ドアを開けると赤司様がいました 155

「征一郎……」
 オレは、征一郎にゆっくり近づいて、抱き締めた。征一郎の匂い――バイオレットの花の香を胸いっぱいに吸い込みながら、オレは征一郎の実在を感じ取っていた。――征一郎の温もりが心地いい。
「光樹……」
 征一郎が、ぎゅっと、抱き締め返す。
「オマエには、言いたくなかったんだ……。オマエと過ごした時間があまりにも楽し過ぎたから――」
「もういいよ。何も言わなくて。征一郎……」
 どくん、どくん――。互いの心臓の鼓動が伝わって来るような気がした。オレは征一郎をこれまでよりずっと愛しく思えた。
 辛いのに、頑張って来た征一郎。何故、征一郎だけがこんな大変な想いをしなければならないのか。
 ――オレのせいだとしたら、オレは自分を責めてしまうだろう。
「光樹……あまり構わないでくれ……征十郎に悪い……」
 そうか。征一郎も征十郎には頭が上がらないんだな。
「征一郎。征十郎が怖いの?」
「……揶揄わないでくれたまえよ……」
 征一郎が真っ赤になる。オレは、ちょっと可愛いなと思った。それに、別段揶揄った訳ではないんだが。――オレは嘘吐くの苦手だからな……。バスケではフェイントよくやるけど。
「征一郎……オレは、これからどうしたらいい? オマエの為に、何が出来る?」
「何もしなくていい。光樹は光樹のままでいい」
「征一郎の気持ちはわかる。けれど、何かしたいんだ」
「じゃあ、キスしてくれるかい? ――なに、普通のキスでいいんだ」
 征一郎はキスが好きだな。そういえば、征十郎もキスが好きだった。同じ根から生えた者同士、やはり似ているのかもしれない。
 オレは自分の唇を征一郎の唇に寄せた。唇同士が触れ合った時、電流が走った。
「僕はまだ消えないよ。こう見えて、僕も強かなんだ。光樹がいれば、僕はこの世に留まれるような気がする。光樹と征十郎さえいれば、僕は生きていける」
 征一郎はオレの目をひたと見据えた。オレから体を引き離して。
 ――どうやら本気みたいだな……。
 けれど、理力によって生まれた征一郎だ。神通力がなくなれば、存在も消えてしまうと言うのは本当のことだろう。
 愛している。征一郎。
 そう言えれば、どんなに楽だろう。もしかして、オレの自惚れじゃなかったら、オレがそう言ったことで、征一郎も喜んでくれるかもしれない。
 でも――ダメなんだ。
 オレには征十郎もいるから――。
 赤司征十郎に征一郎。どちらも愛している。
 オレに出来ることは、征一郎の存在を丸ごと受け入れることのみで……。
「光樹? ――光樹とバスケが出来るのなら、僕はキミと共寝が出来なくたって構わない。いや、僕だって男だ。それなりの欲望はあるが、今はもう、征十郎を裏切りたくない」
 ああ、この台詞、征十郎に聞かせてやりたいな。征十郎は風呂だけれど。征十郎は割と長風呂の時が多い。そりゃ、カラスの行水の時もあるけれど。
 三人でひとつのチーム――。
 オレは、何だかわくわくして来た。恋しい相手に抱かれるよりも、バスケがいいなんて、オレも結局バスケが好きなだけなのかもしれない。
「光樹、後でアンクルブレイクのコツ、教えてやるからな」
「いいよ、アンクルブレイクは――」
 オレはつい苦笑してしまった。
「何でだい? キミは、相手チームの敵を跪かせたくないのかい?」
「オレは、征一郎とは違うよ……」
「どういう意味だい? それは」
 征一郎がムッとした顔をした。が、やがて続けた。
「光樹。アンクルブレイクは覚えておけば役に立つぞ。将来は僕達二人と共に、NBAの檜舞台に立ちたいだろう?」
「う……」
 NBAの晴れ舞台。それは確かに魅力ではある。
 けれど、三人同じチームで本当に活躍出来るのだろうか。オレ達は三人でひとつなんですと世間に言ったって無理がある。
 第一、オレの才能の問題もある。赤司達はもう即戦力だろうが、オレはそう言う訳にはいかない。オレは、平凡な日本のプレイヤーだから。既にある程度有名な赤司征十郎や、征十郎と同じようなポテンシャルを秘めているであろう征一郎と違って。
 何故、この二人がオレに目をつけたのかわからない。育てゲーをやる親役の気持ちなのかな。
 確かにオレは19で、もう自分には才能がないと、自分に見切りをつけた訳ではない。だけど――オレは平凡過ぎる程平凡だ。カントクに見いだされて、育てられはしたけれど。
 征一郎は、もし、バスケ界に出て行くことが出来たなら――必ず大活躍するだろうな。でも、それは、何らかの形で肉体を維持し続けることが出来るようになってからの話。
