援します。だから――征一郎君が楽になれるように手を尽くしましょう。征一郎君、これを食べてください」
「……何だい? これは」
 オレは後ろを振り向いて、征一郎の方を見た。征一郎が美味しそうなパンを手にしている。そういえば何だかいい香りもするような……。急にお腹が空いて来たな……。
「それを食べてください。天国のパン……マナです」
「マナか。旧約聖書に載っていた、神からの食糧だな」
 ふーん、流石、征十郎は博識だな。オレ、聖書なんてまともに読んだこともねぇや。それにしても……。
「クロコ、オレ達の分は?」
「ありません」
 クロコがきっぱりと言った。こういうところも、本家黒子テツヤにそっくりだな……影薄いくせに物事はっきり言うヤツだからな。あいつも。……優しくて、面倒見も良くて、オレ達黒子が大好きだったんだけど。
 でも、天国のパンは征一郎しか食べられない訳だ。
 ある意味、征一郎も選ばれた人種なんだ。いいなぁ。
 征一郎はしばらく黙って眺めていたが、やがてマナにかじりついた。もぐもぐと口を動かす。彼は残りのマナも食べてしまった。
「美味しい……」
 オレはちょっと恨めしそうに征一郎を睨んだ。
(キミも一口どうだい?)
 とか言ってくれないのかよ。征一郎のヤツ。
 けど、これは征一郎が神様から恵んでいただいた天国のパンなのだからな……ちょっと食べてみたかったけど……。
「何だか……力が漲ってくるようだ……」
 征一郎が拳をぐっと握った。オレが目を見開いていると――。
「これで、地上でも楽に動けますよ」
 神様クロコの優しい声が響いた。
「ありがとう……クロコ」
「いえいえ。――それでは、もうすぐ朝ですので、ボク達はこれで」
 クロコとカガミはどろんと姿を消した。――やがて、目覚ましの音が……。
「ん、んんん……」
 オレは寝惚け眼をこすりながら時計を止めた。
 ――オレの傍では、征十郎と征一郎がまだ眠っている。二人とも、可愛い顔して気持ち良さそうに寝てんな。特に、征一郎は嬉しそうに笑っているように見える。――本当に笑ってんのかは知らないけど。
 オレは急に愛しさが突き上げて来て――二人の赤司の頬にキスをした。やっぱり柔らかいな。こいつらの頬は。それに、とてもいい匂い……。シャンプーの香りのするさらさらの赤い髪、入浴剤の香り……。
 ちょっと、無防備さが赤ん坊を思い起こさせた。
「光樹……?」
 征一郎か征十郎だったかが目を覚ました。――あ、この眼の色は征十郎か。
「……おはよ、光樹」
「うん。おはよ」
「――さっき、オレにキスしなかったかい?」
「ああ、うん……」
「ありがとう。オレからもキスを贈るよ」
「え……?」
 オレがほけっとしていると、征十郎はオレの頬にキスをした。ちょっとくすぐったいな……。
「――ずるいぞ。征十郎」
 征一郎も起きたらしい。今度は明らかに笑っている。
「征一郎、体調はどうだい?」
「心配されなくても大丈夫だ。――おかげで体がとても軽い」
「あれは、本当にただの夢ではなかったんだな……黒子そっくりの影の薄い神様が出て来た夢は……」
 征十郎は笑い交じりに呟いた。確かに影は薄かったが、相手は神様だぜ、征十郎――もっとこう、敬うとか畏れかしこむとかないもんかね。オレも人のこと言えねぇけどさ。
 それに――あの神様は征一郎のこと応援してるって……絶対いい人だよ! ……あ、神様か……。
(ありがとうございます。降旗君)
 ……黒子の声が脳裏によみがえったような気がした。それとも、神様のクロコか……神様クロコの可能性の方が高いかな。神様だから何でもお見通しなんだろう。
「さてと、着替えたら今日は僕が朝ご飯を作るよ。久しぶりに体も楽で――とても気分がいいしね」
 征一郎が腕まくりをした。
「あ、その前に……僕もキミの頬にキスさせてくれるかい?
「あ、うん、いいよ……」
 征一郎の唇がオレの頬に触れる。やはりくすぐったい感じがした。

 朝食はご飯と味噌汁とおかずは三品。よく頑張ったな。征一郎のヤツ。
「光樹。キミが和食派なのは知ってるよ。僕も征十郎も実は和食派だしね。実家では父さんに付き合って洋食を主に食べてたんだけど……」
 そうだったのか……。
「征一郎。近々オレ達も実家に行かなきゃいけないんじゃないのかい?」
「そうだな。矢沢さんにも会わないといけないし。けど、今日は光樹にアンクルブレイクの特訓を――」
 征一郎が言いかけた時だった。電話が鳴った。
「もしもし――?」
「あら、光樹? 光樹よね?」
 ――母ちゃんの声だ。
「何だよ。母ちゃん……」
 オレはそう言ったが、心の中でほっとしていた。家族の絆と言うのは、強い。オレはまた、てっきり矢沢サン辺りかと思ってたのに。
 まぁ、その人嫌いじゃないけど。
 それに、母ちゃんにもあのことを話しておかなければ。オレ、アメリカ行きたいって――。
「今日、朝早く起きて、張り切っておはぎ作ったのよ。赤司くん達が食べたいって言うから」
「母ちゃん、もしかして今日家に来るの?」
「あら、いけない?」
「いけなかぁないけど」
「そ。ありがとう。では、またね」
「あ、母ちゃん――」
 電話が切られ、ツー、ツーと言う音だけしかしない。
 もしかして……言うんだったら母ちゃんに直接言った方がいいのかもしれない。父ちゃんにも言わなきゃいけないけど、まず母ちゃんを説得してからだよなー……。父ちゃんも影が薄いな。
「何だって? 光樹……」
 お茶を冷ましてから、征十郎が訊く。
「今のはキミのお母さんだろ? 将来オレの義理の母になる予定の」
 あのねぇ、今はアンタの微妙な冗談聞いてる場合じゃないの。
「今日、母ちゃん――母が、うちに来るんだ。多分、おはぎ持って」

後書き
影の薄い神様。クロコ。そして、相棒のカガミ。
そして……また降旗クンのお母さんの登場予定です。
2020.06.24

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