ドアを開けると赤司様がいました 154

 黒子のバスケ、か。それを敵に回すのは少々辛いな。向こうには火神がいる。オレは溜息を吐いた。赤司のバスケを選んだオレに迷いはないけれど――。
 黒子は紫原まで変えてしまった。それをオレ達は見て、知っていたような気がする。
『あー、お腹空いた。黒ちん、こっち来れない?』
『ボクは……紫原君の家まではちょっと遠いので……』
『ふうん。黒ちんがいれば立ち直れると思ったのに。黒ちんの髪って綿あめみたいにふわふわしてんだよね~。甘い匂いもするしさ~』
『…ボクはお菓子じゃありませんよ』
 黒子の苦笑している様が何となく見て取れた。征十郎もくすくす笑っている。――あれ? 征一郎がいない。……と思ったら、彼は自分のスマホを取りに行っただけだった。すぐにリビングに戻って来た。
『紫原。キミは黒子が好きなのか?』
 征一郎の文字が映る。――ややあって、紫原から反応が来た。
『あー、アンタ征一郎? 赤ちんの言ってた。征一郎も今までの赤ちんも、どっちも赤ちんなんだよね。紛らわしいな』
『僕の名前は光樹がつけてくれたんだ。いい名だろう』
 征一郎が自慢げな文章を書く。何となくこそばゆいこともないではなかった。適当に決めた名前なんだけどね。
『オレに任せてくれたら、もっといい名前を考えてあげたのにね』
『オレはこの名前が好きなんだよ』
『旗ちんが考えてくれたからでしょ?』
 紫原の多分何気ない言葉にオレはぎくっとなった。
『ねー、いっちんが赤ちんの分身なら、いっちんはきっと旗ちんが好きだよねー。だって赤ちん、旗ちんのことが好きだから』
 ……紫原って何者? オレより察し良くね? いっちんと言うのは征一郎のことなんだろうな。
『旗ちんの話してた時、赤ちん嬉しそうだったからさぁ。一緒に暮らしてんのも好きだからでしょ?』
『オレは、緑間達に影響を受けたんだ』
『な……こっちに話を振るななのだよ』
『えー、いーじゃん。真ちゃん。オレ達の仲は別段隠してる訳じゃないんだし』
『それはそうだが…』
 緑間は慌てふためいているんじゃないかな。高尾が笑っているのが目に見えるようだ。あいつにはホークアイと言う反則すれすれの技があるからな。それに、どうせ一緒の部屋にいるのだろう。オレ達と同じで。
『そうだよ。キミ達がいたからこそ、オレは光樹と暮らそうと思ったんだ。言うなれば、キミ達は恩人だね』
『ぎゃはっ。高尾ちゃん照れちゃう』
『別段照れる必要もないのだよ。オレ達は人事を尽くして同居してるんだからな』
『同棲じゃ…ねぇのかよ』
 大人しかった火神が口を出す。つーか、こういう恋愛事に対してはどちらかと言うと苦手そうだった火神の言葉とは思えない。黒子が――火神を変えたのか? それとも、緑間と高尾の仲があからさまなんで嫌気が差したのか?
『同棲だよ。ねー、真ちゃん。あのね、真ちゃんて、夜凄いんだよ…』
『こら高尾! 余計なこと言うななのだよ!』
 ――オマエもな。緑間。
『その反応じゃ、認めてしまったのも同じではないのか』
『そうだな。全く馬鹿馬鹿しい』
 二人の赤司の文章が殆ど同時に画面に浮かんだ。――本当に馬鹿馬鹿しい。オレは……初めて赤司と寝てから、他の誰とも枕を共にしたことがない。チョコレートプレイや素股はやったけど、あれはお遊びみたいなもんだもんな。
 性行為なんて、なければないで生きていけるけど。
 ……いや、本当にそうか。今、さっき、己の体を凄い快感が走って行ったんだが。
「光樹」
 オレの異変に感づいたんだろうか。征十郎が訊く。
「頬が赤いんだが……何かあったのかい?」
「な、何も……」
「君が緑間と高尾を羨ましく思うなら、僕達がキミを慰めてあげようか?」
「い……いらないいらない!」
 オレはぶんぶんと首を振った。バスケに支障をきたしたらどうする! 責任取れんのか? なぁ。
 それに、明後日はバイトもあるし……ちびっこ達がオレの動きがおかしいてんで、心配したらどうする?! オレ、赤司じゃねぇから上手く言い逃れ出来る方法知らねぇよぉ。
「オレ……シャワー浴びて寝る」
「そうかい。おやすみなさい。オレ達は勝手に彼らと喋っているから」
「うん……」
 オレは風呂場へと向かった。何だか頭がふらふらする。別段風邪をひいた訳ではないが、これからのことをあれこれ考えると気が重くなって――これ以上赤司に禁欲生活させる訳にもいかないよなぁ。それは何だか可哀想だ。
 でも、仕方がない。二人の赤司に付き合ってたら多分身が持たなくなる。バスケがちゃんと出来なくなる。
 ――お湯はっとけば良かったかな。何となく湯舟に浸かりたい気分……。
 でも、やっぱりいいや。赤司達には後で風呂に入るか訊いてみよう。自分で湯を入れるって言うかもしれないし。