 ……この世界で肉体を纏って生きて行くことが、征一郎にとってもっと楽であれたなら……。
「――征一郎! オレ、もっと頑張る! アンクルブレイクだって身に着ける!」
「あ、ああ……」
 オレの勢いに征一郎は毒気を抜かれたようだった。
「では、早速明日からだ。僕の訓練が厳しいのは知ってるよな」
「うんっ!」
 むしろもっと厳しくてもいいくらい……オレってマゾなんだろうか……。
 いやいや、バスケが上手くなれるなら、ちょっとくらい厳しくたって――。
 やっぱりバスケ馬鹿……と言うか、バスケが好きなんだよなぁ。オレ達。バスケからは離れられない。友達も恋人もそんなヤツらばっかりだ。
「しかし――偉いぞ、光樹。向上心があることはいいことだ」
 そう言って征一郎がオレの頭に手を置く。
「うん。やっぱりふわふわしてるな。光樹の髪は――。そりゃ、黒子の髪もふわふわしてるけど」
 たっかいシャンプー使わせてもらってますからね。誰かさん達のおかげで。
「いかんなぁ……光樹。これ以上一緒にいると理性の箍が外れそうだ」
 ――オレは急いで後ずさる。征一郎はくすくす笑った。
「何、心配いらない。僕だって今の時点ではキミに手を出すことはしないから。それに――光樹は征十郎が好きなんだろう?」
「う……ううう……」
 こうなったら、素直に認めてしまおう。
「うん……」
「やっぱりね……でも、僕が光樹のこと好きだってことは知ってるよね」
「うん……オレ、征一郎も大好きだから」
「本当はね――やっぱり僕も消えたくない。だから、神様に直談判することにしたよ。今のところ、会えてないけど」
 神様ねぇ……。
 人格化された神様は主にキリスト教の神様だと思っているのだが、いろんなところにいろんな神話があるからな――。
 そう言えば、オレ、クリスマス期間中に教会に行ったことがあったっけ。楽しかったな。――勿論、征一郎が仲間に加わってこれからもっと楽しくなるだろうって思ってたとこなのに――。
 征一郎、このままでは消えちゃうんじゃないだろうか……。そんな心配もしてしまう。
「まぁ、正直言って今のままでも日常生活を送るのには困らないけれど――」
 征一郎が続ける。
「……でも、僕からバスケを抜いたら、僕には何にもなくなってしまうからね」
 ――ああ、征一郎!
 勝利の申し子とはいえ、オレよりずっとバスケが上手いとはいえ――。オマエもそんな風に考えていたんだ。
 オレは、つい征一郎が愛しくなった。
 愛しい征一郎。愛しい――征十郎。
「――征一郎。この家に来てくれて、ありがとう」
「……いや、礼を言うのはこちらの方だよ。キミと征十郎の愛の巣に僕が転がり込んだ訳だからね」
 別にそんなこと、今はもう、オレは――そして、多分征十郎も気にしてないんじゃないかなぁ。征一郎もオレらの同志なんだから。それを言うなら、征十郎だって勝手にこの家に転がり込んで来た訳だし。――まぁ、赤司家が下宿代を半分負担してるけど。
 前にも感じたような気がするが、征一郎は何だか人当たりが柔らかくなったような気がする。
「はいっ」
 征一郎が、彼の近くにあったボールをオレに投げて寄越す。オレはすかさずキャッチする。オレは、ボールを指の上でくるくる回し出した。
「ほう……前より上手くなったじゃないか」
「……どうも」
 些か気が散ったオレはボール回しを止める。
「ボールは友達……有名な言葉だが、僕もそう思うよ」
「はぁ……」
「勿論、僕はここで得難い友を得た。後は――光樹と同衾することが出来れば最高なんだけど……」
 征一郎の微妙な冗談をオレは聞かなかったことにする。
 どうせ体力使うなら、バスケで使おうよ。貴重な体力なんだろ? 無駄に体力使うことして、腹上死なんてことになったら、かっこ悪いぞ。
 ――実はオレは前より抵抗がなくなってきたのではあるが。
「征十郎が羨ましいよ。完璧な肉体を持ってて。――そりゃ、身長はもっと欲しいとこなんだろうけど……僕に言わせれば贅沢な悩みだよ。スモールプレイヤーとして活躍する道もあるんだからね。――道がなければ自分で作るまでさ」
 ほー……征一郎がやたらにかっこいい……。
 その時だった。征十郎が風呂場から出て来たのは。

後書き
降旗クン、征一郎に惚れた?(笑)
サッカーでなくてもボールは友達!ですよね。
2020.06.15

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