 ふー、さっぱり。オレはタオルで髪を拭きながら風呂場から出て来た。
「おーい、二人とも。シャワー浴びる?」
 オレが訊くと、
「そうだな。――もうチャットルームの会話もひと段落したし」
 と、征十郎が答えた。征一郎も頷く。
「どっち先にシャワー浴びるかい?」
「何でもいいんじゃね? いつもと同じようにじゃんけんで決めれば?」
 オレはいつものように何気なく言う。
「じゃあ、征十郎、いつものように――」
「いや、オレが先に浴びるよ。……風呂に湯は入れてあるかい?」
「オレは、シャワーと、それから髪を洗っただけだから……」
「そうかい? じゃあ、僕は光樹と喋っているよ。話したいこともあるからね。――後で征十郎に伝えることもあるかもしれないけど」
「オレは行ってくるよ。あ、オレに黙って光樹に手を出したら、征一郎と言えど這いつくばらせて地べた舐めさせてやるからな」
 怖い脅し文句を残して、征十郎は風呂場へと向かった。オレは濡れた髪をドライヤーで乾かしたかったが、取り敢えず征一郎の話と言うのも聞きたかったので、すとんと彼の前に座った。
 ――征一郎を疑う訳ではなかったが、少し自分の操が心配になって来た。
「……脅えなくていい。光樹」
「……心を読んだのか?」
「そんな真っ青になってれば、嫌でも僕に対して脅えてるのがわかるぞ。――少しは僕に慣れてくれたかな、と思ってたのにな……」
 征一郎が寂しそうに俯いたので、オレは「ごめん」と言った。征一郎のことも少しは理解できたつもりになっていたんだけど……本当は何も知らなかったのかも知れない。
 敗北を知らない男。勝利の申し子。
 そう言われてかけられたプレッシャーは多分相当なものであったに違いない。絶対に負けられないもの。征臣さんだって昔は教育パパみたいだったし。――征十郎や征一郎の理解者は誰もいなかったんだ。
「あ、あの……ほんと、ごめん……」
「いや、いいんだ。キミに対して脅えさせる程のことを僕はしている。初対面の時だって――もし火神さえいなければ、僕はキミを傷つけていたかもしれない」
「そんな……」
 そんなことないよって、オレは続けようとしたが、先に征一郎が口を開いた。
「実はね……神様が天国に帰って来ないかって言うんだよ。天国には、僕のような力の持ち主が必要だと」
「それって……え? 征一郎って、神様と話せるの?」
 オレは気になってそう尋ねる。
「ああ……まぁ、僕は元は征十郎の理力から生まれた精神体だからね……僕は征十郎のことも随分振り回したが、征十郎も僕を利用した。お互い様と言うべきだろうな」
 何だか、過激な発言……流石征一郎だ。
「それが……力が凝って肉体になって、僕の魂が宿って――僕は、処女生誕ですらないんだ」
 なるほど――征一郎の秘密が明らかになれば、一大センセーションが巻き起こるかもな。――もし、征一郎の語っていることが本当ならば。
 でも、そのぐらいの伝説や神話など、他にいくらでもあるだろうに……。
「今は、神話が死んだ時代だ……」
 征一郎が続ける。
「だけど、人々は神話を欲している。奇跡を求めている。だから――僕の力を神様は借りたいんだと」
「話の腰を折るようで悪いんだけどさ――神様って本当にいるの?」
「いる」
 ――征一郎はオレの質問に真顔で答える。赤と金のオッドアイがきらりと光る。
「僕は生まれる時も女性という存在を介さないで生まれた。僕は――例えば子供を欲しがっている男同士のカップルからすれば、天啓のような存在なんだ」
「天啓ねぇ……」
 急に話がでかくなって、困ったオレはぽりぽりと人差し指でこめかみを掻く。だが、面白そうな話ではある。――もし、当事者が自分達でなければ。征一郎だってきっとそうだと思う。
 でも、征一郎が関わって来るとなると、話は違ってくる。
「僕は、今までの自然な形で生まれて来た存在とは違うから……肉体の形を維持するのにも負荷がかかっているはずだと言われた」
 そうだったのか。でも、征一郎は汗一つかかずにいつでも涼しい顔で――。
「今までキミには言えなかったことだが――バスケをするのも結構辛かったよ。僕はバスケが好きだから頑張れたけどね。――征十郎は薄々気付いていたようだが……今だって、征十郎が、僕の口から自分のことを言えって――」
 そうか。それで、征十郎は、いつもは何だかんだと言ってオレといたがるのに、今はあっさり引き下がったんだ。……征一郎。辛かったな。今まで何も、気付いてあげられなくてごめんよ……。

後書き
黒子のバスケは、本当に赤司のバスケとは相容れないものなのでしょうか。私はそうは思いません。
そして、征一郎の秘密が明らかになりました。これからどうする?! 降旗クン!
2020.06.11

BACK/HOME